55 紛れ込んだネズミの正体
普通に面白い光景だったので気が抜けそうになったが、そんなことをしている場合ではなかった。
緊張感が抜けすぎれば油断につながる。
油断は命をたやすく奪う。
何ともわかりやすいこの世の真実を再認識しつつ、もう一度気合を入れ直す。
とりあえずあの面白い光景は頭の片隅に追いやって、仕事のことを考えよう。
差し当たってはアリアの装備に関して決めるフリをするために、質問に答えさせつつ
「アリア的にはあの短剣の使用感はどうだったんだ?」
「あ、すみません。こちらから質問しといてなんですけど、よかったら主任達も交えての話し合いにしませんか?
もうすぐあっちも終わる頃合いですし、鬼化の詳細なデータも併せて話をした方が効率的だと思います」
アリアが答える前に一条がこれからの動きを提案してきたが、普通に考えたら悪くない提案だ。
確かに何度かに区切って話をするよりも、ある程度データを共有しつつ話を進めた方が効率的という事もわかる。
それが非常に正しく効率的なのは分かるが……俺からするとやめてほしい。
なんせそれをすると俺が同時に観なければいけない人の数が増えてしまう。
やってできないことはないが、できればしっかりと二人ずつくらいで観させてもらいたい。
とはいえ、その提案を俺がダメだと拒否する理由がない。
むしろ俺の立場的には賛成しなければいけない。
拒むことができるとするならば、それは本人であるアリアを置いて他にいないのだが……
「そうですね!皆さんで話しましょう!」
何とも元気に快諾してしまった。
いや、別にいいよ……俺がちょっとめんどいと思っただけだから……
どうせやらなきゃいけない事に変わりはないのだ。
なら、面倒に思ってもやればいいだけだ。
いつものことだ。
問題は……ないッ。
―――――――――――――――
「失礼しまーす!」
さっきまでいた所とは別の精密検査室。
アリアは迷いなくそこへと先陣を切って突っ込んでいった。
幸い中の様子は比較的まともだったようで、普通の会話が行われていた。
そこに遠慮なく突っ込んでいったアリアに気づいて中にいる三人が顔をあげる。
「ん、こっちに来たのか。どうだ、そっちの話し合いは順調か?」
中にいた
「はい!いろいろと提案してもらいましたし、皆さんには助けられてばかりです!」
「そうかそうか、そりゃよかった。うちの奴らも嬢ちゃんの装備の話が来た時から楽しそうにしてたからな!
んで、白斗から見てどうだ?」
いつになく真剣なまなざしで聞いてくる。
その質問は単純にアリアの装備に関しての相談役としての俺に聞いた質問ではないだろう。
もう一つの仕事であるスパイ探しの方について聞いているのは明らかだ。
「
二人ともアリアの装備について真剣に考えてくださっていてとても助かりましたよ」
この人もこの人で、自分が信じていた仲間に紛れているであろうスパイを探さなければならないとなれば、相当覚悟を以て挑まなくてはいけないだろう。
だからこそ、俺はその覚悟に対して敬意を持ちながら答える。
「そうか……まぁ、あの二人のことなら信じて任せてもらっていいぜ!俺が保証する!」
俺の発言を聞いて安心したように、それでいて少し気丈に笑って声を張り上げる。
どうやら伝えたかったことは伝わったみたいで何よりである。
「それで、残りのメンバーでここに来たってことは、短剣の方の話し合いはまだできてない感じか?」
「そうですね。
「おう、そうか。だってよ篠田。さっきまとめた情報を共有してやってくれ」
そう言って大吾郎さんは部屋の奥で作業していた中年の男性——篠田に声をかけると、既に準備をしていたのか篠田は全員にタブレット端末をテキパキとわたしていく。
「こちらが彼女の鬼化について分かる範囲でまとめたものになります。
後で御本人からの説明も聞いて加えたかったのですが、とりあえず分かる範囲でまとめました。
あ、後ろの方にあるのは胴部分の拡張パーツの資料になります。こっちはまだまとめきれてないです」
「ひひ、仕事が遅くて悪かったな」
「そういうつもりで言ったわけでは無いですよ、ガラン」
表示された資料について軽く説明をしてくれるが、その最後の言葉に部屋にいたもう一人の職員であるガランが突っかかっている。
