54 意外と難しい技


 とりあえず三ツ島みつしま西城さいじょうの二人に関してはスパイである可能性は減った。

 確実に違うという事は言えないだろうが、それでもある程度は信用できる。



 隣を見ればアリアは無言で真剣な表情をしながら悩んでいる。


 俺は俺の仕事をこなさないといけないが、同じくらいアリアが自分の装備についてしっかりと考えることは重要なことだ。

 しっかりと悩んでほしい。



 そんな悩むアリアを傍目に見ながら小さく息を吐く。



「伏野さん、お疲れですか?お茶でも出しましょうか?」


 そんな俺の様子を目ざとく拾ったのか、西城が不思議そうな目をこちらに向けながら尋ねてくる。


「いえ、大丈夫ですよ。別に疲れてるわけでは無いです。

 これは、あれです。大吾郎だいごろうさんのとこでいろいろ使わされたせいです……」


 とりあえず大吾郎さんのせいにしておく。

 そうすればこの場にいる彼をよく知る職員である二人は少しひきつった顔をしながらこちらを見てくる。

 その顔には「ご愁傷様です」とはっきり書いてあるような表情だ。



 しっかり勘違いしてくれてよかったが、普通に嘘だ。

 本当は疲れてるし、その理由に大吾郎さんは関係ない。



 疲れている理由はさっきの質問をした際に使ったスキル『真実の目トゥルーアイ』のせいだ。


 あれは高等技術と言われる複数のスキルを混ぜ合わせて発動しなければいけないので、久しぶりに使うと気疲れする。


真実の目トゥルーアイ』は、五つのスキルで構成されている。


 そして、これらを適切な形で混ぜ合わせないと発動しない。



 具体的には『サードアイ』で第三の視界の確保、『感覚強化』で五感の強化、『精神色覚』で他者の精神状態を色で見分け、それらの莫大な情報量を『クロノスウォッチ』で思考を高速化して無理やり処理する。



 問題となるのは五つ目の『マナサーチ』なのだ。

 他の四つのスキルは相互作用的に発動しやすいタイプのスキルなのだが、これだけは違う。


『マナサーチ』は相手がスキルを使ったかどうか判別するために、魔力の流れが分かるようになるスキルなのだが、実はこれスキルが無くても似たようなことはできる。


 というか、魔石を吸収した人間なら、なんとなく魔力を感知することができる。


 ただこれ、どこでどうやって魔力を感知しているのかが、未だに解明されていない。

 脳が感知してる、心の眼、肌の皮膚感覚が魔力の波を感知してる、魂、等々。


 実態は使っている本人もなんとなく分かるというもののため難しい。


 そして問題は、これが『クロノスウォッチ』の適用外にあることだ。

 魔力を感知する器官が謎なせいで意味不明だが、思考を高速化して相対的に緩やかな世界を体感していると、『マナサーチ』で拾った情報とほかの情報の間にラグが発生するのだ。


