50 技術者っていつもこう


 ◆◆◆



「こちらにどうぞ」


「はいッ!」


 アリアが案内されたのは大きな会議室のような部屋。


 中には大人数が座れる数の椅子や大きなテーブルだけでなく、前側には大きなモニターまでつけられている。


 このような場所に入るのは初めてなので少し緊張してしまう。


 そのせいかついつい知っている人間を頼ろうとして後ろを振り返るが、そこには頼りになる存在である白斗はくとさんの姿がない。


「!?!?」


 いつの間にいなくなってしまったのか全然分からない。

 てっきり後ろをついてきているものかと思ったが、振り返ってみたらその姿は忽然と消えていた。

 居なくなったことに全然気づかなかった。


「あの、白斗さんはどこに!?」


 思わず前を歩く女性の職員に声をかける。


 女性の職員は質問をしたアリアに対してゆっくり後ろを振り向いてにっこりとした笑みを浮かべてくる。


 見た感じだとおそらく自身と同年代、さらに同性であったこともあって、なんとなく話しかけやすそうだったのでついつい遠慮なく聞いてしまったが、その表情は思っていたよりも少し大人っぽく感じる。



伏野ふしのさんは所長が用事があると言っていたのでおそらくそちらですね。

 ですが、ご安心ください。鬼嶋さんはこのような装備の提供は初めてだと伺っておりますが、その分、我々が、責任を以て、しっかり、説明、いたしますので」


 静かに、しかしながらどこか蠱惑的で、どこか含みがあるような言い方に少し困惑してしまう。


「……はい。よろしく、お願いします……?」


「ええ。どうぞそちらにお座りください。質問があればいつでもしていただいてくれて構いませんよ」


 言われるがままに席につくと部屋の照明が暗くなり、代わりに会議室の前面に設置されたモニターが起動する。



「それでは!鬼嶋きじまアリアさんへの第一回装備プレゼンテーショ……ごほん、ではなく、説明会を始めさせていただきます。司会進行は牧下兵装第一装備開発部副主任、牧下一華まきしたいちかが務めさせていただきます」


 挨拶の瞬間、目をきらめかせて急にテンションが高くなったが、咳払いをしてすぐに落ちついた様子に戻る。


 さっきも少し違和感があったが、今の一瞬はそれ以上に変だった。


 しかしながら周りにいる職員の人たちはそれに対して何も思っていないようで普通に何食わぬ顔で開始の挨拶に対して拍手を送っている。



 一応周りに合わせて拍手は送るが、周囲の空気に呑まれてしまっている。


 迷宮での戦いであれば大抵のことはすぐに意識を切り替えられはずなのだが、やはりこういった経験が足りないのか、対人で敵対しているわけでもない人たち相手だと勝手が違う。



 ただ、このままではだめだと反省し、この状況もまた修行だと考えることにする。

 特級になれば人前にも出る機会も増える。今まで他者とのコミュニケーションにおいてそこまで困ったことはなかったが、これからのこのようなことが無いとも言い切れない。


 それに何より、自分がこれから身に着ける装備に関する説明なのだからこんな調子ではだめだ、と気合を入れ直す。



 そうして覚悟を決めて顔をあげるとこちらを見てにっこり微笑む牧下さんと目が合う。



 時間にして数秒。

 傍から見れば心の中で覚悟を決めたことなんて分からないようなわずかな時間のはず。


 それなのに、モニターの準備をしていたはずの手を止めて、こちらを見つめてくるその目には、既視感がある。

 つい先ほど見た気がするその目を思い出して、気が付く。



「あの……関係ない質問になっちゃうんですけど」


「はい。構いませんよ」


「牧下さんって、さっきの大吾郎だいごろうさんの……」


「姪に当たりますね。それと苗字が一緒なので私のことは気軽に一華と呼び捨てにしていただいて構いませんよ。同い年ですし」


「あ、はい、わかりました。一華さ……一華、よろしくお願いします。それなら私もアリアと呼んでください!」



 やはり先ほど会った人物の親戚だった。

 ここまででどこか感じていた違和感の正体もなんとなくわかる。


 私はあの目が苦手だったのだろう。人の奥を覗いてくるあの視線が……


 とはいえその正体が分かれば対処もできる。


 要は気にしなければいいだけなのだ。無意識下で感じていた視線も、意識上に捉えた上で無視すればいいだけの話。


 それに同い年で呼び捨てで呼んでも良いと言われたのだ。

 となればもう友達だろう。

 友達であるなら、あの視線も気にはならない。いや、気にしない。



「よし、アリアもまとまったみたいですし、本当に始めていきます」



 そうして私の新たな装備の説明会が始まる。



 ―――――――――――――――



「いや、だから!鬼嶋さんのスペックを考えれば脚は絶対に接地力グリップを重視すべきなんだって!絶対に!」


「馬鹿お前、スペックの話をする前に戦闘スタイルを考えろよ?彼女は高速の近接戦を繰り返すタイプじゃないだろう。となればむしろ脚の機能にはどっしり構えられる耐圧機構をつけるべきだろう?」


