57 手 再来


 現在いる部屋は精密検査のための部屋。


 部屋自体はそこそこの広さがあるが、色々と大型の機械があるせいで少々圧迫感がある。


 そんな部屋のほぼ中央。


 篠田しのだの服を突き破り現れたのは大量の手。



 そう、大量の手だ。



 なんというか、非常に見覚えがある。



 二か月以上前の話、それこそ白黒魔石を初めて見た時。


『ミミックファクトリ―』のボスだったものも同じように手を大量に持った姿をしていた。


 思えばあの時から敵は動き始めていたのだろう。

 何の因果か、最初に出会ったモンスターと、最初に出会った敵の情報を持つ存在スパイが似た姿をとっているとは面白い。



 あの時の手とはなにか違うかもしれないが、それでも今目の前に迫る手にはそこまでの脅威を感じない。



 これなら、丸腰のアリアでも自分の身を守れるだろうと判断して自己対処を任せた。


 現在の彼女は装備の類は一切していない、鞭すら持っていない完全な丸腰状態だ。


 だが、それでもその身に宿る力自体はまぎれもなく存在する。



 当然装備がある状態と比べたら、当然攻撃力も防御力も落ちているが、それでも特級の候補に名を連ねるほどの人間なら大丈夫だろう。多分。


 少なくとも急に現れた大量の手に対応する程度の事はできるはずだ。



 とりあえず、アリアのことは頭の片隅に置いておいて、今は突如として発生した手の動きに注意する。


 部屋の中央にいるであろう篠田から発生して、その発生源すら覆い隠すほどの量の手だが、今はまだ動いていない。



 わざわざ敵が動くのを待つ道理はない。今すぐにでもこの場から非戦闘員たちを退避させるべきだ。



 ただ、今相手が動かないのが罠だとすれば危険かもしれない。


 そんな思考がよぎりかけるが、一瞬で握りつぶす。


 判断を迷う事こそが最悪手なのは身を以て知っている。

 仮に罠だったなら、その罠ごと食い破ればいい。


 判断は、迅速に。


 いつもの探索で培った経験を基にプランを決めきる。



 現状俺のそばにいるのは一条いちじょう永田ながたとアリアの三人。


 アリアは既に『鬼化』して、構えをとっている。

 今すぐあの手が襲いかかってきてもどうにかするだろうし放置でいい。



 一条と永田には、二人の周りに敵の攻撃をはじく風を纏わせる『風神結界』を発動させる。


 とはいえ、これで問題がないわけでは無い。

 実はこのスキル……大層な名前の割にそこまで強力ではない。


 そもそも結界のように守ることを考えたなら、空間系の結界を使うのが最適だが、あいにくと俺にはそれができない。

 自分用ならそういったスキルがあるが、他人の動きに自動で合わせて守れるものとなると、この『風神結界』が俺の持つ中で一番強くて使い勝手がいい。



 さらに問題なのは大吾郎だいごろうさんと、ガランのいる場所だ。


 この二人は元々この部屋にいたせいもあって、中央にいる篠田を挟んで俺たちとは反対側にいる。


 まだ篠田は動いていないが、人質にでも取られたら最悪だ。


 二人を助けることは確定だが、そこで迷うのは一条と永田についてだ。



『風神結界』を信じて、この二人をいったん放置して大吾郎さんとガランの安全を確保しに行くか、それとも多少強引にこの大量の手を突き破って一緒に向こうへ移動するか。


 どちらにしても二人に負担がかかる。

 それは仕方ないので、二人には甘んじて受け入れてもらうしかないのだが、どちらの方がより負担は少ないか。



 考えている時間はない。

 思考をそこで打ち切る。


 念のため安全策をとるべきと判断する。

 二人からすれば怖いだろうが、俺が大量の手を切り開くので後ろをついてくるように指示を出す――寸前、隣にいたアリアから声がかかる。



白斗はくとさんッ!ぜんっぜん状況が分からないんですけど!何か大変なんですよね!?こっちのお二人は私が守りますから、向こうに行ってあげてください!!」


 そう言って、アリアは二人の前に立つ。



 まったくもって情けない。


 状況を理解できてないはずなのにも関わらず、俺よりも素早く判断して、カバーのために動いてくれるアリアを見て思わず自分を責めたくなる。



「すまん!頼んだ!」


「先に逃げときますから!向こうのお二人は任せます!!」



 アリアはそれだけ言うとまだ固まってしまっている一条と永田のを守れる位置に立ちながら出口に向かう。



 するとそれまで一切の動きを見せなかった篠田から発生した大量の手が、こちらに向かって高速で伸びてくる。



「だぁれ、れも、逃がす気なんてないんですよぉ」



 手に隠れて分からないが篠田が発したと思われる声が部屋中に響き渡る。


 少しいびつで掠れたような声だった。



 その気持ち悪い声に耳を塞ぎたくなるが、気合で無視して身体を動かし、アリアに向かって伸びる手をすべて斬りはらう。


 さらに念のため、地面に落ちた手も細かく分断して、蹴り飛ばして部屋の隅に追いやる。


 落ちた手からさらに攻撃を繰り出すのは既に『ミミックファクトリー』で体験済みだ。


「助かりました!」


「気にすんな。そっちは任せたぞ」


 アリアは礼を言いながらそのまま出口の扉を開けて出ていく。


 多分、助けなくてもアリアならなんとかできたとは思うが、その攻撃力や性質を確かめるためにも俺が対処した。



 斬った感触を一瞬で振り返る。

