第3話 こいつナポリタン持ってますよ

 そういえば母の遺書に「旭もはやくナポリタン一緒に食べれる人を見つけてね」と書いていたのを思い出す。その遺書を朝裏庭の柿の木の下で見つけた時は、それはもう頭がバチバチと点滅した。

 しかし、うーん、申し訳ない。お母さん。

 この配信のコメント欄を見てみる限り、どうも俺は他人とは違う事をしているらしい。

 狂っているとか狂っていないとかではなく。

 ただ、それはつまり、理解者がいないという事になる。

 ナポリタンが好きなだけで「ナポキチ」とか書き込まれるし。

 いったいなんなんだ、と思う。世界は無情だ。

 このままではいけないな、とも思う。

 このままじゃ、俺を心配してくれたお母さんの心を蔑ろにすることになる。

 それは俺にとっても本意ではありません。

 しかし、俺は他人と友達になるのが苦手だ。

 どうも捕われているみたいで、窮屈に感じる。

 しかし、友達がいないというのは、とても悲しいことなのだと思う。


「トマトさん」

「なに……」

「ナポリタン食いますか」


 ●はじまった

 ●なんなんだこいつ

 ●食うわけなくない…?

 ●ばーか!!!!!!!! 


「貸切風呂くんさあ……」


 違う。たぶんいまのは俺が間違えた。

 この反応はなにか間違ったことをしたときの反応だ。

 どうしよう、どうしよう。ものすごくどうしよう。


「なにか意図があってそう言ったのは分かるんだけど、少なくともナポリタンは『今』ではないよ。そしてたぶん君のいまの悩みも今考えることじゃないと思う」

「ごめんなさい」


 理解者おらず。どうやらこの悩みも場違いらしい。

 どうやれば他人に合わせられるようになるのだろう。

 他人と同じように生きてきたはずなのに、いつの間にかどこかで差をつけられた。

 まぁ、これは後で考えるとして。


「宝箱があります」

「そんな事してる場合!? 宝箱とか今いいじゃん」

「ミミックの外殻が欲しいんです」


 ●狙いはミミック?

 ●なんで

 ●ミミックの殻は煮込むといいにおいになるよー

 ●そうなんだいいね


「ミミックの擬態効果を利用してやろうという腹づもりです」

「ミミックの擬態効果?」

「俺は魔法魔術系の学校に通っているため知っています」

「魔力飛ばしできないくせに……何に使うの、ミミックの外殻」

「魔法道具の作成に使います」


 ●魔法道具の作成が出来るくらい優秀なのに魔力飛ばし出来ないのなんなんだ

 ●魔力飛ばしは本当に難しい

 ●マジレスすると魔力飛ばしは本当に難しい。スキル持ってない奴に魔力飛ばし出来るか聞いてた風呂兄貴はキモいけど、少なくとも魔力飛ばしなんて才能がなきゃ出来ない

 ●うちの学校でも魔力飛ばしは形式上教えるだけで授業数も月に二回くらいだった

 ●魔法魔術学校生は貸切風呂の仲間

 ●↑しね

 ●↑そういう事言っちゃダメだと思う


「あとはゴーレムの核石、クイーンビーの養蜂杖、スカイフィッシュの羽があれば良いです」

「ゴーレム七層より下からでしか現れないよ」

「なら七層より下に行けば良いです」

「それはそうだけど」


 ミミックではなく、金銀財宝だった。


「一応貰っておきます。お金になるので」

「メッ!」


 手を叩かれる。


「下手に荷物増やしてどうすんの! ゴーレムの核石って大きいんだよ!?」

「金貨十五枚だけです」

「それならまぁ……」


 金貨を十五枚だけ取って、宝箱を閉める。


「金銀財宝……」

「ミミック探すよ!」

「はい」


 ●かわいそう

 ●かわいそう

 ●甘やかすな

 ●金貨は売れば物によるけど1枚につき500万するらしい

 ●マジで風呂兄貴が一番欲しい奴だ

 ●トマトも持ってやれば良いのに

 ●マジで。トマトなにもしてなくてえぐい

 ●トマト兄貴は風呂兄貴のストッパーになってくれてるだろ!いい加減にしろ!

 ●マジでトマトいなかったら2リットル水全部ナポリタンに使って、そのうえで「ナポリタンにも水分はある」とかぬかしそうなんだ。トマトが風呂兄貴のストッパーになってくれてるお陰で二人の生存率がかなり上がってるから尊いんだ。絆が深まるんだ。


