第4話 ナポリタンで殺すぞ
それから二時間ほど歩く。
疲れてきたなあ、うーん、と唸っていると、壁がへこんでおり、六帖程のスペースがある。
「スペースがあります」
スペース。短時間の休憩やら長時間の滞在に使われるダンジョン内に点在する小さな空間。A型・B型・C型、すべての魔力が流れる「
そこを見つけると、三人とも自然と足を運んでいた。
「とりあえず休憩しましょう」
「おう」
「だね。僕疲れちゃった。貸切風呂くんナポリタンちょっと頂戴」
「えぇ……いいですけど……自前の食糧持ってきてないんですか」
「あの男に軒並みどこかに捨てられたよ。そうだ、荷物の回収もしたいなあ。どこに行ったんだろう」
「残ってるといいですねえ」
そこで、ぴたりと会話が止まる。
俺は人と会話を長続きさせる方法を……知らない!
どうしよう、ナポリタン作ろうか。いや、水の無駄遣いだって怒られるな。俺は学べるんだ。すごいだろう。
でも、ナポリタンを頼りに出来ないとなるとどうする?
どうする? どうする、旭……! どうしよう!
「改め自己紹介しようかな」
寒河江さんが口を開いた。
「俺は寒河江五郎。ランクはC。探索者だ。ちょっと前までは小遣い稼ぎに〈カネコ・タダトシ〉って名前で配信もやってた」
「あーっ! やっぱり! 寒河江五郎!」
「有名だったんですか」
「それはもう! 登録者三万のチャンネルだよ!」
「お金いっぱいそうで羨ましいですね」
●カネコタダトシまじ?
●カネコ兄貴生きとったんかワレ!
●お金いっぱいそうで羨ましいですね
●大金持ちだった気がする
●カネコ兄貴岩手きてたんだ
●最後の配信で「東北の方に行く」って言ってたな
●こんな地方のマイナー陰キャのチャンネルに通りすがっていい奴じゃねぇど
「どうして辞めてしまったんですか。大金がぽがぽでしょ」
「そんなでもねぇし、なによりウダウダ文句吐かされるのが嫌だった。俺は俺のやり方でやりてぇのに何度言っても文句つけてくる奴がポンポン現れやがる」
「そういう連中は人を不幸にするために生まれてきた低知能社会不適合者なのでブロックするのおすすめです」
●なんか酷いこと言ってる
●風呂兄貴の珍しい毒舌シーンだ
●ここだけ切り抜かれるんだろうなあ
●泣きました
●やめてくれよ…
●こっちにも衝撃が来たぁ!
「そういえば、貸切風呂はなんでダンジョンに潜ってるんだ。配信までして」
「金が欲しいです」
「俺と同じ感じだな」
寒河江さんちょっとエッチだなあ。ちょっぴり女性的な顔立ちをしている。うーん、言葉にしたら多分怒られるな。
というか、嫌われる気がする。
俺はこんなにエッチな人に嫌われたくない。
「そうですね」
「二人とも動機不純過ぎ」
「探索者なんて大体金ですよ」
「そうだぜ~。探索者になる奴なんてどうせロクな奴じゃねぇよ。そういうお前さんはどうなんだい。〈トマト〉だって?」
「そうですね。気になります」
「ダンジョンをすべて攻略するためですが」
「あの実力で?」
思わず口をついてでる。
「あいにく始めたばかりなの! これから強くなるんだよ!」
「それはそれは。応援します。あっ、そうだ。この先でもし頼れそうな人がいたら貴方をその人に任せて置いて行くつもりなのでよろしくお願いします」
「待てや」
トマトさんに頬を鷲掴みにされる。
「なんですか」
「ドライ過ぎない……?」
「ダンジョンを本気ですべて攻略するって目標立てているなら納得してもらえるはずですが。貴方に盛岡ダンジョンははやい。田野畑ダンジョンか一関ダンジョンにするべきだった。スキルも何もない状態でダンジョンに潜るっていうのもあまり賢い選択とは思えないし、なんなら」
「うるせェ! 死ね!」
「ううむ、わかってくれませんか。じゃあ正直に言いますが、才能も実力もないのに声だけは大きくて足手まといなので捨てたいです」
●風呂兄貴のダメなところ出てる
●そりゃもうドバドバよ
●ええ、風呂兄貴こんな人だったの?
