58 変容
「じゃ、手荒にぶち抜きますんで、ちょっとだけ下がってください」
壁に向けて剣を構えながら、他の二人を下がらせる。
もちろん、今すぐに
ただ、先ほどから部屋の中央にいる篠田は動くような気配を見せていない。
何のつもりか知らないが、かかってこないなら好都合だ。
二人が少し壁際から離れたのを確認してから、腰のポーチを探り小さな魔石を取り出す。
それをそのまま剣の柄尻に押し当てると、一瞬で吸い込まれるように魔石が消える。
魔石とはエネルギーの塊だ。
本来は魔力というエネルギーが内包されている。
それが消えるという事は、当然、内包されていた魔力も消えることになる。
普通はしっかりとした加工技術や設備によってエネルギーを抜き取るか、才能ある人間が吸収でもしないと消えない。
だからこそ、この剣は異常なのだ。
「『白舞閃・蒼』」
そう小さくつぶやけば、剣身に沿うようにに蒼色の魔力が発生する。
そのまま全体を覆うと次第に魔力が鋭く形成されていく。
先ほど消えた魔石から吸収された魔力はどこへ行ったのか?
その答えを示すかのように、形を変えて新たに出力する。
魔石から吸収された魔力を増幅して別の形で出力する。
それがこの『
「ひひ、どうなってんだぁ……」
後ろを振り返れば、いつの間にか間近の距離まで近づいてきているガランがいる。
形が定まり、魔力による刃が出来上がったことによって、元々あった剣の全長の二倍ほどの大きさになった『白銀剣』をしげしげと見つめている。
だが、今はそんなことをしている場合じゃない。
「後で見せますから、ちょっと離れてて……」
「ひひひ……すまん……つい……」
注意すれば簡単に退くとはいえ、こんな状況なのに観察しようとする当たり、この人も根っからの技術者なんだろう。
だが、今はおとなしくしといて欲しい……
後ろの二人が変な行動をとらないか注意しつつ、壁に向けて剣を振る。
そうすれば、バターを切り裂くような感触と共に壁に線が入る。
そのまま、三度続けて振れば、立派な出口が完成する。
「とりあえず、ここを通って逃げてください。あと、アリアがいればより安全なので、出来るだけ早く合流してください」
「分かった。こっちはそれで問題ない。
それで……その、篠田のことは、頼んだ……」
無理やり作った出口を通ってつながっていた廊下に出た大吾郎さんは、振り返りながら気まずそうな顔を向けてくる。
そもそもそれは最初から俺の仕事だ。
頼まれるまでもなく、俺がやらなければいけないことなのだ。
だから、大吾郎さんが気にする必要はない。
が、それを今伝えてもそこまで意味はないだろう。
ならば、その頼みを引き受ける形になってでも心労を取り除いた方が結果的に安全に逃げられるだろうし、その方が効率的だろう。
「ええ、頼まれました」
どこか気まずそうに、それでいて真剣にまっすぐこちら見ていた大吾郎さんは、その言葉を受けて決心がついたのか、振り返って廊下を走りだす。
それでいい。
これでとりあえず、さっきの俺のミスの分はカバーできただろう。
後は、本来のお仕事である
ある意味では、ここからが本来の仕事だ。
気を切り替えよう。
もう気にしなければいけない事柄もなくなった。
大吾郎さんは多少の損壊は気にしないでいいと言っていた。
どの程度が多少かというのは人それぞれかもしれないが、名ばかりではあるが、一応は特級探索者が言う『多少の損壊』を許容するという事は、大抵のことは仕方ないという認識なのだろう。
遠慮はしなくていい。
スパイをとらえるという仕事に変わりはなくとも、もうすでに相手は人であることをやめたのだ。
その違いをしっかりと認識しておく。
今から相手にするのは迷宮に存在するモンスターと思って行動する。
その覚悟を持って、未だ動かず部屋の中央にいるであろう篠田に向き直る。
「広く戦おうか、篠田!」
「っそ、れは……」
篠田に向けて声を掛ければ何かしらを言おうとしたのか声が返ってくるが、先ほどよりもしゃべりづらそうだ。
相手の状態を確認しつつ、再び魔石を取り出し剣に吸収させる。
壁を切り裂いて出口を作ることが目的ではない。
今回はこの部屋にいる篠田を移動させることを目的とする。
今現在の部屋は戦うには少々手狭な空間だ。
特に文字通り手数が多い相手なら余計に狭い空間は不利になる。
戦いの場は広い空間がある方が自由に動き回れる。
当然、戦う場所に広さを求めると相手の選択肢も増える。
場合によっては逃走される可能性もあるだろう。
だが、それでもこの場で不利を背負って戦うより、外に出て遠慮なく戦う方が結果的にリスクは少ないと判断する。
『白銀剣』には先ほどまでと違い、碧の魔力がうっすらと張られている。
『白舞閃・碧』
それは吸収した魔力を斬撃として遠隔に飛ばせる能力。
最大出力で放てば、この部屋の壁をぶち抜くどころか、その先にある建物も難なく破壊できるだけの威力がある。
だからこそ、放つ場所と威力は選ばなければいけない。
先ほど逃がした二人がいる方向や、アリアたちがいる方向には打つべきではない。
と、なると打つべき方向は――
上だ。
大吾郎さん達はまだしも、アリアたちは出口から出た後どの方向に逃げたのか分からない。
確実に当たらない方向となると上がいい。
「おら、よっとォ!!」
適当な掛け声とともに天井に向かって技を放つ。
そのまま、振り抜いた方向に跳んでいった碧の魔力は天井にぶつかり、抵抗なくすり抜けていき、その軌跡に一直線の亀裂を出現させる。
敢えて威力を絞って撃ったため、余計な衝撃は加わっておらず、天井が崩落するような危険性もない。
我ながらうまくいったものだと感心する。
「さて、準備できたぞ?外に行こう」
ピクニックにでも誘うかのような気楽な言葉。
しかし、実際の動きにそんな生易しい感情は乗せない。
理由は不明だが、未だに動かない篠田に向かって疾走し、勢いそのままにその大量の手の発生地点だと思われる篠田本体を思いっきり蹴り上げる。
「ッッグゥゥッ!!」
大量の手に包まれて確認しづらいが、確かに中からくぐもった篠田の声が聞こえた。
どうやら痛みはあってダメージもあるらしい。
相手の情報を更新しながら、篠田が吹き飛んだ方向——天井の亀裂に向かって全力でジャンプする。
ふくらはぎ部分につけられた拡張パーツであるブースターの力も全開にしつつ、飛び跳ねて空中に躍り出る。
空中にいる篠田は身動きが取れない状態で空中をもがいている。
俺は空に躍り出た瞬間に、周囲の形式を見て方角を把握。
その後、篠田の位置と俺の位置から最適な方向を決めて、再び剣に碧の魔力を張り巡らす。
「かっ飛べ、篠田。楽しい楽しい空中散歩のお時間だぞ!!」
当たっても死なない程度の威力にした『白舞閃・碧』を篠田の体に当て、その衝撃で吹き飛ばす。
吹き飛ばす方向は隣接する演習場。
現在は誰もいない、それでいて自由に動き回れるだけのスペースがある場所でこのアホをとらえるとしよう。
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白銀剣:なんかこいつ使ってで色々スキルっぽいのを撃ってるけど、正確にはスキルではない。『原初の
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