 地図を記しながら、ふと「魔法陣の魔法数字みたいな形やな」と思った。魔法陣には方角に魔法専用の数字を入れる。

 三層は南西の二十五と同じ形だ。どういう事だろう。

 いままで二層しか見たことなかったけどそういうことなんだ。

 二層が壁のない円形な広場なのってこれと関連性あるのかな。

 まあ専門家が何も言ってないなら関連性はあんまりないのかな。

 それについては、まぁ、後々考えよう。


「しかし三層の宝箱に中身があるなんて珍しいね。大抵みんな他の探索者に盗まれてそうなのに」


 ミミックはおろか宝箱ですらない空の木箱を開けながら、トマトさんが言った。


「ふむ」


 何かひっかかる。

 ミミックは宝箱に擬態する生物。

 三層という普段は人通りのある所の宝箱。金銀財宝。


 ふむ。


 見つけた。


「見つけたので行ってきます」

「は? なにを? あ、ちょっ、貸切風呂くん!」


 先ほどの宝箱の前にやってくる。


「お宝は諦めなって……」

「ミミックはシェイプシフターの様な『無条件に真似をする生物』ではなく、生存率の高い擬態先を選んで変身する知能の高いモンスターです」


 宝箱をひっくり返すと、四本のちよちよとした鳥の足がある。


「ミミックです。……きっと、金銀財宝を自分の中に入れて置くことで『宝箱だ』と認識させて、討伐させないようにしていたんだ。そしておそらくこの金貨は外殻です」


 ミミックはドラゴンの仲間になる。

「殻」とは呼ばれているものの甲殻類の外骨格の様なN-アセチルグルコサミンで構成された物ではなく、ケラチンで構成されている。

 つまりは、簡単に言えば、サイの角である。

 それを魔法で変形させて擬態する。

 この個体はとても賢い。


 ちなみにモンスターの甲殻類の殻にはアスタキサンチンは含まれておらず、まったく未知の赤色色素が含まれていると言われている。

 甲殻類モンスターの殻は剥げば真っ白になってしまう為、研究は進んでいない。


「君の殻を少しだけ貰って構わないかな」

「チピチピチピ……」

「ありがとう」


 ●賢い

 ●もしかして風呂兄貴って賢いのかな

 ●風呂兄貴は賢いぞ

 ●菅原旭:私立魔決まきめ学園がくえん首席。帰宅部。

 ●魔決学園って偏差値79なんや

 ●はえー……きも……

 ●変な奴が頭いいと腹立つな


 袋の中に金貨と銀貨を半分ずつ入れる。


「ミミックの外殻は手に入れました。お次はどうしましょう」

「下を目指すのが先だと思うけど」

「下を目指すにしても……」


 ゴブリンだ。

 あまり魔力を消費するのは好ましくない為、逃げ隠れ。

 しかし、そうも言っていられないんだろうなあ。

 なんというか、思い通りに行かない物だなあ。ままならぬ。


「諦めるな」


 強く拳を握りしめる。関節から「ギチギチ」と音をたてながら痛みが走る。これは俺のルーティンだ。

 こうでもしないと諦めて泣いてしまいそうになる。

 俺は昔から心が弱かったから、こうでもしないと、本当に。


「諦めるな」

「…………ねぇ、貸切風呂くん……」


 トマトさんが何かを言おうとした時、通路の左側壁が破裂した。咄嗟にトマトさんを庇った為、後頭部に壁の破片を受けてしまう。

【身体強化】に気を取られて【身体硬化】が間に合わなかった。


「貸切風呂くん! 大丈夫!?」

「なんでしょう」


 壁の奥には空間があるらしい。


「そこに誰かいますね」

「逃げよう」

「はい。そうですね」


 つってけてー、と逃げだそうとすると、背負っていた背嚢を捕まれる。


「待てやゴラ」

「食べないでください」


 ●食べないでください

 ●食べないでください

 ●ヤカラが弱点なの変わってないんだ

 ●ヤカラはみんなこわいだろ


「飯ィ寄越せや……」

「ナポ」

「すいません。俺、いま飯持ってないです」

「こいつナポリタン持ってますよ」


 ●トマトさぁ

 ●裏切られてて笑う

 ●ナポリタンのチクリ魔だ

 ●かわいそう


「寄越せやゴラ」

「マジなことを言いますと、飯をこれしか持っていないので此方としても何の対価もなく渡すことは流石にやってはいけないのです」

「対価だァ? 対価かァ……テメェ名前は」

「菅原──」

「こいつ貸切風呂っていいます」

「配信探索者か……これやるよ。本物の金貨。三枚ある」

「結婚しますか?」


 ●ほんまこいつ

 ●なんやねんこいつ

 ●風呂兄貴特攻みたいな奴きたな

 ●風呂兄貴がメスに堕ちる……!

 ●風呂兄貴にオスとかメスとか性別をあてたくないな。あくまでナポリタンだから


「それだけじゃねぇ。同行するぜ。どうやらこのダンジョンから出られなくなったらしい……」

「眠化ってやつですね」

「だな。どうだい、俺と足掻いてみねぇか」

「とても魅力的な提案です。お願いしたいです。俺もいま百層にある転移の魔法陣を目指しているところです」

「そいつはちょうどいい。俺もだ」

「お名前は?」

寒河江さがえ五郎ごろう。寒い河の江の五の郎だ」

「寒河江五low?」

「え?」


 ●寒河江兄貴かっこいい

 ●女の子の恰好させたい…

 ●きも

 ●骨格は女の子寄りだけど……

 ●キモいって

 ●お前ら風呂兄貴に言えないくらいキモいぞ

 ●類が友を呼んだだけでは・・?


「ほら、渡しなさい。寒河江さんに」

「ううむ……」


 さらばナポリタン、イタリアで会おうね。会えないか。


「うま! なにこれ!」

「ナポリタンかと思われます」

「ナポリタンだろ。この人が作りました」

「へー。やば。二物もらえなかったん?」

「え?」

「なんでもねぇや。ほら行くぞー!」

「元気な人だなあ。元気な人はとても好きです」


 寒河江さんの後を追う。カメラを手で覆って振り返ってみるとトマトさんがなにやら不思議な顔をしている。


「どうしたんですか」

「寒河江五郎ってなんか聞いたことがあるんだよなあ」

「さきほどでは」

「そうじゃなくて! なんか、なんだったかなあ」

「後で本人に聞きます」

「まぁ、それが1番か……」


 納得してくれたらしく、トマトさんも寒河江さんの後を追う。

 部屋の奥を腰に提げていた小さなライトで照らしてみる。


「おお」


 木々が生い茂っている。スキルで生えた様な、「人間が考える規則的な不規則」を感じる。

 ふむ、寒河江さんのスキルだろうか。

 植物を操るとなると、嬉しい。ものすごく嬉しい。

 これでちょびっとだけ水を舐められる。

 あとで頼んでみよう。うん。そうしよう。


「貸切風呂くん! おいてくよ!」

「待ってください」

「ノロマだなあ」

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