第8話 ナポリタン温存したら地球爆発するぞ

 反応がない。やっぱり空気を悪くしてしまったか。

 これから階層ボスと戦うっていう時に。

 しまった、言いすぎた。本当に全部言ってしまった。

 ああそうだ。きっと全部話したかったんだ。

 誰かに打ち明けたかったんだ。

 それはなぜか? 自分のことはわからない。

 もしかしたら、誰かに手伝ってほしいのかもしれない。

 ううう、本当に失敗した。これから先やっぱり一人で行動しよう。さすがに気持ち悪すぎた。

 これだから対人は嫌なんだ。見下している癖に、距離感を合わせる事の一つだってできやしない。

 俺は友達が作れる人間じゃないのはわかっていたけれど。

 さすがにここまできたら自分に幻滅する。


「なら」


 寒河江さんが口を開いた。


「はやくこっから出なくちゃな」

「あ……………………………はい……」


 大人の余裕という奴なのだろうか。

 きっと五歳とか六歳とかそこら辺しか歳は離れていないけれど、大人の余裕という奴を見せつけられているのだろうか。

 これはきっと大人の余裕という奴だ。

 大人の余裕だ……やべェ。


「魔力回復しなよ、はやく」

「そうですね」


 魔路に背中をつけて、魔力を最大限まで込める。


「よし……これで大丈夫です」

「視聴者君見てる~? いまから貸切風呂くんと階層ボス倒しちゃいまーす」


 フラッシュコックローチの所まで戻ると、先ほどの計画の通りに仕掛けを施す。

 あとは簡単で、スライム体皮を落として、【稲妻】で粘着力をつけてその場に留める。

 寒河江さんの【シードレス】で生やした蔦に吊されながらフラッシュコックローチの真上まで運んで貰い、剣を立ててみる。


「うお、硬」

「関節の所にさぁ」

「フラッシュコックローチの関節はとても硬いです」

「ガッってやってゴッて感じにできない?」

「やってみてください」

「寒河江さーん」


 寒河江さんの【シードレス】で生やした蔦に吊されながらトマトさんがフラッシュコックローチの真上までやってくる。


「こう、ガッと……ガッ、あれ、『ガッ』が出来ないな」

「そもそもどうやろうとしてたんですか」

「さきっちょを入れる感じ」

「だからそれが無理だってずっと言ってるのに」

「なんで言葉に刺もたせるかな」

「あれ、乳首見えてますよ。シャツ着てないんですか。装備の下に。皮のスーツあめるよ」

「うるさいなあ、乳首見んなって」

「だって此処だとあなたの顔を見ようとすると乳首を経由しなければならない」

「いまはトマトの乳首よりゴキブリ野郎の殺しだぞ~」


 ●乳首見せろ

 ●乳首は

 ●乳首

 ●乳首見せろよ

 ●乳首どこだよ

 ●乳首見せろって

 ●ゴキブリしか見えねぇわ。乳首見せろ

 ●乳首

 ●ねえ乳首どこ

 ●えっちな乳首見せてください

 ●色教えて。今日それで行くから

 ●乳首見せろよナメるなよ視聴者を

 ●オバケの屑がこの野郎、乳首見せろってんだ

 ●醜いオバケの息遣いよりトマトの乳首かえっちな男を映せ

 ●乳首を映したら許すから乳首見せろ

 ●乳首

 ●乳首

 ●うおおお!乳首希望!

 ●乳首!

 ●乳首まだ?

 ●いまゴキブリ野郎の殺しより普通にトマトの乳首だろ

 ●トマトのモグッター見てみたら自撮りあげてたけどめちゃくちゃかわいかった。おい、乳首見せろ

 ●トマトめちゃくちゃ可愛いし多分ちんこデカい!おい!!!!!!乳首見せろ!!!!!


「うわ……」

「どうしたの」

「なんでもありません」

「そうだ、考えたんだけど、寒河江さんの【シードレス】で無理矢理拡げるとかできる? ちょうど良い隙間に植物生やして、殻を引きはがすの」

「やってみるか」


 蔦に吊されながら寒河江さんがやってきた。

 えっちです。えちえち警報が止みません。故障?

 いいえ、それはきっと正常な反応でしょう。

 寒河江さんはとてもえちえちなので、えちえち警報は鳴り止みませんよ。えちえちな人はえちえちであることを辞められないので、無論、寒河江さんもえちえちなのです。

 えちえちすぎる。えちえちだ。

 えっち。


「なんだよ」

「とてもジロジロ見てました」

「本当に何」

「蔦の強度に脱帽ですね」

「それはそうだけど多分違うだろ」

「ナポリタン食べますか?」

「いまは食わねぇけど」


 えちえちになった寒河江さんが【シードレス】を発動すると、発芽して、木になっていく。


「みんなもコメント欄で木の発育を応援しましょう」


 ●がんばれ

 ●がんばれ

 ●がんばれ!

 ●がんばれ


 木はフラッシュコックローチの殻を外すことなく立派に成長してしまった。

 重さに潰れる事もなく。ただもがいている。


「やば、打つ手無しじゃん」

「うーむ」


 唸る。


「魔法作ります」

「は?」


 脳内で魔法陣を想像し、組み立てのまま動くのか、という検証をなるべくはやいうちに終わらせる。【除去】の魔法。指が触れた部分半径三センチの円形に物体を削り亜空間に送る。


「えい」

「おお! 穴が開いた!」


 ●いまこいつなにやったの

 ●なにやってんの

 ●無詠唱だから何をしたのかわからなすぎる!

