53 噓発見器


 ―――――――――――――――



「おいーっす。こっちの調子はどうだ?」


 計測室の扉が自動で開くと、大吾郎だいごろうさんはいつもと変わらぬ様子で中に入っていき、職員の隣にまで行って現在の様子を尋ねる。



 扉を開けた瞬間分かったが、中からはとんでもない熱を感じる。

 なんせ誰も開いた扉の方を見ていなかった。



「あ、おじさ……主任。良いところに来ましたね!見てください、アリアってばホントすごいですよ!

 初めて着る装備なのに音声認識じゃなくて魔力操作で拡張パーツの機能使いこなしてるんです!

 やっぱすごいセンスですって!!」


 アリアの装備テストの結果に興奮気味の一華ちゃん。

 彼女のいつもは割と落ち着いた人なのに、装備のことになると狂ったように熱くなる側面は変わらないようである。




「主任……これ見てほしいんですけど……やっぱり彼女の脚パーツに関してはどちらがいいか決めかねます……」


「耐圧と接地力でもそこまで変わりなかったしな……それ以外となると……安易にブースターなんかの補強よりかは、別の方向性の方が良いかもしれないな……」


「魔力で作る刃の長伸機構……いいわね。あの白銀剣を基に再現しただけあって効力はなかなか。師匠と弟子で同じ技を使うのはロマンがあるし。

 あとは左腕のパーツと連携して短剣に直接衝撃の放出機構取り付けられたりしたらいいと思うのだけれど、どう?」


「それは一考の余地ありだな。彼女の『崩刃通し』だったか?との相性を考えたらやってみる価値はあるかもしれん」


「ふむ……鬼化はいくつかのオーラによって効果の違う攻撃が可能……なら、それらすべてに対応するパーツを鞭に仕込むのは難しいか?いや、あの鞭はどこの製品だ?あれには仕込んであるのか?あとで見せてもらいたいな……」


「ひひ、大吾郎さん、僕とあんたで考えてた胸パーツの動作もおおむね正常だぜ。

 ありゃすげぇよ。戦闘中の補強も、非常時のバッテリーの役割も想定通りだ!」



 一華ちゃんだけではない。この部屋にいる全員が興奮状態だ。

 独り言をつぶやいている者も、誰かと協議している者も、その誰もがアリアのテスト結果に騒いでいる。



「おーい、落ち着けお前ら。

 とりあえず、いったん区切りついてんなら嬢ちゃんをこっちに呼び戻してやれ」



「あ、はい」



 騒いでいた職員たちも大吾郎さんの声で落ち着きを取り戻す。

 その様子を確認した大吾郎さんは、こちらに顔を向けてきて小さく頷いてくる。


 俺もそれを合図と受け取って頷く。



三ツ島みつしま西城さいじょうは嬢ちゃんが帰ってきたら白斗も交えて話し合いをしておけ。

 白斗、嬢ちゃんの脚パーツについて師匠として意見やアドバイスがあれば言ってくれ。

 一条いちじょう永田ながた。お前らは使用後の短剣の精密チェックだ。

 仮に手を加えるにしても、しっかり今の状態はデータに残しておいて損はない。

 篠田しのだ、彼女の鬼化のスキルのデータをとったのはお前か?

 なら、俺とガランで胸パーツのチェックをするからお前も手伝え」



 大吾郎さんはテキパキと職員に指示を出す。

 そうすれば、職員たちも自分の行動を理解して動き出す。



 どうやら俺が最初に観るのは三ツ島と西城という人物のようだ。


 今、この場においては一華ちゃん以外の全員を疑わなければいけない状況だ。

 当然この二人も疑わなければいけない。


 いけないのだが……この部屋に入ったときに感じた彼らの興奮に嘘や演技のようなものは感じ無かった。


 はたして本当にこの中にスパイが紛れているのか。

 少し不安になるな……




 ―――――――――――――――



「ふぅ~~。あ、白斗さん!どこ行ってたんですか!?

 もう、こっちは初めてでてんやわんやしてたっていうのにぃ~」


 演習場から戻ってきたアリアは、いったん装備類を外してから再び計測室に帰ってきた。

 そこで座って待っていた俺を見つけて指をさしながら驚いている。


 どうやら俺が急にいなくなってしまったことにご立腹らしい。



「俺の方は俺の方で大吾郎さんから直接使ってみてほしい装備とか道具があるからって頼まれたんだよ。

 こっちも急だったんだ。まぁ、いきなりいなくなったのは悪かったと思ってる……

 すまんかったな」


 本当はそんなことはないが、とりあえず自分が悪かったという感じを出しながら謝っておく。


「あ、いや、まぁ、実際は一華が色々教えてくれたんでそこまで困ってたわけでもないんで大丈夫です……はい……」


 大丈夫だったらしい。

 それにしても、アリアは一華ちゃんと随分と仲良くなったようにも聞こえる。

 まぁ、一華ちゃんとアリアは同い年だったはずだし、女の子同士という事もあって仲良くしやすかったのだろう。


 同年代で友達ができるのはいいことだ。

 今後の装備の相談も幾分かしやすくなっただろう。


 それだけでも今回牧下兵装に来た意味はあったといえる。



 ただ、それはアリアの話だ。


 まだ、俺には俺の仕事が残っている。

 アリアの装備についてもまじめに考えなければいけないが、今は目の前にいる二人の職員——三ツ島と西城について調べなければいけない。

 それが今の役割だ。



 その仕事のためにも、さっさと話し合いを始めようと二人に向き直る。


「それじゃ、話し合いを始めましょうか。

 とりあえず、二人の方から現状を聞かせてもらってもいいですか?」


 その言葉に二人の職員は少し顔に緊張をにじませながら、タブレットを机の上に置く。



 いったい何に緊張している?