篠田の方は嫌味っぽい切り返しにも冷静に対応している。
なんというか、さっきの準備と言いシゴデキ感がすごい。
それに渡された資料を軽く見たらわかるが、よくまとめられている。
アリアがテスト中に使ったスキルとそのスキルを使った状態で放った技。
その威力、規模、性質。どれもわかりやすく分析されている。
その上で相性のよさそうな素材の予想。
その素材を使った際の最適な形。
今までの攻撃や防御との比較についても細かく数値で示されている。
こういった部分での技術力の高さや、洞察の鋭さは、さすがは牧下兵装の人間だと言える。
他所でこれと同じことをやろうとすると、もっと時間がかかったり、手間も増えたりしていただろう。
一応資料を読みつつ横目で確認してみるが、一条も永田も真剣なまなざしでその資料を読み込んでいる。
その態度に不信なところはとりあえず見当たらない。
ついでにアリアの様子も見てみるが……ダメそうだ。
傍から見てわかるほどに目がグルグル泳ぎまくってる。
多分数字が多すぎて何が何だか分からなくなっているのだろう。
そんな様子を大吾郎さんも見ていたのか少し苦笑している。
「ハハハ、嬢ちゃんには少し難しかったか!まぁ、その辺は俺らの方が読み取って分かりやすく伝えてやるさ。
白斗は……分かってるな?フォローしてやってくれ」
「ええ、もちろんですよ」
大吾郎さんからの少しわかりにくい合図に了承の意味を込めて答える。
俺のお仕事の時間、という事だろう……
そうと決まれば、今この瞬間からお仕事だ。
気合を入れて『
一気に脳みそに入ってくる情報量が増えるが、少しだけ加速した思考で処理しきる。
とりあえず今の全員の精神状態は少し興奮気味かもしくはフラットな状態だ。
「そんじゃ、まず短剣からいこうか!一条、永田、どうだった?」
大吾郎さんは気合のこもった声で短剣について調べていた二人に質問を投げかける。
「とりあえず私からは、今回の短剣の性能に加えて衝撃の放出機能を付けたものを提案します」
「自分は、もう少し鬼嶋さんに時間を貰って、スキル使用時の短剣の耐久を見る実験をすべきかと進言します」
短剣について二人が各自考えていたことを物怖じせずにい自信を持って伝えている。
「なるほどな……
まず、一条の提案は試す価値がある。確かハンマー系だったが武器に衝撃放出を搭載する実験は進めていたな。
そっちを流用できれば可能だろう。この件は一条に任せる」
「やった!……じゃなくて、はいッ!」
どうやら一条さんの方の提案は通ったらしい。
その提案は純粋なアリアの戦力強化につながるし、何より素で喜ぶその姿はまぎれもなく本当で怪しいものはない。
「んで、永田の意見。これは俺も同意見だ。
鬼化によって発せられるあの紅いエネルギー……あれは今までの資料に載ってなかったものだ。そもそも鬼化が珍しいしな。資料にもあるが、どのパーツも普通に使うより損傷していた。
あと、今回の短剣はあれだろ?お前の作った白銀剣をモデルにした機構をつけた奴だろう?
そもそもあの技術が見様見真似な以上、どちらにせよ耐久テストはすべきだな。
というわけで永田、お前はこの後もう一本同じ短剣を作れ、テスト用の奴だ。」
「ッ任せてください!!」
永田の方もおかしな点はない。
どうも自分の意見が大吾郎さんと同じで、なおかつ仕事を任されて大いに喜んでいるのが見てとれる。
先ほども思ったが、この人は感情の幅がかなり大きくてわかりやすい。
ある意味では一番スパイではなさそうで安心する。
とりあえずここまでの観察の結果、二人に怪しいところはなかった。
だがまだ、スパイじゃないと確定できるような質問はしていないので怪しむ程度に置いておく。
そしてまだなにも話していない人物に目を向ける。
先ほど資料を爆速で用意した男の篠田。
そして少し嫌味っぽい発言が目立ったガランと呼ばれていた男だ。
その二人に視線を向けていることに大吾郎さんも気づいたのか、何か少し考え込むように静かに目を閉じる。
そして少しの逡巡のあと、決断したかのように目を開いてこちらを射抜いてくる。
「白斗。お前の剣なんだが、よかったらまたウチで調べさせてくれねえか?
