第10話 無理するの止めてナポリタン食え

 怪しいな、と思ったところを巡ってみる。

 床に感圧式のトラップが仕掛けられているだけだった。

 試しに道中殺していたヤツクビワニの皮を投げてトラップを発動させてみたら、矢が飛んだ。

 踏んだ奴を刺して殺すトラップだ。


「陰湿だなあ」


【土壁】で壁の両側と天井と床をカバーしてその上を歩く。


「ふむ」


 トラップがあるという事はなにかしらの何かが隠されているのかもしれない。

 たいていのダンジョンってそういうものらしい。俺はまだこの盛岡ダンジョンと遠野ダンジョンしか潜ったことがないから詳しくないけれど。


 通路を歩いていると。


「おや、かち合った」

「おお」


 二人と合流した。どうやらぐるっと回ったらしい。


「ここが最後の『怪しいポイント』だな」

「感圧式ではなさそうだ……。【解析】の魔法を使いますか」


 紙を手に取る。ペンを出してカチカチッとやると、ぽーんと飛んでしまった。


「あーあー、なにやってんだよ」


 寒河江さんがしゃがんで拾ってくれる。

 また立ち上がろう、と言うところで、寒河江さんが屈んだ状態で「あ!」と小さく叫んだ。


「どうかしましたか」

「風を感じる。何かがこの奥にある!」


 調べてみると、隠し扉だった。

 魔法を使う機会を失ったなあ。


 隠し扉を開けてみると、小さな通路があり、そこを通ってみると、泉があった。


「風が吹いてる……」


 この風にはA型魔力が篭っている。憶えてるだろうか。俺はB型の生命エネルギーだからA型の魔力しか受け付けない、と言う話を。

 割と最初の頃に説明したが。


「とても心地のいい場所ですね」


 ●見たことない部屋だ……

 ●見たことない部屋良すぎ


 呆けていると、ふと足音が近づいて居るのに気がついた。


「旭か?」 


 聞いたことのある声。


「旭だな!」


 振り返る。見たことのある顔。憶えている笑顔。


「親父……?」

「やっぱり、かわらんなあ、旭~!」


 親父だ。死んだと思っていた親父だ。


 ●は?まじ?

 ●ずっと生きてたのか…

 ●風呂兄貴の父親だから割とありえるぞ

 ●風呂兄貴を構成する遺伝子の片割れ

 ●風呂兄貴このハンサムに似てるの羨ましい

 ●貸切風呂いまのところ「魔法魔術の天才」「ナポリタン作るの上手」「弟想い」なんだけど、これに「ハンサム」が加わったらどうなっちゃうんだ

 ●「空気が読めない」と「すけべ」でなんとかギリギリプラマイゼロだろ


 ダンジョンの中で生きてたのか? ずっと? 四年前からずっと? 嘘だ奇跡だ、そんなのって、嬉しすぎる。


「生きてたら連絡してくれよ」


 ありえないけど。


「なんで盛岡ダンジョンにいるんだよ」

「じつはダンジョンは地下で繋がってたのさ! 彷徨ってたら盛岡だよ。旅行に使えるね。ローズは? 卓也は? 今度旅行に行こう!」

「もう遅ェよ」


 寒河江さんもトマトさんも黙ってる。困惑してるらしい。


「おふくろは死んだ! もういない! あんたが出てきてくれないから」

「そうか、ローズは死んだか。……そちらの二人は」

「ダンジョン脱出のために力を貸してもらってる。強ェんだ。こいつら。ハハ。……」

「息子がご迷惑をおかけして」

「なあ親父! いくつか質問していいかい」

「なんだ? なんでも答えてやる」


 少しだけ泣いてしまったな。うーむ。

 ままならないな。


「親父は何歳のころ、おふくろと出会った? その頃おふくろは何歳だった?」

「十八歳! ローズは二十三歳だった」

「親父が最初におふくろと写真を撮ったのは?」

「浄土ヶ浜海水浴場」

「俺が生まれた病院は?」

「盛岡第六病院」


 少し間を置いて、言う。笑顔はなるべく取り繕って。

 バッジを取って、二人の方に投げる。


「壊れたら堪ったもんじゃねェからや、持っててくれ」

「ああ、うん……」


 親父はニコニコとしている。

 その方に近づいて、肩に手を置いた。


「どうだ?」

「全問正解」

「そうだろう」

「だから、間違いだ」


 親父の腹に膝を叩き込んだ。手応えはある。骨がいくらかイカレたか。親父は倒れ込んだ。トマトさんが「えぇっ」と驚きの声をあげた。


「親父がそんなこと憶えてる訳ないだろ」

「旭、旭!? なにをするんだ、旭」

「結婚記念日も忘れるようなクソオヤジだぞ」


 起き上がった所を髪の毛を掴み、顔面に蹴りを入れる。


「正体を見せろ」


 怒りが湧き上がる。


「俺は俺だ、直樹なおきだよ、旭ア」


 脳の隅から隅まで震え出す。


「じゃあ立てよ」

「ウ、ウウッ」

「立てるだろ」

「アキラァ」

「親父は立つぞ」


 怒りが心の風車を回す。

 なんて、粋な事は言えないが。


「いいから」


 腕を掴んで無理矢理立ち上がらせる。頭を掴んで頭突きをかます。よろめいたところをみぞおちに蹴りを入れて、後退りしたところを足を蹴り上げて転ばせて頭を蹴り上げる。


「立てよ平魔獣」

「お前は、父さんも殺すのか。母さんを死なせて、卓也も護れず家族はばらばら、息子は馬鹿……アアア! アキラァ! 母さんもお前を生まなきゃ良かったって泣いてるよ、アキラァ!」