●最初のころは通りすがりの探索者にぶつぶつ文句言いながらやってた。キモいもの見たさで登録したって奴が多かった
●高二の冬あたりからなんか精神的に落ち着いた印象
●はぇ~
「めちゃくちゃ酷いこと言うじゃん」
「一番苦しむのは貴方だ。志半ばで死んだ人間の顔はいつも悲痛に満ちてる。そんな顔をするべきではない。どこかで落ち着くべきです」
「ついてく!」
「なんで」
「君のナポリタンが好きだから」
●あっ、クリティカルヒット
●あっ
●人たらしめ
●罪な男…!
「どうすんの」
「でも俺ァ……あっ、俺は。……俺は尚更死んで欲しく無いんですよ。俺も一緒にナポリタン食べたいんです。なので置いていきたいんですけど」
「でもトマトはついていきてェ訳だ。仲良しだねェ」
「どうするべきか……?」
「縦で真っ二つにすればいいんじゃないですか」
「本当にそれでいいと思うなら本当に病院に行った方がいいよ」
「なんでですか」
●これは本当に真っ二つにすれば良いと思ってたときの反応だね
●こいつ本当にいけない脳みそなんじゃないか
●切羽詰まってるんじゃないの
●まぁたしかに貸切風呂ってなんか顔に出そうとしないタイプだしなぁ・・・・・
●やっぱり表に出さないだけで取り乱してんだ!
●よかった!風呂兄貴は人間だった!
●あとなんか素が出てたよな
●「おれぁ」好き。多分こいつ素の口調割と粗い方だ
●風呂兄貴って口調作ってるのか
「でもなあ、言い分はわかるんだよなあ。貸切風呂は多めにスキル持ってるからランクの低さを補えるけど、トマトはなあ」
「ここで役目終わりになってええんか!? この中で唯一の華やぞ!」
「君の姿は今に至るまでずっと映ってないよ」
「映せよ!! 映ってる前提で顔作ってたわ!!」
「いかつ……」
どうやらトマトさんは今まで映っている前提で顔を作ってたらしい。
無駄な労力をかけてしまったらしい。
申し訳ないことをしてしまったなあ。
「作ってない顔も可愛らしいですよ。ナポリタンで言うところのピーマン」
「ナポリタンから離れろ! ナポリタンで殺すぞ!」
「ナポリタンでどうやって人を殺せるんですか」
「ピーマンを首に刺す」
「えええええ。ちょっと強引過ぎるよトマトさん。ピーマンは首に刺さりませんよ。変なことを言う人なんだなあ」
●お前が言うなや
●ブーメラン投げるの得意ね
●おまいう
●人は真っ二つにしたら死にますよ、変なことを言う人なんだなぁ
●なんというか、風呂兄貴って自分のこと見てないよね
●他人のことも見てないぞ
●こいつ何が見えてるんだよ
●ナポリタン
●ナポリタン
うーん、コメント欄を見てみても、なんというか、あまり有益な情報は無い感じかなあ。せめて錠か、そうじゃなくとも他のみんながいればなあ。
あ、他のみんなというのは、一年目に組んで不仲で解散したパーティーのことです。今でも時々集まって喧嘩してる。
この四人。トレードマークのサテン生地のマフラーはみんなもうしてない。何色にも染まれる虹のようなマフラー。
「うーん」
「どうした?」
「なんでもないです」
みんながいれば気合いと根性のぶつかり合いで今頃楽しい事になっていたんだろうなあ。
みんなお互いのことは嫌いじゃなかったんだ。むしろ好きだった。
だけど、性格とか諸々が合わなくていつも喧嘩してた。
喧嘩っていうのは理屈ではない。したいからするものではない。
「理屈じゃない、かあ」
