迷宮の世界
我社保
第1章 眠化ダンジョン
第1話 ナポリタンを作りたいと思います
ダンジョンというものが発生するようになったのは、今は昔。
ダンジョンからら牛や馬や鰐などの革素材と同等あるいはそれ以上の素材が採取できる。
また、マジックアイテムという人智を逸脱した道具が排出される。
そのため、ダンジョンが現れた地方はダンジョン攻略に力を入れる。ダンジョン攻略協会という組織はダンジョンを詳細に知るために、ダンジョン攻略の様子をインターネットで公開する、という取り組みを行っている。
専用の配信サイトが作られている。
ダンジョンの様子を配信しながら攻略する者は「配信探索者」と称される。
「はじめます」
どうも、名前は
配信探索者は配信者としてのユーザーネームを設定できる。
俺のユーザーネームは〈貸切風呂〉だ。
固定ファンがいるかどうかわからないけれど、チャンネル登録者が二千人いるので、配信の度に六万振り込んで貰える。
平日は学校がある為配信なんかしている暇は無いけれど、土日は毎度六万稼いでる。
時々視聴者から五百円くらいのスーパーチャットを貰える。
●待ってた
●貸切兄貴じゃん 風呂入るか
●今日も盛岡ダンジョンだ
●まだ2層に居て草
●二年くらいずっと二層でスライム狩りしてる…?
「スライムがいます」
半透明のぷるぷるとした生物がいる。スライムだ。
スライムには鈍角二等辺三角形の石がある。
それをナイフで突くと、スライムは忽ち溶けて網状のネットのような物が落ちる。
スライムは網状の体皮から粘着性の体液を纏った微細な触手をウニのように伸ばしている。触手にはくらげのように毒針があり、スライムの毒は嘔吐・眩暈・発熱を引き起こす。
この網状の体皮は今はただのぷるぷるしたネットだが、電気に反応してなにより強力な接着剤になる。
なんらかの工事なんかで重宝されている。
「スライムは恐ろしいです」
●そうだね
●そうだね
●そうだね
「しかし俺の方が強いです」
●そうかなあ
●二年くらいずっと二層の奴が「強い」はちょっと…
●スライムよりは強いから…
●よりは
●よりは
●よりはね
配信はいつもこのような調子で、暇な奴が暇な時に来る。
その程度のゆったりとしたものだ。
そんなものだから、知名度は「界隈でちょっと通じる」くらいだ。
でもそれで満足している。
成人したときに変に税金で頭を抱えるのは本意ではない。
俺は学費と生活費を稼ぐだけ。後は弟の養育費。
稼ぎたいだけ稼げるのが登録者二千人前後。
だからこのくらいがちょうどいい。
「スライムを狩りながらこれからの話とかします。俺ももう高三なので、いろいろな進路を考えなければいけないです」
●大きくなったねえ
●ママ兄貴すき
●このチャンネルの視聴者、定期的にガキと母親を往復するよな
「基本的には就職を考えてます。金を稼げるようになりたいので」
はやく金を稼げるようになりたい。俺の望みはそれだけ。
「社会人になったら、もしかしたら配信の頻度が落ちるかもしれません。その点について、謝罪したいです」
●いいよ
●許す
●基本的に風呂兄貴偉いから応援できるよな
●進学はしないんだ?
「進学は金がかかるのでダメです」
○Super Chat【50,000円】
おいしいご飯食べて三層行って
●風呂兄貴に使われた五万に悲しき過去…
●ナイスパ
●こいつ飯に金使うかなあ…
●多分貯金するよな
「とても、ありがとうございます。ナポリタン食べます」
●かわいい
●ナポリタン美味しいもんね
●美味しいナポリタンいっぱい食べて
●wetubeの誕生日配信ナポリタン作ってたよな
●好きなのかな
それから、岩手でおすすめのナポリタンが食べられる喫茶店を視聴者におすすめしながらスライムを狩っていると、三層に続く階段を見つけてしまう。
三層はゴブリンが出てくる。
ゴブリンは人型だからとても怖い。
「三層はゴブリンが出てくるのが怖いから行きたくないです」
●行け
●行け
●行け
●行け
●行け
●行け
いじわる。
それから三十分ほど視聴者と問答していると、三層から悲鳴が聴こえてきた。
男か? 女か? よくわかんない中性的な声だった。
ゴブリンは、人型だから、とても怖い。
俺はすぐに走り出して、三層に突入した。
そこで、外探索者に倒されて組み伏せられている探索者を見つけた。
左胸に配信カメラバッジをつけているから、配信探索者だ。
しかし、バッジは破壊されているらしい。あれ一万円するのに。
こういう場合があるから、俺はバッジをつけているとばれないように、普段は巧妙に服の中に隠している。壊されたくない。一万円を。
助けを呼んでいる。
自己主張は控えめだけれど、喉仏がある。骨格もよく見れば男だ。少年だ。
こんなに中性的な男というのもは珍しい。よく見なければわからない。
●割とガチの犯罪現場じゃないか、壊れるなぁ
●通報するべきか
●犯人の顔バッチリ写ってるしね
「なになさってるんですか」
「彼女とダンジョン姦のような物をね」
「わあ、何もなければ良いですね」
「そうですねぇ」
通りすぎる。
フリをして。
明らかに性犯罪者の方の男の後頭部に蹴りを入れた。
「グィーッ!?」
「やっぱり、何もない訳もないです」
「なにすんだテメェ」
「蹴りをしました」
●蹴りをしました
●蹴りをしました
●こんな時にも風呂節だ
●いきなり蹴ったからびっくりしたゾ…
●人のこと蹴るの慣れてる蹴りだったな
「俺を誰だと思ってる!」
「誰であろうと、無理矢理というのはいけないことだ」
「相手は男だぜ! 男が男に襲われたって!? はは、誰が信じる!?」
「教養がない人でした」
男同士でも性加害は性加害に変わりは無いはず。
どういう計算でそうなってしまったのだろう。
「失せろ! 犯すぞ」
「すいません。陰茎の小さな男に価値は無いと父が言ってました」
「アァ!? ナメやがってよォ!」
「ナメているのは貴方だ。こんなに、苦しそうに泣いている人間一人の心の傷もわからずに」
●あれ、割と風呂兄貴ブチ切れしてないか
●風呂兄貴も怒ることあるんだ
●風呂兄貴がキレるとき大体周りが悪い
●いやもう、そんなことより風紀委員の奴等遅くない…?
