第2話 井の中の蛙ナポリタンしか知らず

 ダンジョンは異世界に繋がることがある。

 この現象を「眠化みんか」という。

 もともとダンジョンは異世界を縮小したものである、という考えがある。たぶんダンジョンはそんな簡単な話ではないのだと思う。

 俺にはわからないけれど、何処かの学者が解明してほしい。


「いまのところ『眠化』したダンジョンが再度出現した事例は確認されていません」

「じゃ、じゃあ僕はずっとダンジョンの中で生きていくことになるんですか」

「はい」


 ●はいじゃないが

 ●でも変に希望持たせるのこそダメだろ

 ●わかってるんだろうね、お察しの通りなら


「でも俺がいるので大丈夫です」

「なにが……?」

「眠化したダンジョンを起こす方法と言うものがなにかしらあるはずです」

「そんなものがある訳ないじゃないですか。みんなずっと眠化への対処法を探しつづけてるのに、二十年見つかってないものは無いんですよ」

「二十年見つかってないだけですよ」


 ●風呂兄貴のこと嫌いになってきたな

 ●ずっと前向きで好感度高いだろ

 ●でもずっと風呂節はなぁ・・

 ●風呂兄貴ちょっと真剣になって


 ずっと真剣なのに。

 やっぱり誰もわかってくれないんだろうか。


「百層のボスを倒すと『踏破』と見なされて帰還の魔法陣が出てくるのはご存知ですか」

「眠化ダンジョンの魔法陣は」

「おそらく繋がるのは異世界ですが、俺は魔法魔術系の学校に通っているのですこしなら座標の変更が出来ます」

「座標の変更って言ったって……」

「大丈夫なんです。では行きましょう」

「待ってください」


 トマトさんが声を張り上げた。


「はい」

「ランクは……?」


 ●そういや知らんなあ

 ●ずっと二層やし


「Fです」


 ●そらそうよ

 ●知ってた

 ●声しか聴こえないけどなんか唖然としてそう

 ●もしかして風呂兄貴って脳になんか名前のある病気ついてんのかな

 ●やめなよそういうこと言うの


「Fって……最低ランクじゃねーか! 馬鹿か! ばーかばーか! 無茶な事はしちゃダメだよ!」

「大丈夫ですよ。馬鹿じゃないかと思います」

「大馬鹿だよ! 無理だって、僕だってまだDランクなんだよ!? あっ、おい!! こんな緊急時にナポリタンを食うなァ!」

「いきなり元気ですね。趣味でも見つかりましたか」

「アァ!?」


 ●なんで煽ったんだこいつ

 ●いきなり元気だから趣味でも見つかったのかな、と思ったんだろ

 ●風呂兄貴はちょっと知能が低いからね仕方ないね

 ●みんなちょっとずつ風呂兄貴の事嫌いになりつつあるな

 ●ずっといつもの調子なんだもん…


 あっ、みんなからちょっとずつ嫌われはじめている。

 このまま登録者が減ってしまったらどうしよう。

 金が貰えなくなってしまうなあ。

 それは困る。ものすごく困る。

 しかし、だからと言って変に言葉の取捨選択をするのもな。

 もしかしていま、俺っておかしな状況にあるのか。

 だとしたらこの戸惑いは本物か。


「絶対に後悔はさせないからついてきてほしいです」

「無理だって!」

「でもこのまま何もしないんじゃそれこそ間抜けだと思います。ゆっくり死ぬより急いて死ぬ方が男らしい」

「そういうの……ッ! 何て言うんだそういうの!! ソシオパス!?」

「お塩? なんですかそれ」

「うるさい!」


 ヒステリックだ。この人嫌いだなあ。

 でもまぁ俺の言動も配慮が足りなかったんだと思う。

 いまさらわかったところで、挽回は無理そうだなあ。

 ギスギスしたままこのままダンジョンで生活するのかなあ。

 まぁここはダンジョンだしな。

 信用できそうな高ランク探索者がいたらその人に預けよう。

 ダンジョンを地上に戻したら、あとで纏めて謝ろう。

 謝るのは、すくなくとも今ではなさそうだ。


「あ、そうだ。視聴者の皆さん。『田野畑村にいる松田まつだじょう』っていう風紀委員の人を呼ぶように委員会に呼びかけてくれたらとても嬉しいです」


 ●しょうがねぇなあ

 ●まかせろ

 ●わかった

 ●OK

 ○Super Chat【50,000円】

 美味しいナポリタン食べて百層行って

 ●ダンジョンから出られないんだからナポリタン食えねぇだろうがよえーーーっ!?

