51 紛れ込む悪意


『次はマークポイントを出すから可能な限りのスピードで示された場所まで移動して』


「はいッ!」


 無線で一華から指示された内容に従って移動する。

 先ほどからやっていることは似たような内容ばかりだ。


 移動、その場で攻撃、鞭を使ってそこら辺のものを掴んで放り投げたり、移動しての攻撃指示だったりと色々だ。


 装備は支給された物——ではなく、今まで使っていた物だ。

 理由は装備変更前の私のデータをとるためらしい。


 そのためにも今の私には身体の各所にセンサーのようなものを付けられている。


『タイム計測はこれで終わりかな。次は敵を何体か出すからそれを鬼化のスキルを使った状態で倒してみて。遠慮なくやっちゃって大丈夫だから。』


「はいッ!」


 一華が言い終わるなり目の前の地面が割れて、地下からロボットのようなものがせりあがってくる。


 鬼化のスキルを使って身体を変化させるのはほんの少しだが、時間がかかる。

 だから完全に敵が現れ切る前にスキルをもう使用しておく。



 こちらの鬼化のスキルによる変化が終わると同時にロボットも完全に姿を現す。

 それと同時にモノアイを光らせてこちらに向かって襲い掛かってくる。



 だが、ロボットの攻撃はかすりもしない。


 根本的に遅すぎるのだ。

 動き出しを見てから余裕で避けられる。


 ただ、今は強敵と戦うことを目的としているわけでは無い。

 倒せることは当たり前として出された敵なのだ。


 その証拠に一華も当たり前のように壊していいと言っていたのだろう。

 だから、倒す。遠慮なく紅いオーラを纏わせた鞭を振るってその機械の体が動かなくなるまで破壊する。



『うん、オッケー。実際に敵に攻撃するときの動きのデータも取れたよ。

 じゃ、一度戻ってこよっか。ここからはデータを基にとりあえずの装備を付けてもう一回テストしよう』



 とりあえず、テストは終わったようなので気を抜いて計測室に戻る。



 ―――――――――――――――



「それじゃ、とりあえずデータを基に合ってそうな拡張パーツを選んでいこうか」


「はいッ!」


 机の上には大量の拡張パーツが置かれているが、おそらく合わないと判断された物からどんどん排除されていく。


 残ったのは基礎部分の戦闘服バトルスーツと五個の拡張パーツ。


「じゃ、まず基礎の部分からね。

 こっちは迷宮産の糸鋼いとはがねと数種類の素材を特殊な方法で織り込んだ生地で作ったものね。

 データを見る限りアリアに合うのはやっぱり柔性のものかな。鞭というメイン武器の特性も力でのごり押しよりも体の柔軟性を大きく活かせるし。

 これは一応試作品として作ったものだけど本品もそこまでの違いはないと思ってもらっていいかも」


「す、すごいですね……」


「ふふ、まだまだこんなものじゃないわよ」


 そう言いながら一華は拡張パーツをひとつづつ指差しながらそれらについて説明を始める。



 全体に取り付ける補助拡張パーツはロックゴーレムの核繊維を用いたもので、身体の動きを可能な限り読み取り、その動きに合わせてよりスムーズな動きを実現する。


 右手の拡張パーツは衝撃の吸収機能を備えたもので、鞭を振るったときや敵に当たった時のわずかな衝撃すらも吸収して身体への負担を減らす。

 さらにこれは左手パーツと二つで一組となる。


 そんな左手部分は右手で吸収した衝撃を自在に放出できる。

 敵の攻撃で吹き飛ばされるときに衝撃を逆方向に出して勢いを相殺するもよし、短剣を使う際のさらなる追撃にもできる。


 そして脚部分、こちらは会議室でも議論がなされていたが結局は耐圧機構を備えたものとなった。

 耐圧機構とは、簡単に言うと踏ん張りの力を補助するものだ。

 主にタンク役の人が好んで使う拡張パーツだが、鞭を使ってそこら辺にあるものを掴んで放り投げるという動きもするなら、これを組み込んでより重心がブレないようにした方が良いという事でまずはこれが組み込まれる。


