第9話 ナポリタンくらい赤いよ
「う」
トマトさんが眉根を寄せた。
「魔力の濃度が濃くなったなァ」
寒河江さんがトマトさんに続けて言った。
確かに、うん。魔力の濃度が濃くなった。
魔力濃度は人体に影響を及ぼすからなあ。仕方ない。
「腹を出してください」
「セクハラか?」
「するわけないです。魔法をかけて魔力を弾く魔法をかけます」
「そんなことが出来んのか! お前万能だなァ!」
「…………」
「それが出来てなんで魔力飛ばしが出来ないんだ」とでも言いたげなトマトさんの目に、むう、と唸る。
しょうがないだろ、あんなもん出来る方がおかしいんだ。
魔力飛ばしはマジックアイテムとして機械化するべきだ。
俺はそう思う。しかし、マジックアイテムを作る際に、込める魔法というのは自由が利かない。
形状が限られて来る。わかりやすく傘で例えるが、傘は「生地の部分に雨粒が当たるから、持っている人間は雨を防げる」という代物で、じゃあ仮に、対するのが杖とすると、「杖には生地が張り付けられていないから、持っている人間はいくら天を突いても雨を防げない」という様なもの。
要は「形状」が大切なんだ。
「筆で書くので擽ったかったら死ぬ気で我慢してください」
「ひわい」
「なんて事を言うんですか」
●なんかえっちな動画だ
●地上波で放送されていることを知らんのか
●知らんでしょ
●うわ、腹筋ばきばき
意外と鍛えている人なんだなあ。
臍を中心にして、つついと筆を走らせる。
「普段からこうやって気に入った女子とかにやってそう」
「…………」
「プヒィ! これは魔力弾く魔法なりねぇ! つついついつい!」
「…………」
「エロガキがよ」
魔法陣を描き終えたら筆の尾骨の所を思い切り突き立てる。
「ころすぞ!」
「こうしないと魔法は発動しません」
「嘘だろ」
「はい。普通にイラッとしたのでやりました」
「なんなんだこいつ……」
次は俺! と寒河江さんがお腹を出す。
「えっ……擽ったかったら言ってくださいね。別の方法にするので」
「死ぬ気で我慢させろ! 優遇するな!」
「別にいいよ。我慢くらいできらァ」
えっちすぎる。腹筋とかも結構ばきばきで。あの、本当にごめんなさい。とてもえっちすぎる。魔法ってこんな煩悩たらたらでやっちゃいけないんです。本当にごめんなさい。
「なんで顔真っ赤にしてんだよ……」
「すいません、人って相性とかあるので……」
「さては! 僕の時も赤面してたろ! エロガキ~!」
「あなた全くエロくないですよ」
「……っすね……!」
魔法陣を描き終わる。つん、と尾骨をつくと、魔法が発動した。
「へえ、貸切風呂からしたら俺はエロく見えるんだ」
「…………」
「エロガキ」
ひゅっ、と自分でもわかるくらい喉が鳴った。
●切り抜かれそう
●なんだこいつら……眠化ダンジョンの中だぞ!
●カネコ兄貴は誠実な奴がタイプだから割と菅原旭の事気に入ってそうだし、菅原旭はもうカネコ兄貴のこと性的な目で見てるし
●カネコ兄貴ってだれ
●ああ、寒河江か
●貸切風呂兄貴、本名で呼ばれてしまう
●本名の渋さが浮き彫りになるにつれて「貸切風呂」というチープなネーミングがかわいく思えて来る
●なんで貸切風呂なんだろ
●一番最初のユーザーネーム「名前ないです」→初配信の後に寄った銭湯に客がいなくて貸切状態だった→ユーザーネーム「貸切風呂」だった気がする
●貸切状態うれしかったんやろなあ
●かわいい
●風呂兄貴のかわいさを再認識。子供っぽすぎる
●過去がなけりゃなあ……
「めっちゃ遊ばれてない……?」
「なんのことですか」
トマトさんの耳打ちに平静を装い返す。
「装えてないよ。めちゃくちゃ顔真っ赤だよ。やめなよ~。へんな気とか起こすの。そういうのはせめて此処から出てからだよ」
「顔赤くないです」
「ナポリタンくらい赤いよ」
「それもう死ぬ寸前ですよ」
寒河江さんと目が合う。つい、と逸らされてしまう。
このままでは俺の頭がおかしくなってしまう。
そもそも俺は対人能力がトマトさんの戦闘力くらい乏しい……! だからすぐに人を性的な目で見てしまう! めちゃくちゃ見下して居るのに……! 多分、俺って標準的な人間だったら愛玩動物を性的な目で見るタイプだろうな。
なんというか、自分でも「人を性的な目で見てしまう」というこの状態は歪んでいるように思えてならない。
「あ、そうだ」
立ち止まる。
「何」
「四層・五層・六層には目的物はないので七層までカット!」
歩き出す。
「編集点つくったの?」
「切り抜かれているらしいので」
「貸切風呂って優しいんだね」
「はい。俺の手の平でハイエナが踊っています」
「性格めっちゃカス……!」
●切り抜きチャンネルをハイエナ呼びしてて好き
●人の生き死ににたかる奴とか嫌いそうだしね
●ハイエナを手の平の上で転がすのいいね
●カットって言ってから本音語り出すのカス過ぎ
●みんな忘れてるだろうけど、風呂兄貴って誠実で優しいってだけで人格はカスだぞ
●誠実で優しいカスはカスなのかなあ
●呼び捨てになってて笑う。どんどん距離縮めるやん
●こんなに可愛い男が居てもなお多少女顔の男の方に惚れるのなんなんだ
●どっちも男なら好みの方に行くに決まってるだろ
●風呂兄貴の好みエロすぎ
「貸切風呂~……しゃらくさい名前だね。貸切!」
「なんですか、寒河江さん」
「俺の【植物索敵】で植物這わせてフロア全体を見てみたが、どうやらまた階段がねェぞ」
