第3話 パンパンだった……

 俺の中で意外だと思っていたのは、児玉みゆが漫画が好きだということだった。いつも成績上位にいる人が漫画を読む余裕なんてあるわけ無いだろ……と。


 少なくとも勝手に思い込んでいた。しかしこうしてネットカフェ、それもお高い個室の常連という時点で俺よりも漫画好きということが分かる。


 おまけに全てが完璧な女子と前評判がありながら、結構普通っぽい。それに学食で話した時からもそうだったが全然飾り気がないのだ。どこにでもいる女子とも言うべきか。


 誰とでも話せるっていうのはそういう意味なのかもしれないけど。


「…………え~と、いつまでこの姿勢を?」


 すべすべさらさらな太ももを俺の枕にしてくれている彼女は、全く恥ずかしがるそぶりすら見せず、抵抗も見せない。


 個室には俺と彼女しかいないのに何だか罪悪感が半端ない。


「…………?」

「児玉さん。えっと、膝枕のままだと漫画読めないと思うんだけど……」

「どうするの?」

「膝枕は解除で。せっかくマットレスなんだし、寝そべりながら読むってのは?」


 黒のマットレスは一面フラットで、クッションのように弾む気持ち良さがある。それにVIPなだけあって大の字になっても全然余裕があるくらい広い。


 膝枕だと何だか申し訳ない気持ちの方が強くなるし、どうせなら寝そべった方が俺が気を遣わずに済む。


「一緒に寝るの?」

「いやっ、え~と、横になるだけ! そんな変な意味じゃなくて」

「変な意味?」

「な、何でも無い意味だから気にしなくていいから」


 おかしく考えているのは俺だけだな。反応を見る限り、多分おかしな思考になることがない純粋な子に違いなさそう。


「あっ、何か飲み物を持ってくるよ。児玉さん、何飲む?」


 とりあえず一度個室から出れば頭も冷えるだろ。むしろそうしないと俺だけおかしな妄想に取り憑かれてしまいかねない。


「ううん、わたしが持ってくる。中森は炭酸が好き。合ってる?」

「そ、そうだけど……それもつばきから?」

「うん」


 あいつ、俺のことを何もかも教えまくってるんじゃないよな?


「じゃあ、炭酸をよろしく……です。俺はここで大人しく待ってるから」


 彼女に対しては素直に受け答えしとくのが無難だ。たとえ気を遣わせて申し訳ないと思っていたとしても。


「うん。行って来る」


 どう考えても俺の方がもてなされている気がする。VIP個室もだし、未遂だけど膝枕もそうだ。


 でも、一言も好きだとか恋愛的なことなんて言って無いし伝えてないんだよな。それとも単なる漫画読み友達としての態度?


 それならそれでいいんだけど……。


 ……ん?


 何かドアの向こう側からごつんとした単発の音がする。まさかの頭突きで知らせてる?


 ああ、そうか。両手がふさがってるから俺がドアを開けてやらないとだ。


「ごめんごめん、今開けるから」


 声を出して知らせてくれれば良かったのに、完全個室なせいかまさかの頭突きで来たことを教えるなんて、不器用な子だな。


 個室のドアは鍵付きの引き戸タイプ。頭の力を使って開けようと思えば開けられるけど……。


 マットレスと靴置き場との段差はほとんど無いものの、靴を脱ぐ動作が発生する……ということで引き戸を開けてあげることにした。


「だっ――駄目っ!!」

「へっ?」


 考えれば分かることだったはずなのに、時すでに遅し。勢いそのままに部屋の中へと誘導された彼女は、ドアに押し付けていた頭の支えがなくなった反動でよろめいてしまった。


 そのまま前のめりになりながら俺にタックルしてきたばかりでなく、両手にあったペットボトルジュースをものの見事にぶちまけてきた。 


 何でよりにもよってカップじゃなくてペットボトルの方にしたのやら。しかもキャップもしまっていたはずなのに。


 シュワシュワで甘ったるいのが全身にかかり、俺は仰向け状態で倒れ込んでしまった。


「児玉さん、ここってシャワーあるよね?」

「脱ぐ?」

「いやいや、ここじゃなくて」


 そうじゃなくて俺も何言ってるんだよ。それはともかく、VIP個室があるわけだしシャワールームは絶対にあるはず。


「急いで拭くから、中森。後ろのおしぼりをわたしに」


 シャワールームに行けば解決するのにおしぼり優先なのか。まあ濡れたのは俺だけだしな。


「あ、うん……じゃあ、はい」


 しかし出入り口付近で立ち尽くす児玉をどうにかするには、彼女がやることを認めなければならない。なので、後ろのデスクに置いてあるおしぼりを二、三袋破って彼女に手渡した。


「責任取る……から任せて。中森はそのまま静かに」

「あっ――」


 おしぼりを手渡した後、俺は後ろ手座りをして児玉の動きを見守ることにした。


 何の迷いもなく児玉は何故か俺の股間付近に手を伸ばし、おしぼりで何度も染み込んだ液体を拭き始めた。全身濡れたとはいえ、主に下半身に集中したからだ。


 もちろんそれに興奮などしてはならない。


「…………すごい、パンパンだった……よね」

「そっ――!!! それはどういう意味で……!?」


 少なくとも俺の股間は膨らんではいない……と信じたい。けど、そうだとするとどういう意味のパンパンなんだ?


「空っぽになっちゃった……」


 児玉は中身が無くなったペットボトルを見つめている。


「……んん? あっ……そ、それのことか~! だよねぇ」

「うん?」

「な、何でも無いよ、うん」


 ここに持って来るまでにどこかでペットボトルを落としたんだろうな、きっと。ついでに言うとキャップも緩んでいた……に違いない。


 そうじゃなきゃいくら膨張しても中身がぶちまける事態にはならないはず。それにしても……健気すぎる。


 何度もゴシゴシと同じ箇所を拭かれると非常によろしくない。


「も、もういいよ。もう拭き取れただろうから、そのおしぼりをもらえるかな?」


 デスクの所にゴミ箱があるし俺が捨てればいいだけだ。とりあえずこの体勢をどうにかするのは先だけど。


「その前に、起き上がるから横に避けてもらえると~」


 そう言いながら彼女の反応を待たずにその場で起き上がろうとしたが――。


「おしぼりを中森に――ひぁっ!?」

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