 そして最後に胸部分。

 今回牧下が特注でアリア用に作った拡張パーツ。

 珍しい鬼系のモンスターの中でもさらに珍しい上位種の素材を用いて作られたそれは、いくつかの小さな水晶のようなものを組み込んである。

 効果は鬼化のスキルを使用する際に漏れ出るオーラの貯蓄。

 しばらくの間はここに溜めこんでおけるので、鬼化を解いたあとでもその力を一時的に使うことができる。



 以上の説明を受けてアリアがまず抱いた感想は「高そう」であった。


 殆どのパーツは牧下の専門店で取り扱う中でも最高級品。

 最後に至っては鬼化のスキルの珍しさもあって市販では販売なんてしていない、まさしくアリアのためだけに作られたものだ。



 今回の装備の提供に際して、アリアがお金を払うことはない。

 それは分かっていてもこれだけの装備となると少し怖い。


 上位の探索者の稼ぎは十把一絡げのそこらの探索者とは一線を画す。

 文字通り桁違いな金銭を得ることも可能なのは知っている。


 とはいえ、探索者になったのは数か月前、まだまだ稼ぎが多いわけでもない時に特級の候補として選出された。それ以降は修行の日々で迷宮での成果を求めて探索していたわけでは無い。

 一応選出された段階で協会から補助金のようなものは出たが、おそらくその金額ではこの装備を購入することはできないであろうことは、あまり装備に詳しくなくてもわかる。



 そんな戦々恐々とした様子のアリアの様子を見て一華は笑いながらその背中を叩く。


「アハハ、これくらいでビビってもらっちゃ困るよアリア。

 一応言っとくけどこれらについて遠慮することはただの一つもないからね。

 最悪自分の動きに合わなかったせいで壊しちゃったとしても何の問題もない」


「壊しちゃうのは……ダメじゃない?」


「ダメじゃない。

 たとえこの後のテストで壊れたとしたら、それは、私たちの問題。

 次期特級のアリアの持つ力に耐えかねたうちの技術不足の問題。

 その力に見合うだけのものを出せなかった私たちの怠慢。

 だから遠慮なく使っていいし、気になるところがあるならすぐに言うように。

 気後れしちゃだめだぞ?」


 ともすれば少々残酷とまで言える表情で語った一華の言葉にどこか胸が救われる。


 ここにあるものは全てこれからを共にする装備あいぼうになるかもしれないもの。

 迷宮での探索は命がけだ。その命を預けるに足る装備なのかは全力で試さねばならない。


 そう考えれば心のどこかにあった遠慮の気持ちもスッとなくなる。


 自分の両手で頬を強めに叩いて気合を入れ直す。


「よしッ!お願いします!」



「その調子その調子!

 それじゃさっそく向こうで着替えようか!

 一条はこっちで着替え手伝って。

 ガランはセンサー類の準備、永田は短剣の方の準備よろしく。その他は計器の確認作業とテスト用のフィールドの設定の確認しといて」


 一華はその場にいた女性職員の一人を手伝いを頼み、他の職員にはこれから行うテストの準備を命じる。


 その場にいた全員がやる気に満ち溢れた様子でその指示に従う。



 次期特級候補とまで言われる強者が、目の前で自分たちの作った装備を十全に使いこなしているのを見るのが楽しみ。


 結局のところ今職員たちを突き動かす原動力はそれだ。


 全員がいきいきと任された作業に戻っていく。



 さっきまで自分たちで計測していたあの力を、自分たちの装備がどこまで押し上げるのかを見てみたい。


 今、計測室にいる人間はそれに夢中になるあまり、ただ一人、ほんの一瞬だけ、薄暗い感情を覗かせた目をしていたことに誰も気づけない。






――――――――――――――――――――――――――――――

拡張パーツ:安いやつだと一パーツで数万円くらいから。逆に高い奴だと数百万とか。特注で作ると場合によってはそれ以上。つまりアリアの装備は……た、たかーい!!

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