第7話
使用人に案内されるがままに、ミリューユと執事は応接間に向かう。応接間ということはお客様が来ているのだろう。このドレスで出ると誤解を招くかもしれない。現に後ろからついてくる執事はミリューユのことを凝視していた。
(似合ってないですわよね)
応接間に入ると、男性と女性が1人ずつ座っていた。服装から、高貴な人だとひと目でわかる。後ろを見ると執事がありえないという顔をして、足を止めていた。そんなに高貴な方なのかしらと思ったが、彼が足を止めていた理由はそうではなかった。
「貴方がミリューユ嬢ですか。」
ソファに腰掛ける男性がミリューユに声をかけた。
30歳後半くらいだろうか。綺麗な黒い髪に輝くような赤い瞳。そして彼が身に纏う服には、スウェルド帝国の紋章が入っていた。間違いなく、この人がこの国の皇帝だ。つまり、ミリューユにとって義父となる人。
「お前は扉の前に立って何をしている。しかもその服装。お前もふざけるようになったのだな!」
皇帝は笑いながら執事に声をかける。執事はというと、絶望したかのような佇まいである。
「あの、これは違うんです、その.....」
彼は必死に弁明しようとしている。なにかしてはいけないことをしたのだろうか?ミリューユが、不思議そうに執事と皇帝を交互に見ていると、皇帝の横にいる女性が口を開いた。
「ミリューユちゃんがこんな顔をしているってことは、貴方この子に何も言わずにそんなことをしているの?」
女性は不満げに、口をとがらせて言う。この女性は皇后なのだろう。美しい金色の髪を結い上げ、白く輝くドレスを着ている。見た目も声も美しく、まさに皇后という名が相応しい女性だ。
ところで、だ。あの執事は何者なのだろうか。皇帝、皇后が気軽に話しかける人なんてそうそういない。つまり皇族ということだろうか。
「あの、ミリューユと2人にさせていただけないでしょうか.....」
執事は消え入りそうな声で言った。
◇◇◇
ミリューユと執事(?)は隣の応接間へと案内された。人払いもされているようで、この部屋には完全に2人だ。暫く無言が続いた後、彼が口を開いた。
「騙してしまうような形になってすまない。」
彼は頭を下げて続ける。
「俺は執事ではなくて、あの、その...アルハイルです...」
「...........え?」
アルハイルという名の人は1人しか知らない。婚約者であり第二皇子の、彼の事だ。
どうして気が付かなかったのだろう。
ミリューユが最初に思ったことはこれだった。
ずっとどこかで見たことのある容姿だと思っていた。ずっと気が付かないなんて、失礼だっただろうか...?
「気が付かなくてすみません」
「いや、そうじゃないんだ!あの、俺の話を聞いてくれるだろうか。」
何故か執事のふりをしていたアルハイルは説明し始めた。
「俺は前の婚約に失敗しているんだ。そのときの婚約者は帝国の中でも有数の権力を持つ公爵令嬢だった。とても品のある女性で、誰から見ても素晴らしい令嬢だった。俺は6年前、当時10歳だった俺は、11歳の彼女と婚約した。そこまでは良かったんだ。俺が12歳になってから、少しずつ公務を手伝うようになり、部屋を空けることが増えた。その時に、彼女の本性が現れた。」
彼は少し辛そうに話し続ける。
「俺の前ではひたすら猫を被っていたんだろう。俺がいない場所では使用人に暴言を吐き、金を無断で大量に私用した。その上、俺の妹に対して虐めをしたんだ。それが俺たちの耳に入り、婚約は破棄された。だが、俺はその1件があってから婚約ということが怖くなったんだ。大人しい君も、猫を被っていたら嫌だなと思って、執事として観察していた。問題を起こした瞬間父に叩き出してやろうと思っていたよ。特に、敵国の第一王女様だ。裏がないわけが無いしね。」
アルハイルはにやりと微笑んでミリューユを見つめる。
「君が何もしないでくれて助かったよ。これからよろしく頼む」
アルハイルはミリューユに手を差し出す。ミリューユはその手を掴もうとしたが、寸前で止まってしまった。
(彼は裏切られることに恐れているのでしょうか。彼は私の能力について知らない。この能力を告白したら、彼はまた裏切りとして心を痛めてしまうでしょうか。)
心を痛めるということがどれほど辛いか身をもって知っているミリューユはその手を獲ることを躊躇ってしまった。ミリューユ?そうアルハイルに言われ、ミリューユははっとした。
「あ、ごめんなさい、アルハイル様...」
「いや、君が謝ることじゃないよ。急に見知らずの男の手を取るなんて無理だろう。時間をかけて信頼関係を築けばいい。」
そう言ってにかっと笑った。幼さの残る彼の笑顔は素敵だなと、ミリューユは無意識にも思った。
◇◇◇
「ゆっくり話せたか?アルハイルよ」
皇帝はアルハイルの頭はわしゃわしゃ撫でながら言う。父として、前の婚約が失敗してしまったことに負い目を感じているようで、今回こそは上手くいって欲しいと願っているようだ。だがこの皇帝、大丈夫なのだろうか。ミリューユは思った。前回の令嬢は裏のある人だった。今回のミリューユも、親に敵国を荒らすよう命じられているのだ。ミリューユが何もしなければ問題はないが、それでも帝国としてはリスクのある婚約なんてしないに越したことはない。なのに今回、ミリューユへ縁談を持ってきた。何を考えているんだろう。
「何を考えているんだろう。とか思ってるんじゃないか?ミリューユ嬢」
この方、心が読めるのかしら.....。そう思い見つめていると、今回の婚約について簡単に説明してくれた。
「トワン王国は我が帝国とは敵対関係。私がその相手を放置しておくわけがない。私はね、10年前からそちらに諜報員を潜ませていた。だから君の国の事は君の父君より知っている。もちろん君がどのように生きていたのかを。そこで、だ。もしこちらの国が君を娶れば、君の保護が出来た上に、トワン王国から人質を連れてこれる、一石二鳥ってわけだ。人質と言っても何もしないけどね。アルハイルの傍にいてくれれば他に何も要求はしない。」
頭のいい人なのかな。ミリューユは素直に感心した。だが、ミリューユの保護をする理由が分からなかった。すると横にいた皇后が口を開いた。
「ミリューユちゃんは本当にお母様に似ているのね!私、ミリューユちゃんのお母様とは親友だったの。だからあなたの生活を知って、保護したいって言ったのは私なの。許してね。」
皇后は悪戯っぽく笑う。心の優しい人だった。
「とにかく、君は今日からスウェルド帝国、第二皇子の婚約者だ。私のことは義父上と呼んでくれ。」
「私のことは義母上と呼んで欲しいわ!」
こうして、思わぬ形で、敵国に歓迎されたのだった。
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