懐からマフラーを出す。真っ白なマフラーだ。
「うん。まだ気合いと根性モヤモヤだ」
出したは良いけど、まだ巻き時ではなかった。しまっておこう。
「わかりました。では行きましょう」
「当たり前!」
「だけど少しでも『無理だ』と思ったら、絶対に逃げてください。俺達は自分の身は護れるので容赦なく逃げてください」
「男らしくない」
「撤退は敗北では無いはずだ。俺も貴方に死んでほしくない」
「わかったけどさ……じゃあ、僕も言わせて貰うけど」
と、言うところで。
ビリッ、と空気が揺らぐ音がした。
咄嗟にみんな息を殺して、身体を小さく丸める。
ドシン、ドシン……と足音が近づいて来る。
それは大きな足だった。
「ゴーレムだ……」
去ったあとにトマトさんが言う。ゴーレム。土くれの人造人間。
どういう方法で生み出されるのかわからないけれど、ゴーレムの中には核になる石がある。正十二面体の整った形の石だ。
「ゴーレムじゃん! 倒さないの!?」
「ありゃ普通のゴーレムじゃねぇよ……」
寒河江さんが言った。
「咄嗟に身を固めてよかった……」
「普通のゴーレムじゃないって?」
「あのゴーレム、脚の太さから推測するに八メートルはある。歩き方から『屈んでいる』という状態ではない。通路の高さはせいぜい三メートル……『入りきっていない』状態です」
「ホア!?」
●ゴーストゴーレムかあ
●ゴーストゴーレムは人殺すぞ
●人に殺されたゴーレムのなれの果てだからね
●人を殺すために蘇ったモンスターだっけ
●ゴーストゴーレムに悲しき過去
「ちなみにゴーストゴーレムに知能は無いので丸まると『人の形ではない』と見なされて見逃してもらえます」
「はぇー、知らなかった」
「俺よりランク上なのに」
「うるさいやい」
「とりあえずゴーストゴーレムに遭遇しないように動くか。タイムロスだぜぇ?」
「そうだ、腕一つ落としていきますか」
●出た
●出たわね
●どういう了見なんだこいつ
●腕一つ落としていきますか……腕一つ落としていきますか!?
●腕落としたからなんなんだ
「答え合わせは待って。……多分、『例外』になるために……的な?」
「答え合わせってなんですか」
「人は腕が二本ある奴が多いからかぁ。頭イカレたんかと思ったわ」
●頭はイカレてると思うよ
●頭はイカレてるでしょ
●ゴーストゴーレム避けに四肢欠損しようとする奴は頭イカレてるでしょ
●それが最善ならそうするんだろうな、こいつ。
●ひとりでここまで来てなくて良かった~
●マジで危ない奴過ぎる。合理的でも無いしな別に
寒河江さんは回復系のスキルを持っていないらしい。
なら腕はあまり落とさないほうがいいか。痛いだろうし。
「なら出来るだけ素早く身体を縮めて行きましょう」
「あの肌がビリッてした瞬間にはもう縮めた方がいい」
「ダンジョン恐すぎ。ナポリタンくお……」
「俺のナポリタン……」
●トマトがナポキチになりはじめてる
●おいしいもの食べて
●ナポキチからナポリタンを奪った男
●ナポリタンの何がそんなに良いんだ
●Mogtterで拡散したら万バズしちゃった。ありがとナポキチ兄貴
「え、すごい」
「なにが」
「モグッターで拡散されて万バズしたらしいです」
「晒されとる!!」
「マジか。俺もとうとう有名人だ。嬉しいね」
喜ぶ顔がちょっとエッチだなあ。
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