 スピードはそこそこ、硬くはない、つまり攻撃力もそこそこくらいと推察できる。

 さらに地面に落ちた手は一瞬震えた。

 おそらくあのボスがやったように斬り落とした手からさらに攻撃も可能だと判断する。



 色々と確かめ終わった俺は体勢を整えてから、そのまま篠田がいるであろう方向に剣を向ける。



「お前の相手は俺がしてやるから、他の連中をどうにかしたいんなら俺を倒してからにしろ。

 ま、倒される気なんてさらさらないが、なッ!」



 そう宣言しながら部屋の中央に向けて疾走する。



 それに気づいた篠田は大量の手をこちらに向けてくる。



 だが、好都合だ。



 そのまま、正面から突っ込むように見せかけて急停止。

 直角に進路を変えて部屋の壁に向かって跳ぶ。


 俺を追うように大きく進路を曲げてくる存在を感知しながら壁に着地。


 そして着地すると同時に、勢いを殺さないようにを踏みしめて、走り出す。



 俺の戦闘服バトルスーツの足裏には接地力グリップ強化の拡張パーツが取り付けられている。

 その機能の出力を高めれば、壁に垂直に立ち続けるのは難しくても、一瞬だけ足場として使うことくらいはできる。

 


 追ってくる手は全て後ろからだ。

 これなら問題ないと判断してそのままスピードを上げる。




 篠田は行動の選択を明確に間違えている。


 最初、篠田は部屋の中央にいてそこから部屋を分断するように大量の手を出現させていた。

 多少広めだが、機械類が多く置かれていたこの部屋では、通れる道が少なくて移動ルートが限られていた。


 その時点では、確かに厄介だった。



 だが、それは一条や永田を連れていく場合の話。



 俺一人が部屋の反対側に行く程度なら、機械が多く置かれている程度の障害は障害にならない。



 さらに言うなら、こちらに向けられた大量の手。

 一方向からしか向かってこないなら、誘導するなり迎撃するなり、こちら側の選択肢が多くある。


 むしろその手を左右に広く展開して待たれた方がよっぽど厄介だった。



「篠田、さてはお前、センスがねぇな!」



 後ろから迫る手に向かってそう言い放つと、途端に追ってくる手の制御が崩れる。


 こちらに向かってスピードを上げる手もあれば、横へ逸れようとする手もある。

 結果、手同士で絡み合って全体的にスピードダウンしている。



 簡単な煽りだったが、もしや効いたのだろうか?

 

 とりあえず言ってみただけだったがラッキーだ。

 その幸運を活かすためにも、すかさず背中から煙幕を炊く。


 領外地帯アドバンスド・エリアのような、場合によっては屋外のような地形でもその効果を活かせるように大量に充填されていた煙が、一気に部屋の中を埋め尽くす。


 使いどころによってはこちらの視界を奪ってしまうだけの道具だが、明らかに平静を失った今の篠田相手ならその効果を存分に発揮するだろう。



 そのまま、煙溢れる中を走り抜け部屋の奥に到着する。



 そこには、大吾郎さんが何かしらの道具で発動させたのか、淡く光る半透明の壁のようなもので仕切りを作って身を守っていた。


 その、壁の前まで行くと大吾郎さんはほっとしたような表情を見せながら壁を消す。



「お待たせしました」


「いや、こっちは大丈夫だ。一条と永田と嬢ちゃんは?」


「二人ともアリアが連れて既に脱出しています」


「そうか、よかった。

 それにしてもすまんかったな……俺のせいでこんな事態になっちまった……」


「いえ、止めなかったのは俺の責任です。謝らないでください」



 どうやら大吾郎さんは篠田に時間を与えたのは自分のせいだと思っているらしい。


 が、それを許可したのは俺だ。

 つまるところ現在の状況も俺のせいだ。



「ひひ、それで、どうする?煙がすごいことになってるが……出口まで行けるか……?」



 そのガランの言葉で気を持ち直す。


 反省は全て後だ。



 今はこの二人を安全な位置まで運ぶ。

 その後は篠田をどうにかして、そこから反省の時間だ。



 とりあえず、脱出の方法を考える。

 ガランの言うようにこのまま二人を護衛しながら出口まで向かってもいい。


 が、この部屋の出口は一つだけ。

 反対側の扉以外の出口はない。



 出来ると思うが、リスクもある。



 今いる位置と、篠田の位置、二人の状態、それらを見て最もいい手段は何か?


 と、そこであることに気づく。



「大吾郎さん……この壁の向こう側は何ですか?」


 少し気を落としている大吾郎さんに遠慮なく尋ねる。


「?…………確か構造的には第二廊下だった……はずだ」


「多少の損壊は?」


「……ハハッ、そういう事か!なら問題ない、存分にやってくれ」



 わざわざもう一度篠田を突っ切る必要はない。

 壊していいならぶち抜いてしまえばそこが出口だ。



「ひひ……まじかよ……」


 どうやら、ガランはドン引きのようである。


 安全のためだ。仕方ない仕方ない。



 そう言い訳を考えながら、剣を構える。






――――――――――――――――――――――――――――――

スキルの名称:最初に見つけたやつが付けることが多い。自分でつけるのを嫌がって協会に付けてもらう人もいたりする。『風神結界』は当時の中学二年生男子が最初に見つけちゃったスキル。

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