「そうか。奇遇だね。俺も思ってるよ。生まれなきゃ良かったって」


 踏み付けて、蹴る。転がった親父モドキは、起き上がると、鋭利な爪をとうとうあらわにした。


「ならば死ね! 脳ある鷹は爪を隠すんだってなァーッ!」

「やっぱりミミックだ」


 親父モドキの身体はバックリと割れて、翼になった。

 ミミックの異常個体か。人に化けられるのか。人も内臓をつめ込んだ「入れ物」だからな。化けられるか。


「キキェーッ! 死ね! 生まれなきゃ良かったと思うのならば、ここで死ね! 死ね! 死ね! 旭、旭、アキラァ! 父さんは悲しいぞォーッ! 母さんを死なせた、醜い醜い化け物がのうのうと生きていてとてもつらい!」


 見たことがあるのか? 俺の親父を。

 ……いや、俺の記憶を読んだか。ミミックは生存率をあげるために思考を読み取り、最善の形状に翼を変化させる。


 言動も全て俺が思ってる父だ。きっと全て俺を学習した声真似に過ぎない。


「俺もつらい」

「ならば死ね!」


 爪が弾丸のような速度で遅いか買ってくる。

 ミミックの脚を掴んで、地面にたたき付ける。


「稚拙」

「キキェーッ! 父を殺す親不孝者め。家族を殺す愚か者! 貴様のような化け物が生きているから誰も彼もが不幸になる! 菅原旭は死ななければならない! 旭ア、どうしてお前ばかりが笑って暮らそうとしているんだ! 卓也も本当はお前なんぞと縁を切れたから喜んでいるだろうに! 余計な事をするなァ! 卓也も不幸にするつもりか、疫病神! お前一人が自殺すれば、お前一人が死んでしまえば、お前だけが苦しめばみんな幸せになる! 旭、お前だけが苦しめばみんなが幸せな世界は訪れる! ローズは悲しかったろうなあ、腹を痛めて産んだガキがお前のようなきちがいになったんだから! 人の気も察することができず、あるのは魔法魔術の才能だけ! 友を作るつもりもなく、だというのに寂しいだのと吐かして、他者に合わせる努力もせずにマイペースを気取って! まるできちがい! きちがい! きちがい! 旭! お前は醜いおばけなんだよ!」


 ミミックの頭を掴んで、壁に投げつけた。


「少し怒ってしまいました」


 もうそれ以上はなにも思わないよ。


「しかしミミックというのは恐ろしいもので、あのような露悪的な異常個体が存在しているから、厄介です。皆さんも気をつけるべきです」


 諦めるな。泣くな。男なのに泣くな。男らしくないから泣くな。泣くな。泣くな。泣くべきじゃない。

 そんなことはわかってるし、なるべく泣きたくない。そんなことはずっと考えて居るのに、どうしても震えは止まらないし、涙は溢れて出ようとしてくるし。最悪なんだこいつ。一回吐露したから当分は大丈夫だろうと踏んでいたらこのザマだ。惨めにも程がある。

 男なんだから泣いちゃだめなのに、昔から泣き虫で、転んだり負けたりしただけで大号泣。

 こういうとき、いつも親父はおまじないの様に言うんだ。

 気合いと根性ブチ貫いて、夢と希望も突破して、勇んで進んだテメェの道に、無意味な物なんて一つもない筈。


 なのに。

 どうしても、ずっと、無駄なことをしてる気がするんだ。


 うーん、泣くな。泣くな。泣くな。泣くな。よし、涙は止まった。後は震えだ。震えはどうやって止めようか。


「止まんねェな」


 ままならん。


 少し天井見上げてみる。


「オア!」


 思わず叫んでしまう。

 その声に


「なに、どうした大丈夫か」

「無理するの止めてナポリタン食え……!」

「なに言ってんの。それはもう大丈夫なので見上げてみて」


 二人が天井を見上げた。すると、そこには複雑怪奇な魔法陣があった。


「南西一、南西八十、南西五十一、南西四十九、北東五十一、北東八十、北東百七十、北東四、南一、東一」

「そういう魔法あんの」

「【封印】の上位互換系ですかね。知らんす」

「知らんて」

「しかし複雑な魔法陣です。確実に地球で生まれた魔法ではないです。うーん……起動させてみたいなあ」

「させに行く?」

「行きませんけど」

「なんなん!」

「道草食ってる場合じゃないって言ってるの。今日のうちに何処まで行こうか迷ってるんだから」

「思ったんだけど、君、すべての魔法使えるんだろ。なら七層まで転移の魔法陣で行けばいいんじゃないの」


 しばらくの間を置いて、ぺちん、と指を鳴らす。


「そうと決まれば早速使っちゃいましょう。これは思ったより早く帰れそうですね。帰ったらなに食います?」

「ナポリタンじゃないんだ」

「ナポリタンにも種類があるだろっつってんだ俺は」

「調子を崩してるね。一回落ち着こうか」


 気を使われている。


「もういいです。とりあえず久しぶりに激しい運動を行ったのでウンコをしたくなりました。見ていてもいいですが見られては困るので失せろ」

「なんかさっきからずっと違うなあ」

「ウンコどこですんの」


【土壁】で四つ壁を作り出す。


「上も塞げ!」

「なんですか、殺す気スか」

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