●風呂兄貴の負担強すぎ
男はやっと少年から手を離してくれた。
俺はナイフをノールックで少年に投げ渡して「身を守ってみてください」と助言。
いまこんなに頭が痛いのは、そうか、怒りか。
うーん、こんなに感情が動いたのって四年ぶりか。
そうか、あれから四年経ってるのか。
「かかってこいよ、お嬢さん」
「殺してやる!」
両手剣。右からの大振り。スキル【身体硬化】を発動。
第一段階の【身体硬化】なので、防ぐことは防ぐが、完全な防御ではない。肉を断たせる。それが手っ取り早く捕まえる方法だった。
次に、スキル【身体強化】で攻撃の威力に嵩増しを図る。
そして、スキル【稲妻】で拳に稲妻を纏い、心臓部を殴る。
男はびくんびくんと痙攣しながら倒れた。
なにか「呪ってやる」とうわごとの様に言う。
「お前の幸せの絶頂に……お前の愛する宝を殺す呪いをかけた……かけた、かけたケケケケ」
「二進数みたいで怖い。脅しの趣味も悪い。さいてい。とりあえず、大丈夫ですか」
胸あたりのバッジの部分を隠して少年に手をさし延べる。
「ありがとう、ございます……」
「【身体強化】と【身体硬化】のスキルを教えます」
「至れり尽くせりで、ありがとうございます……」
ふむ、気まずい。どうにも俺にもちょっぴり恐れを抱いているらしい。
それはそうだ。当たり前だ。
いきなり現れて大人に暴行を加えるガキなんて恐怖以外の何物でもない。
下手すれば納税より怖い。納税の方が怖いか。いや、そうか?
それはともかくとして、救ったのだから、せめて心を休めてほしい。
「胸のあたりにバッジがあるため、映りたくない場合は俺の背後をとることをおすすめします」
「あっ、ご、ご親切に」
気まずい。これは気まずい。ものすごく気まずい。
なにかないだろうか、打ち解ける方法。…………わからない。わかる訳がない。
俺は今まで顔も見えない視聴者か学校の教師との事務的なやり取りしかしたことがない。 こういう場合の友達の作り方がものすごくわからない。
「ナポリタンを作りたいと思います」
俺の好物は皆好きだろう、という天才的な発想。
「ナポ、ナポリタン……?」
●こいつもしかしていつもパスタ持ち歩いてんのか?
●困惑してて面白い
●初配信がスライムの巣の中でナポリタン食ってる所から始まった男の配信だぞ、どっかり座して心を静めろ
●ナポリタン好きなんだ
ナポリタンを作り終えてから皿を家に忘れて来たことに気がついてあたふたしていると、少年が声をかけてきた。
「あの」
「なんですか」
「お名前、そう、お名前お伺いしてもいいですか」
「俺は〈貸切風呂〉って言います。本名は」
「本名はいいです」
●こいつ前も本名言いかけてたけど学ばねぇの?
●学べるほどの知能があるかどうか
●菅原、まではわかってるからな
●そういや学校の先輩兄貴最近来てないな
「先輩は結婚したので最近は休みも仕事か奥さんに当てているらしいです」
●結婚してたんだ!おめでとう!
●先輩いい旦那さんになりそう
●風呂兄貴が尊敬してる人だぞ
●先輩兄貴が配信に来たときの「わぁっ!」が本当に嬉しそうで微笑ましかった。
●なんというか、基本的に風呂兄貴って「ダンジョンにいるべきではない性格」してるよな
●そういやなんで探索者してんだろ
●↑金が必要だから、とか前言ってなかった?
少年に紙皿を貰えた。優しいです。
「あの、僕は……〈トマト〉って言います」
「トマトはナポリタンの命です」
「そ、そうですね……えっと……僕も一応配信探索者で……」
「風紀委員の人遅いですね」
「えっ? あ、そうですね」
遅すぎる。いくらなんでも遅すぎる。
「俺が三層に入ってから何時間経ちましたか」
●一時間
●一時間か、兄貴達の通報が本当なら遅すぎるな
●風紀委員って【転移術】使いが必ず居るから三十秒もあれば到着するはずなのにな
●なんか風向き怪しくなってきたな
「二層に戻ってみましょう。何かがあったのかもしれません」
「あっ、はい!」
二層に続く階段をのぼってみる。
「おー。見事に」
「なんですか……? ひっ、上が無い」
俺達の尻が見える。
「時々起こるんです。四年前もこう言うことがありました。教科書に載っていると思います」
●雫石ダンジョンの異世界転移事件の話か?
●こいつもしかして関係者か……?
●なんとなく風呂兄貴のバックグラウンド察せて来たのはいいんだけど、なんか察して欲しくなさそう
●こいつ菅原直樹の長男の「菅原旭」か?
「…………」
●雫石ダンジョンの異世界転移事件の話か?
●こいつもしかして関係者か……?
●なんとなく風呂兄貴のバックグラウンド察せて来たのはいいんだけど、なんか察して欲しくなさそう
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