1 宣戦布告

二日後、――国世界議会にて。



「教区主様…大丈夫ですか?!」


「機動部隊を総動員しろ!!!」



銃声と甲高い悲鳴の中、椅子から転げ落ちる。

機動隊が議会の入り口に立つ暴徒を撃つ。

銃の落ちた金属音と温くこびりつくような肉音が鈍く響く。



「…教区主様、大丈夫ですか?」



秘書が教区主を介抱する。

右鎖骨あたりを弾丸が貫き、赤い絨毯に血が滴る。

致命傷ではないが出血が多い、早めに治療するに越したことはない。



「…あぁ、急所は…外した……ヨル、ヨルを呼んでくれ…」



護衛に支えられ血を垂らしながら秘書に耳打ちする。

”教区主”が手から煙を生成する。ヨルのタバコの煙と誤差はない。


ヨルの形話機に通信が届く。



「作戦開始か」



曇った夜空を眺めながら、タバコを吹かす。

重い足が鬱陶ウットウしい。

大量虐殺、地獄の再現。そんなものもう、誰も見たくない。

ただ、目を見開いてその景色と向き合わないといけないんだ。


一滴の涙が地に落ちる。それを隠すかのようにタバコの煙に消え去った。



「殲滅隊、隊長ヨル・トリガード。参りました」



介抱されている教区主にヒザマく。

ぐったりとしているが、教区主の持つ本能が拒絶する恐怖感と威厳は失っていない。



「…ヨル…分かっているな?」



「勿論です。始めましょう」



秘書から血の染みた黒い弾頭を受け取る。

教区主の首元に撃ち込まれた9mm弾。しかし弾頭が黒く、恐らく鉛ではない。

それに気づいたのか、ただ不敵な笑みを浮かべる。

…その笑みは何故か悲しんでいるに見えた。



「全員その場に止まれ。装備している銃器を机に乗せろ。命令に従わない場合は国の中枢だろうが構わず射殺する。いいな?」



リボルバーを上に向け、ハンマーを引く。

教区主の雰囲気によく似た威圧感を放ち議会を掌握する。



「ちょっと待て、撃ったのは暴徒じゃないのか?」



皆が机に銃を置く中、――国の―――がヨルに尋ねる。

彼は後ろめたさ、焦りは感じられない、純粋な疑問だ。



「いや、今は魔術の時代。弾道ぐらいいくらでも修正できる。

…身体検査時、全員の弾丸を色の付いた弾頭とすり替えた

暴徒が撃った場合、撃たれた者に残るのは鉛玉のはず。

銃撃の起こった際、誰が撃ったかの識別が目的だ……

まぁ、色の付いた弾丸が見つかることはかなりの異例になる」



特殊弾をポケットから出し左手で掲げる。

弾頭の色は派手で血に塗れてもすぐに分かるくらいには明るく発色している。

カルアの弾頭は赤色だ。



「そして、教区主様の体にあったものは黒い弾頭。

なぁ?レイページ、お前のマガジンの中の弾頭の色は何色か、自分の目で確かめてみると良い」



上を向いたリボルバーがレイページ代表ベルザーグに向く。

ベルザーグの机の前に黒い弾頭を放り投げる。

冷たく悍ましい目線には背筋が凍てつく感覚が走る。

マガジンの中の弾丸の弾頭は黒色だ。言い逃れはできない。



「ま、待て、まだ確定していないだろう?」



弱肉強食とあるが、今がそれだろう。多分ヨルには敵わない。

…ただ、これは自分の判断ではない。”アイツ”に幾らでも責任は擦り付けられる。

許される気はしない、だが、鉛玉に心臓か頭を貫かれる心配はない。



「あぁそうだ。それならなぜ焦っている?ベルザーグ」



獲物を見つけた獣の目をしている。

許される…いや、無理だ。奴は確実に私を殺す。目が合わせられないほどに恐怖が増大する。

黒い装備品も相まってヨルが死神のように見える。



「トリガード、銃を降ろせ!!」



三人の護衛に囲われ、三つの銃口がヨルの頭に向く。

動じない、動じる気配すらない。引き金の指は退かない。

自分が殺されてでも、ヨルはベルザーグを殺す。

そんな確信が護衛達の脳に走る。そして、今になって気づいた。

自分がどれだけの重罪を犯したか。この後に待ち受けているのは戦争だ。



「お前らの主は国の主を撃った。その小さい頭で罪の重さを考えろ。

 簡単だろう?…極刑だ」



戦争、地獄の再現だ。

奴らが狙っているのは死人に口なしという状況だ。

ベルザーグが死んだら撃った事実だけは変わらず、反論も何もできない。

これを理由に宣戦布告と見なされ、国際からも戦争と認められてしまう。

前とは違う。多分、全部この日に撃たれると分かっていたんだ。

この宣戦布告は仕組まれていた事だったか。



「!!やめ……――



引き金を引く。およそ銃声とは思えない轟音が耳をツンザく。

轟音が過ぎ去った後、脳漿の飛び散った頭のない亡骸が倒れる。



「トリガード!!!」



拳銃の引き金に指を掛ける。激情に任せヨルを撃ちかねない。

だが撃てない。勝てる、これで確実に殺せる。そう確信があってもだ。

ヨルからは自信か?あるいはそれによく似た殺意があった。

雰囲気に押され、護衛達は膝から崩れた。



「国際法では例外の二国を除き、国の最高権力者の殺傷行為はいかなる理由であろうと極刑である。そう書いてあるだろう?」



国際法第三条に書かれているものだ。

教区主様ともなれば三条は適用される。なんせ国の王であり最高権力者だ。

この法が適用されるならヨルも殺されるかもしれない?

いや、ベルザーグはただの軍事代表の議員、王でも最高権力者でもない。



「ヨル、下がれ。あとは私の”仕事”だ」



ふらつく足を秘書に支えられながら発言席へ向かう。

議会は依然として、騒然として喧噪に包まれているが、議長だけは物怖じせず、議長席から立とうとしない。冷ややかな目で議会の混乱を見つめるのみだ。



「私は、先の行為を宣戦布告と見なし、

        独立国家レイページと戦争を開始する」



レイページ、120年前の借りを返させてもらう。

私はお前らが憎くて憎くて仕方ない。



さぁ、戦争地獄だ。地獄戦争の始まりだ。


魔術、奇術で殺し合おう。散々、血を散らそう。

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