嬢ちゃんの短剣についてる機能がそこから着想を得たモンだしよ。
ちょうどいい機会だし。また色々見させてくれねえか?」
なるほど……
そういう事なら、ここは大吾郎さんに乗ろう。
「ええ、構いませんよ。前回は時間があまりとれませんでしたし、今度はじっくり隅から隅まで調べ尽くしちゃってください」
そう返答しながら、ここに来る前に大吾郎さんと話していた内容を思い出す。
道中話したのは、相手を揺さぶるために使えるエサについて。
一つは
敵の狙いの一つが候補者なら、アリアは十分に相手の反応を伺うためのエサになる。
仮にこれがただのスパイなら、アリアついての何らかの情報を持ち帰ろうとするだろう。
後は俺に関する情報も欲しいだろうから、場合によっては俺がエサにもなりうる。
ただ、牧下兵装に溶け込むようなスパイなら、そこにもう一つ食いつく可能性のあるエサがある。
それは技術者にとっての最先端のその先。
現代の技術で解析が困難な代物。
異常事態が続く中で屹然と輝く異常の一つ。
現在は二つ名として俺を象徴するようにもなった武器『
俺の発した了承の意を聞いた瞬間、アリアと大吾郎さん以外の四人の気配が一気に強くなる。
技術者なら誰もが食いつくような発言だったことは分かっているのでそこは気にしない。
ただ、さらにその中でも特に感情の変化が激しかったものが一名いる。
「あ、やっぱり皆さん。興味津々って感じですか?」
少しおどけながら腰に差していた剣を鞘ごと取り外して目の前に掲げる。
そうすれば職員四人の視線は剣へと吸い込まれる。
やはり一名、その人物の精神状態はただの興味というよりも、執着といった感情が強く表れている。
確認のためにも、もう少し質問を続けるべきだと判断してそちらに顔を向ける。
「天下の牧下兵装だったらこの程度、少しの時間があれば調べ終わるでしょうね!」
少し期待を込めた眼差しを向ける演技をしながらその人物に尋ねる。
「いや、さすがのウチでも調べたことのある
この返答は間違いなく本心だ。
「そうですか?さっきの様子を見るに、あなたが手伝ってくれるならすぐ終わりそうなものですけど……ねぇ?」
「いやぁ、お褒めに預かり光栄ですが、さすがに私が手伝ってもすぐには無理ですよ。
私も常日頃から色々研究したりしてますけど……どうしてもできないことが多かったりもしますからね。
まあ、現代の実験には制約が付きものなので仕方ないですけど。
なるほどなるほど……
これはすごい。表面上は非常にうまく隠してある。
その表情は未知に触れられる喜びと、自分の実力不足を嘆く悔しさしかない。
吐いた嘘も非常に小さいものだ。普通は見逃すし、これならバレても言い訳が効く。
『どうしてもできないことが多かった』、そう語った瞬間の精神は、とてつもなく黒く淀んでいた。
これは明らかに憎悪の感情だ。
さらに言うならほんの一瞬、おそらく本人ですら気づかないレベルの微反応と呼べる動きは、確実に大吾郎さんに向いていた。
そこから察するにおそらく、『できないこと』は大吾郎さんからの許可が下りなかったことだ。
そしてその後の『制約は仕方ない』という言葉。これが嘘だ。
バレても制約を鬱陶しく思っているのは、研究者として仕方がないとでも言えばごまかせるような小さな嘘だ。
だがそれでも、この言葉には先ほどと同じくらいの憎悪が込められた。
最後のダメ押しだ。
「それじゃあ、時間をかけてでもいいのでたっぷり調べてください。
俺も牧下兵装のことは信頼してますので、安心してこの剣を預けられます。
あ、他にこの剣の情報漏らしたらダメですよ?」
空気をよくするために言った冗談。
そのように捉えられるように、あえて少し悪戯っぽく笑いながら問いかける。
「ええ、もちろんですとも」
そう言い切った篠田の言葉は嘘だった。
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55話:キリが悪くなりそうだったので二話分くらいの量をまとめちゃった。
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