第5話 完璧な欠点からの救出劇

「……健。何か言い残すことは?」


 くっ、くぅぅ……何て乱暴な奴なんだ。その辺の男子より強いんじゃないのか?


 ネカフェのことがあった翌日、何も考えずに教室に入った俺に突然の蹴りを喰らわしてきたのはつばきだった。


 蹴りの強さは凄まじく、教室の机を定位置からずらすくらい吹き飛んでいた。自分の席に座ろうとしていた男子が青ざめていたが、その気持ちが痛いほど分かる。


 一見派手に吹っ飛んで怪我をしたように見えるらしいが、つばきの蹴りに慣れてるおかげもあって大事には至らない。


 現に周りの女子からは、心配よりも哀れみの表情しか感じられないわけで。クラスの女子の大部分は入学時の面子とほぼ同じ。悪友の仲西も一年の頃からの付き合いだが、それ以外の男子から見たらやばいクラスって思ってるはず。


「いつも言うけど、不意打ちすぎるぞ! しかも朝っぱらからひどくないか?」

「ひどいのは健だろ。思い当たることしかないくせに!」


 何で朝から教室の床に手をつける羽目になるのか。


「中森、自分で立てっか? 手を貸すぞ」

「だ、大丈夫」

「お、おう……」


 仲西は俺とつばきの場面に慣れているからこそ手を差し伸べてくれるが、他の男子は一様にポカンとして言葉も失いかけている。


「健。今日は私に付き合え。付き合うよな……?」


 おそらく……いや、間違いなくあの子のことで確定だな。今までそれ以外につばきと深く関わることが無かったわけだし。


「昨日のの話のことだよね?」

「さぁ……」


 他の人に聞かれていい話じゃ無いから誤魔化すってわけね。だからといって俺とつばきが怪しい関係などとガヤる人は誰もいないけど。


 ――という間の放課後。


「今からあの子のことを見てもらう為にあんたを連れて行くから。黙ってついて来て」

「え? 学校の中じゃなくて外に?」

「とにかく口答え禁止」


 強引な奴だな。そもそも俺をあの子に会わせようとしてたのはつばきの方だろうに。


 友達想いの行動と思いきや、何か乱暴で強引な展開なんだよな。友達といっても俺の方じゃなくて、児玉みゆの方に重点を置いてるんだろうけどな。


 有無も言わさず連れて来られた場所は全国的に有名な塾だった。ビルの一階部分が教室になっているせいか外からでもよく見える。


 それにしても学校から遠すぎる……。夏手前の季節とはいえ、辺りはすっかりと薄暗くなっているじゃないか。


 こんな遠い所にまで連れて来るなんてどういう意味が?


「あっ! もしかしてここに児玉さんが?」

「……やかましい! 会わせる為に連れて来たんじゃないっての!」


 何という厳しさ……。しかしここにかよっているのは間違いないわけか。それもそうだよな。ずっと成績上位にいるわけだし。


「帰宅時間になったから見やすいんだけど、あんたの目から何が見える?」


 強引に連れて来て何を見せるかと思いきや、まさか塾の講義が終わるまで窓の近くでストーキングするとは予想外過ぎる。


「真面目に勉強してそうな連中がさっさと帰り支度を……うん? 男連中が誰かを取り囲んでいるけど、あの中で笑顔を見せてるのって――児玉さん?」

「正解。で? それを見てあんたは何を思う?」

「何をって……塾でも人気者だな、と。どこでも笑顔だからモテるのは当たり前だろうな……」

「大馬鹿野郎! よく見ろボケ!!」


 素直に見たままを言っただけなのに何で怒られなきゃいけないんだ。


 いや、よくよく見ると……?


「男たちが一方的に話しかけてるだけで児玉さんは笑顔を見せてるだけ……か?」

「バカなあんたでも理解出来たみたいね。あの子は成績上位だし凄い可愛くて綺麗な子だけど、致命的な欠点がある」

「――まさか、自分から話しかけられない……?」

「ご名答。そういうわけだから、健。あんたが何とかしてやりなよ。あの子、早く帰りたいのにいつも帰りが遅くなるって言ってた。男どものせいで!」


 そういや、確かに俺から話しかけて反応してたな。それ以外は笑顔を振りまいてるだけで自分からは話しかけてないような気も。


 女子相手でも同様だった気がする。


「え~と、俺にどうしろと?」

「あんたがみゆのこと興味無いのは分かるけど、みゆはあんたを気にしてる。それも学食にいたあの子に話しかけた時からだぞ。だから責任取れバカ!!」


 話しかけたくらいでそんなバカな。それにその理屈だとすでに色んな人が彼女に話しかけてるのに、何で俺だけ?


「帰宅時間だから塾に入っていけ!! バカ!」

「よ、要するにあそこから救い出すのが目的なんだな?」

「早く行け!!」


 それはそうと帰宅時間に連れて来て欲しかったな。友達の為にってのは分からないでもないけどさ。


 しかし見た感じ確かに困っているようなので、俺は問答無用で塾の中に突入した。 


「児玉さん! 迎えに来たから、か、帰ろうか」


 複数人の男たちの輪の中をぶち破り、児玉みゆに分かるように手を伸ばしてみた。


「うん、帰る」


 俺の姿と声に反応した彼女は俺の手を握って、男たちの囲みから脱出した。


「ええっ? こ、児玉さぁん? そいつ、誰なんですか?」

「ちょっ!? まだ話がしたかったのに~」

「誰だよあいつ!」


 ……などなど、追いかけては来なかったものの、不満たらたらな男たちにまんまと顔を覚えられてしまった。


 まぁ、この塾に通うわけじゃないから関係無いよな多分。


 外に出るとつばきの姿はどこにもなく、してやられた感が半端無かった。


「…………」

「……?」


 俺の手を握った状態で俺をじっと見てるだけで動く気配が無いんだけど、この後どうすればいいんだ?


 いや、そうか自分で話しかけられないのか。


「ええと、児玉さんの家まで送る……俺が送っていいんだよね?」

「うん。送って」

「う、うん。じゃあ道を教えてもらえると~」

「歩きながら教える。だから、このまま手を」


 頭脳明晰な彼女なのに実は自分から話すのが苦手でそれが欠点とか、そんなのを知ったら俺が何とかしなきゃ駄目って感じになるじゃないか。


 意外過ぎる一面だな。モテすぎる完璧女子なのに、まさかこんなことが。


「ええと、次はどっちへ行けば?」


 俺の言葉に彼女は繋いでいる手を、右や左に揺らして教えている。


「この交差点を右……?」

「うん。曲がるの」


 単に俺と手を繋ぎっぱなしでいたいとかじゃない……だろうな。そうだとしたら変に意識するようになってしまう。


 それにしても児玉みゆって、実は不思議ちゃんだったりするのか?


「あれ、ここって家じゃなくてファーストフード店じゃ?」


 手繋ぎ案内どおりに歩き進んだら、着いた先はバーガーショップだった。


 何でこんな所にたどり着いたんだ?


「中森、一緒に食べよ?」

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