 ●魔法作った…?

 ●大全にないドマイナー魔法かもしんねぇだろ

 ●でもあれどこにもねぇよ!

 ●同接8万で誰も見たことないんなら新しい魔法なんじゃねぇか?

 ●さっきまで乳首で騒いでた米欄とは思えない

 ●乳首と新しい魔法だったら新しい魔法のがやばいだろ

 ●魔法を作ったんだとしたらこれやばいよな。魔法の創造って大昔に技術が失われてもう誰も出来ないとか思われてたのに。


「俺は、天才です」


 ●そうだけど

 ●否定が出来なくなってきたな

 ●天才というかもはや人に似た別の生き物だろ


「ちなみに今のは【除去】といい、西南八十・北東四百・南北三十の魔法陣で、指が触れた部分を中心に半径三センチの円形に物体を削り亜空間に送るという魔法です」


 ●まったく新しいじゃねぇかクソッタレ

 ●当たり前みたいに三桁の魔法数字を記憶してるのなんなんだ

 ●ダンジョン探索の最後尾に立ち時代の最前線に居る男

 ●こいつ出てきたら出てきたでなんかやばくない?


 魔法数字は桁が増える度に「記憶に残りにくい」という難儀な代物。俺は気合いと根性で憶えた。


「とりあえずこれで刃物が通るよ!」

「此処はゴキブリ野郎の核石に近いな」

「核石を破壊すれば死にますね」

「よっしゃ頑張るか。穴拡げろ! 頼んだ貸切風呂!」

「えっ」


 穴を拡げる……? そんな、えっちすぎる。

 そんな、畏れ多すぎる。かくも美しいあなた様の……。


「なんだよ」

「いえなんでも」

「お前マジで……お前マジでなんなんだよ……」

「どのくらいがいいかなあ、と思いました」


 ●ほんまか?

 ●こいつドスケベガキだからなあ

 ●前配信のコメント欄に投稿された「ボンキュッボンスライム」のイラスト見て七時間くらいずっと思い出し笑いしてたドスケベガキだもんな

 ●絶対スケベなこと考えたよな

 ●なんかもしかしてだけど風呂兄貴、寒河江のこといやらしい目で見てないか?

 ●俺は二年間ずっと風見組の頃から追いかけてきた風呂兄貴リスナー。寒河江が風呂兄貴のタイプの人間だという事をお前らに教える

 ●風呂兄貴ってそうなの?

 ●wetubeの質問返信の動画で「骨格女性寄りの筋肉質のえっちな存在がすき」って言ってたよね

 ●マジで風呂兄貴スケベじゃん

 ●風呂兄貴は全人類を均しくスケベだと思ってるだろ

 ●風呂兄貴はバチバチに浮気性だから誰かを好きになっても一人に留まることとかなさそう

 ●↑乳首は?

 ●↑トマトの事乳首で認識するのやめなよ


「それは良いとして……とりあえず広めに削っておきますよ」

「おう。……襲ってくるなよ、夜とか」

「大丈夫ですよ。というか襲っても魔法にうつつをぬかしていたから俺は力が弱いので、返り討ちにあってしまいます」

「いやお前割とガッシリしてるだろ」

「中身のない虚空の筋肉です。魔力の容量を増やすためだけの、空っぽの筋肉です」

「そうなん……? なら、まぁ、良いけど……」

「それに、手前てめぇにそんな資格ねェ事くらい弁えてるよ」


 以下、処理。

 暴れるフラッシュコックローチはスライム体皮に絡まれて逃げられない。俺達はフラッシュコックローチの脳付近にある核石をえぐり出して、破壊した。すると、フラッシュコックローチの悲鳴が辺りに轟いて魔法陣が輝きはじめた。


「やった!」

「あれに乗れば四層に行ける!でもスライム体皮が邪魔だなあ!」


 スライム体皮を燃やして処理して、ようやく地面に足をつけることが出来た。ぐわぐわとおかしな感覚だ。

 締め付けられていた腹が解放されたからか、屁が止まらない。


「四層に行ったらモンスターもそれなりに強くなります」

「分かってるよ! 此処からは連携して倒していこう」

「クイーンビーの巣窟が近くにあると良いなあ」

「なんか怖いからスキル持ちとか魔法使える貸切風呂くんは魔力回復してこい!」


 魔力を回復した。


「ナポリタン食って体力も回復だ!」

「ナポリタンは温存しましょうよ」

「ナポリタン温存したら地球爆発するぞ」

「何を言ってるんですか」

「お前が僕をこうしたんだ」

「へー凄いですね。流されやすい人だ」

「アァ!?」


 つねに喧嘩腰だ。

 もしかして学生時代ヤンキーだったのかなあ。

 ヤンキーはたいてい探索者になっているしね。


「いいからもう行くぞお前ら!」


 寒河江さんに引っ張られて魔法陣の上に立つ。


「あれお前意外と背が高いな」


 密着したので身長差が明らかに。


「何センチ?」

「百八十ちょうどです」

「へー」

「となると寒河江さんは百七十五あたりで、トマトさんは百六十くらいでしょうか。プチトマトですね」

「ちんこは! たぶん僕の方がデカイ!」

「セクハラですよ」

「人の乳首見といていけしゃあしゃあと……」

「しょうがないじゃないですか。乳首経由しないと貴方の顔見れなかったんだから」



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