「いや、そこについては昨日までさんざん協議したでしょう。ここは本人の意向に沿う形にするって。それよりも短剣の方の話し合いをするべきでしょう」


「短剣なら俺が作ったやつを是非一度試してもらいたい。自信作なんだ。少々癖はあるが、スキルを用いた鬼嶋さんなら間違いなく使いこなせる」


「ぜひ……私の考えたプランにも目を通してほしい……鬼嶋さんの情報を受け取った日から寝ずに考えたんだ……」


「ひひ、それなら僕の考えたやつが一番だよ。まず胴体部分には鞭の動きに合わせて……」



「はいはい。皆さん落ち着いてくださいね。今は皆さんがしゃべる時間じゃないですよー」




 会議室内は騒然としていた。


 説明会が始まってしばらく、それまでおとなしく聞いていたはずの職員の人たちは各々が最適だと思う装備について口を熱く戦わせている。



 それというのもこれから提供されるであろう装備が問題なのだ。



 Sシルバーシリーズ。


 牧下兵装でも一番人気の高い装備シリーズ。


 何を隠そう白斗さんさんの装備——の汎用モデル。



 特注で開発した白斗さんの装備を基に、一般の探索者でも手が出せる値段で、なおかつ高性能なその装備シリーズについては、私でも知っている有名な装備シリーズだ。



 今回はその基礎部分を白斗さんと同じ特注で作っていただけるという話だったのだが、それだけならこの会議室はここまでの騒ぎにならなかっただろう。


 ここまでの騒ぎになっている理由、それはこのSシルバーシリーズの最大の特徴である拡張性の高さのせいだ。



 装備の基礎部分に関してはシリーズの基礎に当たるので変わらない。

 いや、今回は私に合った物を特注で作ってもらえるため、市販で売られている物とは違うらしいが。



 ただ、その上に取り付ける拡張パーツ。

 こちらに関しては別だ。


 牧下の専門店などで取り扱われている拡張パーツ機構は、探索者一人一人が自分に合った装備をより細部までこだわって自分で選べるという点において一世を風靡した。


 スキルを主体で戦うスタイルのものならそれを補助する拡張パーツを、剣を振るう者なら腕にスラスターの拡張パーツを、といったように基礎部分がしっかりとした技術を以て作られているからこそできる自由度の高さによって人気となった。



 そんな自由度の高い拡張パーツについて、特注で作られる基礎部分に見劣りしないようにと、この場にいる職員全員が「自分の考える最強のアリア用装備」を考えてきたことで会議室内は一種のお祭り状態となっていた。



「はい、案の定まとまりませんね。

 皆さんお静かに!ここからはアリア本人の意見を聞きますよ」


「ええ……っと……」



 一華の言葉で会議室内は一気に静寂を取り戻したが……


 分からない。自分にとって何が一番いい装備なのか分からない。


 今目の前のモニターで説明されただけでも拡張パーツの種類は三十種類は超えていた。

 おそらくすべての拡張パーツを合わせると数百くらいあったはずなのだ。


 当然、自分に何が一番合うかの組み合わせなんて分かるはずがない。



 困って一華の方に顔を向けたら、一華はにんまりと笑顔を浮かべる。


「ま、いきなり決めるのは難しいことくらい理解できるし、大丈夫よ。

 そういう時はね。着てみればいいのよ、実際に」




「うおおおおおおおおお」


「生データ!生データ!」


「次期特級の装備!生データ!」


「演習場にカメラ用してあったよなぁ?生データ!!」


「あったりまえだろ。生データ獲れるんだぞ?用意しない訳ないだろうが!」


「ひひひ!急ぐ急ぐ!生データ!」



 一華が発した言葉で再び会議室内には騒がしさが戻ってくる。


 いや、むしろ先ほどまではまだ、装備の種類について議論していたはずの人たちだが、今は狂ったような騒ぎの声をあげているので騒ぎの規模は断然大きくなっていた。






――――――――――――――――――――――――――――――

アリア:登場した人物の中でコミュ力はかなり高いほうだけど、過去の事情含めて友達はほぼいない。かなしいね





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