第10話 上と下で確かめたい??

「いい、いいよ! みゆ! もっと早く、力を入れて正確に動かすの!」

「あっ、んっ……はぁっはぁっ……! ふぅっふぅぅ~うんっ、うん!」


 ……まぁ、どうせそんなことだろうと思っていた。


 激しい息づかい、床に滴り落ちる大量の汗、つばきもそうだしみゆもそう……スタイルの良さを維持するのに必要な動きなんだろうと理解は出来る。


 あれだけジャンクフードを食べまくるみゆは、一体どこでそれらを消費してどこで均整の取れた体つきにしているのかと思っていたけど、その疑問の答えは予想通りの場所だった。


 そしてそんなところに無関係の俺が強制的に連れ込まれ、ただ今絶賛他の利用者の女性から冷ややかな視線を浴びまくっている。


 女性たちの隠すまでも無いお尻や弾みまくるおっぱい……もとい、男の視線をいちいち気にしなくていい筋トレ用のレギンスやらタンクトップな姿を見るに、ここは女性だけの会員制フィットネスクラブなのだろうな、と。


 そんなアウェーな現場に放り込まれほぼ放置状態の俺は、つばきとみゆの動きしか見ることが許されない状態。


「健くん、一緒に動こう? わたしが上で動くから健くんは下で動いて?」

「え、いや……」


 非常に紛らわしい言い方をするみゆだけど、実際の意味は単純なもので……一階ではランニングマシン、地下ではダンベルとか重そうな器具を使って動く――という、とても簡単な言葉だったりする。


 みゆに言われたとおりに地下に移動すると、奴が汗をかきながら上下に動いている。


「……みゆに言われても動こうとしないなんて情けない奴」

「うるせーよ、つばき。誰よりも硬そうで割れてる腹筋をした奴に言われたくねーよ!」

「あーやだやだ。これだから口だけ野郎は連れて来たくなかったんだ」


 北原つばきは筋トレ大好き女……ということを知ったのは、それなりに話せるようになってからだ。今よりまだ険悪じゃなかった頃に、鋼のような腹筋に触らせてもらったことがある。


 その鍛えもあって、みゆとは別のスタイルの良さがあるわけなのだが……。


「俺は見学だけでいいって言ったのはお前だろーが! それに、他の女性会員の視線も男のお前は邪魔するなよって言ってきてるんだぞ? そしたら見るしか出来ないだろーが!」


 ここはハンバーガーショップからほど近いビルにある女性専用のフィットネスジム。スタッフもほぼ女性で、男の存在は完全にアウェーだ。


 そんなところに何故俺を連れて来たのか。


「……あんたに、みゆの頑張りを見せてやろうと思ったから連れて来た」

「何で?」

「ジャンクフード好きのみゆを見てあんた引いてたじゃん! その体のどこに? みたいにして。結構あの子、気にしてるんだからね?」

「俺は別にそんな……マジで?」


 そんなあからさまにしてたつもりは無いのにな。けど、そういや体育の時に藤木を見てたとかって言ってたし観察力とかすごいってことなんだろうな。


「……もうすぐみゆもここに降りてくるから、少しは一緒にフォローして動いてやれよな? 私、シャワー浴びてくるから」

「フォローって、何をするんだよ?」

「てめーで考えろばぁか!!」


 必ずバカという言葉を使って俺を馬鹿にしやがって。しかしつばきも鍛えてるだけあってスタイルは抜群だな。スタイルは。


 シャワールームは上の階にあるようで、つばきはさっさと上がって行った。つばきと交代するかのようにして、今度はみゆが地下に降りて来た。


「健くん、動いてる?」

「あ、いや~俺はみゆちゃんのようには動けないから」

「そうなの?」


 普段長い髪をポニテにしてるせいか、かなり色っぽく見える。可愛さと綺麗さを備えている彼女だけど、言葉遣いだけで判断すれば幼さを感じていた。


 それだけに妙に緊張してしまう。


「あ、そうそう、つばきはシャワーを浴びに――」

「うん、知ってる。シャワー浴びたらそのまま帰るって」

「えっ? じゃあみゆちゃんだけ居残り?」

「うん。他の利用者さんもつばきと同じ時間に帰っちゃうの」


 ここはスタッフがつきっきりではないようで、受付だけに常駐してるだけらしい。


「じゃあいつも一人だけでトレーニングを?」

「その方が集中出来るから気にしてなかったけど、今日は健くんがいるからいつもより頑張れるかも」


 むぅ、この言い方は。俺って案外好かれてるのか?


「そ、それはそうと、みゆちゃんは……」

「みゆ。子供っぽく言うの好きじゃない」


 実は俺の呼び方を気にしてたのか。


「みゆ……は、地下では何を?」

「スクワット。それと胸を鍛えたいから、そこのベンチに横になって動こうと思ってるの」


 割と本格的に鍛えてるんだな。つばきと違って腹は割れてないみたいだけど。


「スクワット……を先にするから、健くんも一緒に動いて?」

「スクワットは簡単だから好きだな」

「すっ、好き……うん、わたしも好き、大好き。やっぱり健くんってなんだ?」


 好きって言葉に反応したような?


 最初に比べればそこまで過剰でもない気がするけど、好きなのが共通ってことだろうから深く考えなくて良さそうだ。


「ま、まぁ、俺もそうかな」

「……じゃあスクワットもベンチプレスも健くんの体に預けながら試していい?」

「任せるよ」


 というか、俺で試すって言った?


 どういう意味か分からないけど、気のせいだな。


「――って、本当にこの姿勢で待つの?」


 何故に俺だけ空気椅子な姿勢を?


「健くんが下で見ていれば、わたしも限界まで頑張れるから。でも、もし限界がきたら受け止めてね」

「……そ、それって、みゆをその……下半身で受け止めることになりそうなんだけど……」

「うん。その時がきたら健くんに座らせて」


 決してエロくはないはずだよな?

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