 ●あと四束残ってるぞ

 ●節約すればそれなりに食えるな

 ●呼びかけてみたけど「貸切風呂くんと錠を組み合わせるのはなあ」って頭を捻らせてたぞ


「喧嘩になるからです」


 ●そっか、喧嘩になるからか

 ●なら仕方ないね。諦めろ

 ●田野畑村にいる松田錠がなんだって?


「俺は錠の魂を感知する事が出来るので、座標に登録して一瞬だけ呼び出して、錠の【全方向転移術】で盛岡に帰してもらおうかな、と思ったんです」


【全方向転移術】というのは、昔に異世界から帰ってきた元勇者が持っていたスキルで、世界の飛び越えが可能になるスキルだ。


「錠が期待できないなら擬似的に【全方向転移術】を再現するしかなさそうですね」


 となると必要になるのは、ゴーレムの核石……クイーンビーの養蜂杖……スカイフィッシュの羽……ミミックの外殻か。


「全員俺一人でどうにかできます」


 ●そうなんだ

 ●こんな緊張感ない大アクシデントはじめてみた

 ●というかなんでこいつ眠化ダンジョンから出られる前提なん?出られるなら四年前それで大勢の命が散ることなんかなかったろ。馬鹿なんか?


「出られますよ」


 ●根拠のない自信はなぁ…


「ありますよ」


 ゴブリンキングが襲い掛かってきた。

 顔面に蹴りをめり込ませてみる。

 すると、ゴブリンキングが光の粒子になっていく。これを「解体現象」という。残るのはゴブリンの魂が残っている部分。ゴブリンキングだと大抵「王位の棍棒」が遺るらしい。


「根拠なら、気合いと根性が運んで来る。確かに俺は完全無欠じゃないけれど。気合いと根性ブチ貫いて、苦悩も努力も捨て置いて、勇んで進んだテメェの道に、無意味な物なんて一つもない筈だ」


 ●死なない程度に頑張ってほしい

 ●時々覚醒する風呂兄貴だからついて行くんだもんなあ

 ●骨なんて拾いにいけないから死ぬ時は粉々の塵になるくらい燃えて死ねよ


「とりあえずついて来るかは俺の背中を見て決めてください」


 トマトさんに言ってから、通路を進む。

 地図を書くための紙と鉛筆を出して、方位磁針を取り出した。針はくるくる回っている。

 やはり眠化ダンジョンに東西南北はないか……。

 いや、もしくはつねに「回っている」状態にあるのかも。

 しかし、うーん。何て言うんだろうか。

 方角に関する仕掛けとかもあるから怖いな。

 もしそれがあれば勘で片付けるか、諦めるしかないな。


「ちょっと待ってよ……いや、もう! もう! ここで一人になる方が危ないだろ……! それに君がどっかで野垂れ死にしたら寝覚めが悪いよ~! もー! もーー!!」


 俺とトマトさんはそうして行動を共にした。

 道中で水の湧く所を見つけた。ダンジョンの水は魔力を含んでいて普通に毒性。スキルを習得していれば「天然ポーション」みたいな感じで飲めば魔力を生命エネルギーに転換することが出来る。

