第9話 誘いの罠

「……え? なんて?」

「わたしと付き合いだしたらたくさんもてあそんだりするの?」


 何でそんなことを言い出すんだ児玉は。


 そもそも何にも始まってないはずだよな?


 単なる俺の勘違いというかまともな告白もしてないのにまさか付き合ってからの心配をするなんて、さすがにそこまでは俺の脳裏に浮かばなかった。


 やはり頭の良さというか先を読む力は遠く及ばない感じがする。


 ……とはいえ、すでにネットカフェでやらかしてるから多分に気づいてのことなんだろうけど。


「そ、そんなことはしないよ~だってまだ――」


 ――まだ告白もしてないのに。なんて。


「まだ違うの?」


 まだ違うって意味は告白の意味で合ってるよな?


「うん、まだ……かな」

「じゃあそのうちする?」

「ど、どうだろう…………でも俺はきちんと間違えずに進めたいって思ってるから、そこは安心して欲しいかなぁ」


 順序よく告白して、それから仲良くなって――付き合ってって感じじゃないとただの鬼畜野郎だろ。


「そうなんだ……胸を揉むのは中森的に何番目だったの?」

「うぇっ!? え、いや、か、数えてない……。アクシデント! そう、あれはアクシデントだったから。だからあの時はごめん、本当に」


 びっくりした。まさかこんな場所でそういう発言をしてくるとは。いくら周りに人がいない席だからってこんなことを言わせるのは非常に良くないな。


「大丈夫。中森だから気にしてないよ」


 俺なんか眼中に無いからだろうな、きっと。


「そっかありがとう、児玉さん」

「…………みゆ」

「うん?」

「中森の気持ちはすごく理解してる。だからわたしのこと、みゆって呼んで。クロエと同じように呼んで。そうじゃないと、クロエはきっと中森を格下呼ばわりするはずだから」


 つまり気を許した相手なら下の名前で呼んでもいいって意味だよな?


 俺を明らかに見下している藤木と同等の呼び方をしていれば、同格ってことになるわけか。


「それなら、みゆちゃん……で」


 いくら何でもいきなり呼び捨ては出来ないな。下手するとつばきにボコられかねないし。


「うん。中森はそう呼んでね。でも、中森は本当にわたしなの……? わたしのどこが? 本当はつばきじゃないの?」


 何のことだろう?


 でもこれだけは断言出来る。


「つばきは絶対無いから! あり得ないよ。だってあんな暴――」

「――へぇ……? で、その続きは何?」

「ぼ、ぼぼぼ……つ、つばき!? え、いつからここに?」


 俺とみゆとの言葉を遮るばかりじゃなく、急に横から顔を覗かせてきたから一気に血の気が引いた。


「あ、つばき! 来てくれたんだ~」


 それなのに、みゆはあらかじめここにつばきが来ることが分かっていたかのように嬉しそうにしている。


「まぁね。今夜は早上がりだったから。みゆの様子を見ようと思って来てみたんだよね」


 まさかのつばき乱入とか、これは想定外だ。俺の驚きとは別にみゆだけ喜んでるけど。


 俺が言いかけた言葉の続きをよほど聞きたいのか、つばきは強引に俺の真横に座って痛くなるくらいの視線を俺に浴びせてくる。


 俺の真横にぐいぐいと座ってきてるし何なんだこいつは。強引なつばきを見て何故かみゆは寂しそうにしているが、多分気のせい。


「……で? 途切れたけど、私がなんだって?」


 正直に言わなくても殴られる。正直に言うともっと殴られる……。たとえ目の前にみゆがいてもこいつには一切常識が通じない。


「つばきは……その、そういえば暴れたことがない女子だな……と」

「ふ~ん?」


 怖い怖い、目が怖いぞ。腰の辺りから力を込めた握り拳のような気配を感じるのは気のせいかな?


「ねえ、つばき。中森のことをもっと確実に知るにはどうすればいい? さっきわたしの指を食べかけてすごく喜んでたんだけど、それだけだと答えが分からないなぁって思ったの」


 ちょっ!?


 指を食べかけたとか、そんな恐ろしいことをつばきに教えちゃ駄目だって!


 しかも冤罪にも程があるじゃないか。


「みゆの指を……? あぁ、うん。こいつはそういう性癖があるから慣れないとね」

「……あ、やっぱりそうなんだ。うん、早いうちに慣れておくね」

「それ以外に胸とか見てくるし、隙あらば揉みしだいてくる鬼畜野郎だからその辺は受け入れないと厳しいと思うよ」

「それならもう大丈夫」


 全然大丈夫じゃない。主に俺の精神状態が。


 全てアクシデント中の出来事なのに、何でつばきやみゆの間でそういう認識になってるんだ?


 やっぱりその日のことは即時共有ってことなのか?


「ま、それはそうと……一通り食べ終わったんでしょ?」

「うん」

「じゃあさ、こいつも連れていつものところに行く?」


 何やらつばき主導で勝手に話が進められているけど、どこに行くつもりだ。


「中森も一緒に連れていって試すの?」

「まぁね。あれはほら、たくさん汗をかくし……いっぱい濡れて私もみゆもいい気分になるからいいんじゃないかな」

「じゃあそうする。中森も行く?」

「違う違う、こいつメインだから行くのは確定。だろ? 健」


 何がだよ!


 一体何の話をしてるんだ?


 汗をかくだの濡れるだの……これは俺を紛らわしい言葉で誘う罠だろうな。普段はっきりと言うくせに何で誤魔化す必要があるのか意味不明だし。


「行くよな? 健」

「痛くないんだよな?」

「バカか? 何を想像してるのかバレバレだっての! みゆも一緒なんだから痛くなるわけ無いだろ! バカじゃないの?」

「くっ……何度もバカバカってひどいな」


 俺への扱いが酷い方に倍増してるじゃないかよ。


「中森の名前、健?」

「え、うん……」

「健くん。一緒に行こ?」


 可愛すぎか!?


 斜め下から覗き込むようにお願いされたら断れるはずが無い。


「……あんた、みゆにこんな呼ばれ方されるんだから、分かってるよな?」


 分かってるっての!


 すでに許可をもらってるし焦る必要はどこにもない。


「もちろん行くよ、みゆちゃん」

「うん。行こ」


 どこに連れて行くのかはこの際気にしないでおくとしても、呼び方が変わったのはポジティブに考えていいかもしれない。


「……ちっ」


 おい、つばき、舌打ちはやめろ。

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