「やや」
「ってことはまた階層ボスと戦うの?」
「隠されてるかもしれないので探すのが先ですね」
「他の探索者が隠してしまったのかなあ」
「トラップとか探せませんか、【植物索敵】で」
「どうだろうなあ……あくまで這わせてるだけだから、怪しい所まではわかるだろうけど」
トマトさんが「充分でしょ」と言う。
「あのねトマトさん。『怪しい』ってだけじゃ何の情報にもならんのです」
「だな。……マーキングするか」
「寒河江さんのマーキングですか」
「それ口に出して言わなきゃいけないことだったか?」
「本当に申し訳ありませんでした」
●これは本気のお叱りと本気の謝罪だね
●いまのは流石に気持ち悪かったから仕方ないね
●寒河江のマーキング ←えっちすぎます(笑)
●童貞特有の距離感の消失による失言じゃん。生で見たのはじめて。いい体験させてもらった。通報させてもらうね
描いてもらった地図にマークをつける。
「あれ」
トマトさんが何かに気がつく。
「この階層、形が魔法数字じゃない?」
「そうですけど、なにか」
「〝そうですけどなにか〟……??? 思うんだけど、貸切って友達いたこととかないでしょ」
「ひとりいます。あと友達いないのはさっき散々言ったでしょ」
言ったっけ。言った気がするし言ってない気もする。まぁいいか。
「このダンジョンはどういう訳か階層ごとに魔法数字の形をしてます。一層は『東一』、二層は『西南四十四』、三層は実は『南四』でした。四層は『北東六』ですね」
「そういう魔法はあるの?」
「知りません。そんなの」
トマトさんに睨まれる。
「本当に知らないんですよ。そもそも『東一』を使う魔法だって片手で数えられるくらいしかないんです。しかも先頭東一は二つ。続きに『西南四十四』となると、本当にゼロです」
「君が知らないだけじゃないの。首席くん」
「俺は現存している魔法の全てを扱えますよ」
●本当そう
●多分本当なんだろうなあ
●無詠唱自体がありえないからなあ、魔法全部使える、も本当なんだろうなあ
●なんで二年間ずっと二層でスライム狩ってたんだよ
●三層が怖いからだよ
●全部の魔法使える奴に怖いもんがあんのかよ
●魔法は魔法陣がないと使えないからなあ……咄嗟の時に反応できない。スキルは意識すれば使えるけど
●多分風呂兄貴って魔法の才能に全振りしたタイプだろうから、スキル覚えるの苦手なんだろうなって感じのスキル構成だったよね
●魔法使いはスキル持ってないことの方が一般的で、スキル複数持ってる風呂兄貴は多分スキルに関しても天才だよ
●なんで二年間ずっと二層でスライム狩ってたんだよ
●マジレスすると多分「必要最低限の金があればいい」って理由だろ
「異世界人がつくったオリジナルの魔法なのかなあ」
「異世界人?」
「学校で教わらなかったですか。『魔法魔術基礎』で、基本的に魔法魔術系の学校でも必修の筈ですが」
「俺の時にはなかった」
●学校で教える教科ってほんと数年で変わるからなあ
●魔法魔術基礎って最近なんだ
●俺が高二のころに入ってきたよね
●はえー。いまどこでも魔法教えてんだ
●【帰還】とか【防御】とか【閃光】とかの必要最低限の魔法だけだけどね
●俺は【弾性】教えてもらった
●弾性の魔法ぽよぽよしてて面白くてすき
●ぽよぽよ兄貴かわいい
「異世界人は魔法を割と簡単に作れたそうですよ。現代に伝わってる魔法は過去に異世界から帰ってきた人が伝えた『異世界人のオリジナル魔法』ですし」
「へー。なんかお前異世界人に似てるね」
伏線みたいな事を言われてしまった。
でも残念、母はフランスの人だけど、両親どちらも地球人だ。
去年「じつは俺は異世界人の末裔なのでわ!」と思い調べてみたら母の実家はパン屋を営んでた。創業二十年らしい。
手紙を書いたらフランスのテレビ局からインタビューされたし、今年の三月に「数十年音信不通だった娘の息子からの衝撃の手紙!」みたいなショート動画になってた。
従兄弟と時々ビデオ通話するけれど、フランス人のイケメンってなんかみんなエロい男すぎ。
俺もフランスの血を濃くしたかった、と思った。
日本人の血が濃すぎて「言われてみればフランス人っぽい」くらいしか特徴がない。
「母はフランス人ですよ」
「そうなん!?」
「言われてみればフランス人っぽいかもしんない」
「いま俺の容姿の話をする時ですか。ナポリタン食べていいですか」
「ナポリタン好きなのそういうこと?」
トマトさんが言う。
ナポリタンはあえて言うならイタリアだし発祥は日本だバカタレ……!
と、思ったが、言わないでおく。
いろいろ諸説があるらしいので。無責任な発言は控える。つまり、逃げである。
「とりあえず怪しいところ全部回ってみるか」
「それがいいですね。二手にわかれますか。俺は一人で動きます。トマトさんは寒河江さんと」
「厄介払いした?」
「してませんよ。なんでそうすぐにネガティブに捉えるんですか。恋人いたことなさそう」
「恋人どころか友達もいないような奴に言われたくない……!」
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Twitterなんぞで「バチギレてるから小説更新しません😡」みたいな事を言いましたが、なんか書こうと思ったら書けたので更新します。ちんちん、
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