 しかし、すこし面倒臭い。

 というのも、魔力と生命エネルギーには「タイプ」があるのだ。「A型」……「B型」……「C型」……という三つのタイプがある。

 生命エネルギーがC型の奴はB型魔力しか吸収できないし、B型生命エネルギーの奴はA型魔力しか受け付けない。A型生命エネルギーの奴はC型魔力だけ。


 俺の生命エネルギーはB型。なので、この水は普通に毒になる。C型魔力なので。


「スキル使えますか」

「えっと、使えないけど……」

「魔力飛ばしできますか」

「できないけど……」


 じゃあ諦めるしかないが、ここはダンジョンだ。

 どうせ水源なんていくらでもある。

 積極的にA型魔力の水を探していこう。


「そうだ。これあげます」

「わっ、これなに」

「ナポリタンを作るためにダンジョンに潜る前にスーパーで買った百円もする二リットルの水です」

「君は……いいの?」

「俺にはナポリタンがあるので」


 ●ナポリタンで水分補給はできないだろ

 ●ナポリタン万能説

 ●親をナポリタンに救われた男

 ●まぁナポリタンにも水分はあるからな

 ●ナポリタンの水分は心許なさすぎるだろ

 ●さっきちょっとカッコイイと思えたのに

 ●ナポキチ

 ●【悲報】井の中の蛙ナポリタンしか知らず

 ●貸切ナポリタンに改名しろよ

 ●貸切ナポリタンってなんだよ


「ナポリタンの水分はあてにならないだろ……水ははんぶんこ!」

「半分うんこ……? 最悪のキカ○ダーですか?」

「この状況でふざけることに何の意味があるの」

「ごめんなさい」


 ●今のはマジでふざけてたことの謝罪だね

 ●こいつほんま……

 ●そういや学校の先輩兄貴が前に「貸切風呂は学校に俺以外の友達がいない」って言ってたけど絶対こいつのコミュニケーション能力の不足の所為だろ

 ●ダンジョンなかったらこいつどうしてたんだ

 ●こいつダンジョンなかったら普通に**と仲良く暮らしてたろ

 ●**

 ●こいつNGワードに登録しやがった!

 ●確定すぎ

 ●** **

 ●どっちもNGに登録してて悲しい


「そういえば、貸切風呂くんはどんなスキルが使えるの」

「教えるより見せた方が早いので見せます」


 協会から発行されるマジックアイテム「ミエルプレート」をトマトさんに出す。

 これには「ユーザーネーム」「本名」「生年月日」「習得しているスキル」が表示される。緊急時はこれが判別するための印になる。


 貸切風呂 菅原旭 2000年7月23日

 身体強化・第一段階 身体硬化・第一段階 稲妻・第一段階 土壁・第一段階 炎集・第一段階 魔力見極め・第三段階


「この【魔力見極め】ってどんなスキル?」

「魔法魔術系の学校に通っているため必ず魔力のタイプを見分ける手段を教え込まれます。極めると【魔力見極め】のスキルが獲得できます」


 ●もう隠してね~じゃん

 ●見えてる見えてる!!!本名見えてる!!

 ●こいつに個人情報の概念ないんか?

 ●見えてるし見せてる……こいつキモ……

 ●まぁ配信探索者って八割本名出てるしな

 ●(ミエルプレートに住所記入されるシステムじゃなくてよかった~!!!!!)

 ●魔法魔術系の学校通ってて何で魔力飛ばしできねぇんだよ

 ●魔力見極め第三段階に出来るくらい実力あるのに初歩中の初歩みたいな魔力飛ばしできないの意味わかんなくて笑う


 魔力飛ばしは「爪楊枝で豆の構造をいじくり回して鉄にしろ」という様な無茶ぶりをしているのと同じ事だ。

 出来る訳がないと思います。


 ちなみにスキルの段階っていうのは──


【第一段階】平均より少し下

【第二段階】平均的な能力

【第三段階】努力の到達点

【第四段階】才能を持たない者には到達できない

【第五段階】才能の到達点

【第六段階】進化点


 第六段階に到達すると、すべてのスキルが到達したスキルに融合して新たなスキルに進化する。

 進化したスキルには「守護霊」の名がつく。

 人には必ず守護霊がいる。守護霊っていうのはオカルトとかホラー的なものではなく、世間一般にも広く知られるような「神様」や「悪魔」や「天使」の名を持っている。

 俺の守護霊はナポリタンであってほしい。


「魔力飛ばし使えないんだ」

「君はスキルの一つだって使えないくせに」

「拗ねた」

「拗ねてないです」

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