第4話 濡れて、おあいこ

「わっ!? やわら……じゃなくて、ご、ごめん!!」


 何だ……これ。


 手の平に感じるこの重量感がウワサに聞く女子のおっぱいというやつなのでは?


 それにしたって柔らかすぎないか?


 さらに言えば児玉が着ている白ワイシャツの素材もやばい。俺が着てるのと同じ素材のはずなのに、手触り的にまるで上品なシルク素材じゃないか。


 デパートで触ったことくらいしか経験無いけど、その時のことを思い出すくらいの手触りだったぞ。


「中森、やっぱり納得いかなかった?」

「……へ? 何が?」

「だって、わたし全然濡れてない。だから濡れてない胸を触ってたのかなって」


 少しだけ顔を赤らめている気もするけど、俺に怒っている感じがしない。むしろ俺に謝ってる?


 何で彼女が俺に謝ってるんだろうか。とてつもなく大きいおっぱいを手の平に乗せた俺が悪いというのに。


 いや、ここは必死に言い訳を言わないと駄目だ。


「ちちちちちちち……違うからね!? アクシデントが起きただけだから! その、触ろうとして触ったわけじゃなくて、つまり……俺が悪いだけだから」


 わざとらしすぎたか?


「…………」


 しかし俺にというより、自分に納得してないのか彼女は無言で部屋を出て行ってしまった。


「あぁぁぁ……」


 やっぱりそうなるよな。まだ二度目ましてな状態でろくに知らない相手に不意打ちでおっぱいを触られたら、落ち着いてなんていられないよな。


 ……なんて思っていたのに、児玉はあっさりと部屋に戻って来た。しかも今度はカップタイプの飲み物を手にして。さすがに自分の分だけみたいだけど。


 おしぼりも補充のつもりなのか大量に持って来ている。それともまだ拭き足りないとかじゃないよな。


 俺としてはシャワーを浴びに行きたかったところだけど、今は児玉の機嫌を元に戻すのが優先だ。


「児玉さん、飲み物取ってきたんだね。俺に構わずに飲んでいいからね。さっきのペットボトル二本とも空っぽになったし……」

「……うん。ちゃんと使うから」


 使うとか、変わった言い方をする――。


「――ちょぉっ!! 児玉さんんんっ!?」


 彼女の言葉に違和感を覚えたのもつかの間、児玉はせっかく持ってきた飲み物を自分の胸の上からこぼして、上半身を濡らしてしまった。


「これで、中森とおあいこ。おしぼりで拭いていいから」


 何を……とは言いたくない。それよりも何よりも、多分ただの水で濡れた児玉の胸がとんでもなくでけぇぇぇぇ。


 透けてるからよく分かる、その脅威的なスタイルの良さが。


「あ、いや、おしぼりも持ってきてくれたみたいだから、それでその……胸の辺りを拭いてくれればいいよ」

「中森が?」

「児玉さん自身が」

「……うん、そうする」


 あっぶね~。調子に乗ってやらかしてしまうところだった。いくら何でも俺にも理性はあるからな。


 それに今ならシャワーへ行けそうだ。


「児玉さん。俺、シャワーのところに行ってくるよ」

「一緒に?」


 なぜにそんな思考にいくんだこの子は。何かつかめないというか、不思議な時間を過ごしてるような気がする。


「いや、俺だけで。児玉さんは一通り拭き終わったらゆっくりしてて」

「そうする」


 ようやくシャワー室へ行くことが出来た。


 それにしても児玉みゆだ。俺と違ってネットカフェの常連客であることは違いないのは明らかだとして、何であんな無防備なんだ?


 自分の魅力に気付いてないのか無関心すぎるぞ。おまけにまだ知り合って二日しか経ってない俺相手に全く警戒すらしていないし。


 不可抗力にも彼女のどでかいおっぱいを手の平に乗せてしまったじゃないか。それ自体俺にとって最高過ぎる出来事だけど。


 まだ友達というわけでもないのに、こんなことって――。腰の低い店員といい、つばきの命令といい……実は全て仕組まれた展開とかじゃないよな。


「も、戻ったよ」


 色々悩んでも俺には仕組まれている黒幕すら見つけることが出来なかった。今はとにかく、児玉さんと漫画を読み漁るしか手は無い。


「おかえり、中森」


 良かった、ちゃんと水滴を拭きとってるな。濡れていた床も乾いてる。


「そういえば、俺もその漫画だよ。主人公よりもヒロインの方が最強なのがいいんだよね~」

「す……すすすすすすすす…………好き? やっぱり中森は本当に……で合ってた?」


 ん? 何だ?


 好きって言葉にやたらと過剰な反応を見せてるけど、もしや禁句だったりするのか。日常会話で普通に使う言葉だし、特別な意味でもないんだけど。


 気にしないでも平気だよな?


「それはもう、好きだね。夢中になるっていうか」


 同じ漫画好きなら理解してくれるだろ。


「…………中森。今日はもうさよならで大丈夫。代金は心配ないから、早く帰って。さよなら」

「ふぇっ!? え? さ、さよならって……帰れって言葉だよね?」

「同じ言葉は使わないから。明日わたし、塾にいるからそこに……」


 何でこんな突き放すようにして怒られてるんだ?


 しかも塾がどうたら……訳が分からないけど、要するに俺が機嫌を損ねたってことで間違いないんだろうな。


 つばきが言ってたネカフェに通え作戦も今日で終了っぽい。何が問題なのか、その辺をあいつに聞くしかないか。


 俺が個室から出ていくまで児玉は結局目を合わせてくれなかった。俺に聞こえない声量で何か呟いていたっぽいが、今は急いで帰らないと。


 □□□


「…………つばき、どうしよう? また言われちゃったよ~」

「もしかして中森に泣かされたりした?」

「ううん、また好きって言われたの。どうしよ、わたしあの人にどうすればいいの?」

「あんたは何も心配しないでいいから。明日私があいつ、しめるから。だから次も頑張れ、みゆ」

「うん。そうする~」


 □□□

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