 体感時間で十秒かけてほかの情報を処理しているところに、『マナサーチ』君はなぜか現実世界の一秒で結果をお届けしてくるようなものだ。


 そのせいでどのタイミングで相手がスキルを使ったかを判別できなくなる。



 当然解決策として『クロノスウォッチ』の出力を下げればいいのだが、そうすると今度は、他四つのスキルで得た情報量を捌ききるのが難しくなる。


 そのあたりの問題をバランスを見ながら調整して初めて『真実の目トゥルーアイ』として発動できる。



 つまり……非常にめんどくさくて、しんどいのだ。


 あと、スパイの尋問というお仕事も地味に精神をすり減らしてくる……



 とはいえ、苦労した甲斐があって嘘をついているかどうかは判別できる。

 相手が『確かなる嘘ナチュラルフェイク』のような頭のおかしいくらいの偽装工作をしていない限りだが……

 もしそこまでしているならもう俺にはお手上げだろう……




「よし!決めました!」


 疲れている理由について自分で分析していると隣で悩んでいたアリアが声をあげる。


「暗器と煙幕の方も試させてください!その上で判断します!」


 そう言ったアリアの表情は迷いや遠慮というものがなかった。

 それはとても良いことだ。

 悩んだ末に出した結論と、迷っただけで出した結論とでは大いに違う。



「分かりました!やっぱり一度試さないとわかりませんよね!」


「それがいいでしょう。

 では、我々はこの後のテストで使えるようにそちらの手配をしておきます」



 三ツ島と西城は迷いなくアリアの考えを支持して、この後の動きを決めている。


 その態度を見る限り、やはりこの二人はスパイではなさそうだ。


 俺は二人に対する評価を一時的に打ち切ってアリアに対して向き直る。



「ま、いいと思うぞ。どうあっても装備に納得いってる方が良いからな。

 そうと決まれば、他の装備についても色々聞いとくか。とりあえず短剣についても何か言ってたしそっちに行くか」


「はい!」


 俺の仕事のためにも、あまり不自然にならない様にアリアを連れてほかの職員にも接触を測るためにアリアを誘導する言葉をかけて立ち上がる。


 アリアはその誘導に気づいてない様子で返事をしてついてくる。



 俺は心の中で勝手にエサのように使っているアリアに両手を合わせながら、次のターゲットである、一条いちじょう永田ながたのいる場所へと向かう。



 アリアには今度好きなものを奢ってあげよう……



 ―――――――――――――――



 元々いた計測室からつながる奥の部屋。

 使った後の装備の状態などを詳しく見るための精密検査を行うための部屋につながる扉を開けると、再び中からは熱を感じた。



 この感じは知っている。

 というかつい先ほど味わったものだ。



「わっ!すごいですね~」


 隣にいるアリアもこの様子を見るのが初めてではないようにのんきに感想を言っている。

 もしかしたらどの装備にするかで熱い議論でも交わされていたのかもしれない。



 今もお互いに遠慮することなく意見をぶつかり合わせていた二人の職員だが、こちらが部屋に入ってきたことに気づいて目を向けてくる。


 そしてその血走ったような眼をしたままこちらに詰め寄ってくるのだが、絵面が半分ホラーだ。

 やめてほしい……



鬼嶋きじまさん!ちょうどいいところに!

 今さっき精密検査が終わりましたので、使用感について本人の感想を聞きたいと思っていたところだったんですよ!」


「質問なんですけど、短剣に魔力流した時って通常時と鬼化時で感触に違いはありました?どちらが使いやすいとかあればそちらの方に合わせて調整しようと思ってるんですけど!」



「ええっと……」



 その怒涛の詰め寄りにさすがのアリアも困惑している。



 ここは助け船を出すべきだろう。

 アリアのためにもそうだが、俺の仕事のためにも相手がここまで興奮状態だとまともに観察できない。



「お二人とも落ち着いてください。

 とりあえず二人同時にしゃべるのはやめてください?」



「す、すみません……」


「あ、俺としたことが……怖がらせる気はなかったんです……申し訳ない……」



「い、いえ、大丈夫です。怖いとは思っていませんよ」



 女性の職員——確か一条は素直に謝っているが、もう一人の職員である大柄な男の永田の方は、自分の態度に大きくショックを受けて思いっきり意気消沈している。


 なんというか浮き沈みの激しい人物らしい。



 それをフォローする比較的小柄なアリアの絵は控えめに言ってかなり面白い。



 いや、面白いとか言ってる場合じゃなかったわ……

 仕事しなきゃ……






――――――――――――――――――――――――――――――

混成スキル:本作ではわかりやすくするために、漢字にカタカナでルビ振ってあるスキルが混成スキルです。

ちなみに初出は11話。どこぞの特級さんが『蒐集者コレクター』なんて二つ名で呼ばれてるのはスキルいっぱい持って組み合わせしまくるやべー奴だから。

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