56 尋問
牧下兵装に紛れ込んだスパイは、
今の嘘は確定的な証拠と言えるだろう。
初っ端から「あなたはスパイですか?」なんて聞けば、相手が『
だが、もうその心配はいらない。
仮に『
自分がそのスキルを多用しているからわかるが、あのスキル、もしくはそれに比するほどの手段となれば、発動し続けるのにはどうしても多大な集中力が必要となる。
使えなくなる程度に集中力を削いでやれば問題ない話だ。
だから、もう無理だ。
「
これから何をするのかを告げると驚いたような顔をこちらに向けてくる。
スパイがいると疑っていても、本当はいないんじゃないかと信じていたのだろう。
だからこそ、ここにいる全員を客観的に観察できる俺がやらなければいけない。
今まで信じてきた仲間だからと手心を加えないためにも第三者の俺が手を下す。
他の職員たちとアリアは、急に言われた意味不明な言葉を理解できてない。
当然だろう。
普通なら関係ない人は先に別の場所に移し、俺と大吾郎さん、そして篠田の三人きりの時に尋問して捕えた方が騒ぎにならないだろうが、仕方ない。
篠田がどのような手段を用いて情報を送っているか分からない以上、可及的速やかに捕え、これ以上の情報は何も渡さない方が良い。
だからスパイがいた場合は、即座にその場で捕まえると大吾郎さんには事前に言ってある。
「そうか…………
「ええ」
大吾郎さんの口から出てきた重い一言を受けて、目の前に掲げた鞘から剣を引き抜く。
鞘から現れるのは輝いて見えるほどの白銀の剣。
当然、周りにいる職員たちは何が始まるのか分からないので、俺に注目している。
それを知覚しながら、あえて気にせずに引き抜いて、剣先を篠田に向ける。
唐突に剣を向けられた篠田の顔は他の職員たちと同じように、あたかもなぜ今剣を向けられているか分からないという表情を見せて困惑している。
だが、もう無駄だ。
「篠田、お前が
「え!?……スパイ……いったい何のことですか……??」
突如投げかけられた問いに他の職員は数秒その意味を考え、そして言葉の意味を理解したのか、驚きと、そしてさらなる困惑の視線を篠田に向ける。
対して篠田は、本当にいきなり的外れなことを言われて意味が分からない、といった風に声を詰まらせながら聞き返してくる。
「無駄だ……多少演技がうまいようだが、今、少し焦ったな?」
「いえ……私は本当に何のことだか……確かにいきなり剣を向けられて焦りはしましたけど……」
どうやら、篠田はあきらめずに抵抗する道を選ぶらしい。
残念だ……
俺も積極的にやりたいわけでは無いが、既に敵に対して容赦はしないと覚悟を決めている。
相手の情報を吐かせるためにも生け捕りにはするが……生け捕りにするだけだ。
相手の五体が満足な状態で捕えなければいけないわけでは無い。
このままシラを切り通すつもりなら多少強引に、それこそ腕の一本や二本程度なら斬り落とす。
その覚悟を視線に込めて強く睨みつける。
「余計な抵抗はするなよ?おとなしく捕まるなら、そこまで手荒な真似はしない」
「ス、スパイ?いったいなんのことやら……私は、断じてスパイなんかじゃ……」
仕方ないな。
「殺すぞ」
「ヒッッ……」
本当に殺すつもりがあるわけでは無い。
だが、そうと勘違いさせるには十分な程の殺意を込めた最後通牒を突き付けてもなお、篠田は唐突に向けられた疑いと殺意におびえる演技をしている。
睨みつけても意味がないと判断して本当に腕を切り落とそうと剣を振り下ろす。
その瞬間、本当に腕に剣が当たる直前、途端に篠田の顔から困惑と怯えが消える。
ギリギリのところで剣は当たっていないが、篠田は当たる寸前だったにもかかわらず、恐怖すらしていない。
代わりに浮かべたのはうっすたとした半笑い。
そのまま片手で口元を覆い、仰ぐように天井を見上げる。
「っはぁ~~~、なんでバレたんですかねぇ?