 今の状況で緊張することは何がある?


 今の二人の状況、感情を読み取ろうと二人を観察する目を強める。



「それでは、私の方から説明させていただきます。

 今回の脚装備は耐圧機構を搭載したパーツと接地力グリップの補強をするパーツの二種類を試してもらいました。

 ただ、どちらを使っても鬼嶋きじまさんの動きというのはそこまでの違いはありませんでした。

 これは装備を十全に使えていないという事ではなく、どちらを使っても足りない部分を本人の技量で補えていたことが原因だと思われます」


「なるほど……確かに……」


 西城からの説明にアリアはその実感があったのか頷きながら納得している。



「こうなってくると、鬼嶋さんの好みの問題になってくるので、どちらを選んでもらっても構いません。

 もちろん別の拡張パーツを試すのもありだと思います。

 例えば移動用のブースターとか、攻撃用のニードルや刃を取り付けるとか、使えるとは思いますけど……使う機会が多そうかと言われると……といった感じです」


「まぁ、そういったのは合わないだろうな」


「白斗さんもそう思いますよね……私も正直使いこなせる自信はないですね」


 西城の話した内容に正直な感想を言えば、アリアもそれに追従してくる。


 中遠距離主体で戦うアリアの足装備なら攻撃に使う機会は少ないだろうし、移動用のブースターも場合によっては邪魔になることも考えられる。



 となると、本当にアリアの好み次第になるだろう。


 そう思っていると、これまで黙っていたもう一人——三ツ島の方が手を挙げている。



「そこで!一つ提案したいのは、直接攻撃用ではなく、暗器などの追加の遠距離攻撃手段の格納用、もしくは、煙幕などの補助道具の拡張パーツについてです!

 こちらは、足につけるのは珍しいパーツですが、あそこまで簡単に魔力操作ができて使いこなせる鬼嶋さんならそこまで問題にはならないでしょう!」



 そんな三ツ島の張り切った提案にアリアは目を輝かせている。


「おお、暗器と煙幕!!白斗さんも使ってましたよね?」


 どこか嬉しそうにこちらに確認を取ってくるアリア。

 それに対して、三ツ島と西城の観察を緩めて、一応まじめに答える。


「まあ。使ってるな。

 俺の場合、暗器は手甲部分にある風船鉱ふうせんこうの棒手裏剣みたいなやつ。煙幕は背中の一部に自動充填式のヤツがつけてある。

 どっちも便利っちゃ便利だが、アリアは使う機会がそこまで多くなさそうだが?」



 そう、そのどちらも確かに俺が使ってる。

 小手先の道具になるが、俺は色々な手段があった方が戦いやすいのでつけているだけだ。

 鬼化という単一で強い手札を持っているアリアにはそこまで必要だとは思えない。



「むむむ……いや、でも……ううーん」



 俺の助言に悩むアリアの様子を見てもう少し時間がかかりそうだと判断する。


 そうなると、俺と三ツ島、西城の三人は少し待つ時間ができるだろう。



 仕掛けるなら――ここだろう。



「まぁ、その辺は存分に悩め。悩んだ結果自分が好きな方にすればいい。


 安心しろよ。牧下の人がわざわざ提案までしてくれたんだ。


 どの装備を選んでも弱くなるものなんてない。

 三ツ島さんも西城さんもからこそ、色々提案してきてくれたんだ。


 そうですよね?」



 アリアにアドバイスをするように見せかけて最後に二人に問いかける。



 この質問は、駒場こまば会長と話した時に言われたことを参考にしたものだ。


 そもそもなぜ、このタイミングで俺に任せてきたのか?


 それは俺が適任だったから、という事もあるが、他にも理由はある。


 その一つが、アリアだ。



 領外地帯アドバンスド・エリアでの同時襲撃事件。

 あの際、どちらの襲撃でも候補者たちがボスを倒した瞬間を狙われた。


 それに片方は幻覚だったとはいえ、実際に現役の特級よりも候補者を優先して狙われた。


 以上のことから、敵の狙いの一つは候補者たちだと推測した会長は、今回アリアを連れている俺に依頼をよこしてきたのだ。



 だからこそ、今の質問をした。


 敵がよほどの間抜けでもない限り、いきなりアリアに合わない装備を渡すなんて直接的な真似はしないだろう。


 だが、心の中身は別だ。

 敵のスパイなら、アリアが力をつけるのは好ましくないだろう。


 そうなれば言葉に出した瞬間に分かる。



 嘘をついていないか?腹の中に黒いものを隠していないかを判断するために、意識を研ぎ澄ませる。


 二人の反応を一ミリも逃さないためにも、周りの空間を俯瞰してのぞき込むように観る範囲を限定する。



 そうして――



「もちろんですよ!」


「その通りです。我々の方でおすすめの逸品を出せないのは心苦しいですが……」



 嘘は……言っていない。


 三ツ島も西城も、二人とも間違いなく本心だろう。

 そして、それ以外の感情も観えなかった。


 肉眼で嘘の微反応を見分ける技術だけでなく、スキルも用いた嘘発見器だ。

 実力は不足気味の俺の能力だが、この力は信用している。



 つまり……この二人はスパイではない……可能性が高いという事だろう。


 まったく、嫌な仕事だ。精神が変な方向に磨り減る気がする……






――――――――――――――――――――――――――――――

嘘発見器:白斗が使ったのは『真実の目トゥルーアイ』というスキル。いくつかのスキルを同時に使う混成スキルという技術がないと無理なのでかなり難しい。

元々嘘をつくための『確かなる嘘ナチュラルフェイク』というスキルを作ったときにたまたま生まれたスキル。

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