こう見えても色々と気を使ってたつもりだったんですけど……
やはり特級の前に姿を晒すのは危険すぎましたか……」
あっけらかんとしたその物言いに、その場にいた全員が本当に篠田がスパイだったことを理解して次に感情をあらわにする。
「いったい……どういう……」
「貴様ァァ!!大吾郎さんを裏切っていたとは、どういう了見だァ!!!」
「ひひ、篠田……」
困惑する者、怒る者、悲しげな者。
そしてスパイがいる可能性を知っていた大吾郎さんは、未だに篠田がスパイであった事実を信じ切れていない様子だ。
「篠田……なぜ……お前が……」
おそらく篠田の言動を見てスパイだったと頭では理解しているのだろう。
だが、心のどこかでそうではない、否定してくれと願っているのが分かる。
だからこそ、ダメだ。
この場にいる中で冷静さを保って動けるのは俺だけだ。
俺がやらなければいけない事だ。
「篠田、もう一度言うが、無駄な抵抗はするな。
敵対的な反応を見せた瞬間、お前の頭と胴体はここでお別れすることになる」
もちろん生け捕りにするつもりだが、脅しとして篠田の命を賭け皿に乗せていることを伝える。
そうすれば、篠田は諦めたように半笑いを消す。
「ええ、分かりましたよ。抵抗はしません。
ただ、最後に主任にと話をさせてもらってもいいですか?
私がなぜ裏切ったのかを彼は知る権利と義務がある」
そう言ってくるが、何をするか分からない。できることなら相手には何もさせたくないのが正直なところだ。
だが、大吾郎さんはこちらに懇願するような視線を向けてくるのもわかる。
彼も篠田の最後の言葉を聞きたいのだろう。
仕方がない。、大吾郎さんの気持ちを考えれば、ダメとは言い難い。
「一分だけだ」
「ええ、それで構いません」
長々と話されても困るので時間制限を設けたが、それに抵抗することなく了承して大吾郎さんへと向き直る。
「
遅すぎる、と。
さっき私は現代の実験に制約があるは仕方ない、と言いましたが、あれは嘘です。
我々は遅すぎる。
未知が、異常が、それらがあふれ出る現代において、今の我々は遅すぎる!
迷宮が生まれ、技術体系も大いに変わった。
それらを研究するのに、いちいち邪魔をしてくる制約が多すぎる!
私が行いたかった研究を、行うべき研究を、阻むものが多すぎる!
今のままで良いはずがないんです!このままでは、我々はいずれ迷宮という異常に飲み込まれる!
一部の人間がッ!才能のある個人がッ!何とかしているだけの現状こそが一番危険だという事はあなたなら分かるはずだ!!
だから主任……私が壊します。
今の世界を……もっと自由に、そして真に強く生きるために、社会を壊すんです」
真剣に、嘘偽りなく、そして力強く言い切った瞬間——
篠田の背中が盛り上がり、着ていた白衣がはじけ飛ぶ。
「チッ……」
まずい。やはり話の時間なんて与えるべきではなかった。
おそらくあれは、時間稼ぎだったんだろう……
そのせいで取り押さえることが出来なかった。
抵抗する可能性は考えていたのに、対応しきれなかった。
これは明らかな俺のミスだ。
そして、何よりまずいのは今この場に非戦闘員が多数いることだ。
俺のミスのせいでこの場にいる大吾郎さん、
篠田が何をする気なのかは知らないが、逃がす気はない。
だが、今はここにいる人員を守らなければならない。
どちらもやり切る。
それがミスをしてしまった俺ができる最大限の報いだ。
必ずやり切る。一瞬で俺のやるべきことを判断して覚悟を決める、が……
「アリアッ!!お前は自分の身を守れ!」
とりあえず、非戦闘員ではないアリアには自分で何とかしてもらおう。
いや、本当にごめん……
心の中で土下座しながらアリアに指示を出して、他の職員たちを守るために動き出す。
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牧下兵装:基本的に社員はみんな大吾郎のことを尊敬してるし、好き。中には尊敬を通り越してる人もいる。永田とか永田とか永田の事である。
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