三章
48 装備の新調
「よし、ハク。行ってきて」
「分かりました」
家の中のトレーニングルーム。
先輩の指示ならお使いだろうが迷宮だろうが行く所存だが、ただ行けと言われただけでは、一体全体どこへ行けばいいのかわからない。
「明日牧下兵装の第一演習場へ行って。
もう向こうには要件は伝えてあるから。
あと向こうで私の注文した商品も受け取ってきて」
先輩が告げた行先は牧下兵装らしい。
となると俺に何をさせたいのかも分かる。
「分かりました。アリア、明日の十時にこの家集合だ」
「!?はいッ!」
アリアはいきなり指名され一瞬驚いたようだが、すぐに理解して返事をする。
元々アリアには装備の新調について伝えていた。
今のアリアの装備はほとんどが一般で売られている物である。
鞭だけは既製品とは違うオーダーメイドのようだが、それ以外の装備は一般の装備の中でもハイエンドモデルと呼ばれるものですらない。
というわけで、俺や
探索者が強くなる方法として一番わかりやすいものは魔石の吸収だ。
一級以上の探索者ならスキルの獲得ができるし、二級と三級も身体能力が向上する。
ただ、強くなるにはそれ以外の方法も当然存在する。
当たり前の常識だが強い装備を身にまとえばそれだけで強くなる。
もちろん、その装備を使いこなせるだけの実力がないと無用の長物にはなる。
だが、逆に実力者であれば、その身に宿る力をより効率的に振るうためにも装備にも気を使わなければいけない。
そのことを考慮すれば、今のアリアの装備は正直全然足りてない。
大抵の一級上位勢になると装備会社とスポンサー契約をしていたり、そうでなくとも宣伝の案件をする代わりに高価な装備を支給してもらったりしていることが多い。
ただ、アリアはそういったことがまったくもって無い。
これはアリアの探索者になってからの経歴を考えれば当然と言えば当然ではある。
なんせ今は特級の候補ではあるが、それ以前は実力はあるが評価が追い付いていないせいで二級探索者だったのだ。
だからまぁ、仕方ないのだが、逆に装備がある程度のものでもここまで強い彼女は本当にすごい。
「一応言っとくけどちゃんとフル装備で来いよー?」
「分かりました!」
とりあえず注意事項だけは説明しておいた。
おそらく向こうで使うことになるだろうが、アリアの場合こういう装備の新調の仕方を知らないだろう。
「それじゃ、もう一本」
「よろしくお願いし、ますッ」
突如として明日の予定が決まったが、そもそも今は訓練の最中。
再会の知らせに返事をしながら同時に訓練用の剣を振り抜く。
―――――――――――――――
「それでは、私はここまでとなります」
ここまで送ってくれた鵜飼さんがそう告げて車を停める。
「ええ、ありがとうございます」
「では、いってきます!」
感謝の言葉を述べながら車から降りる俺とは対照的に、アリアの様子はウッキウキだ。
これから自分専用の装備を貰えるとなればテンションが上がるのは分かるが、それにしたって傍から見てわかるほどに舞い上がってる。
まるで、クリスマスの前の夜の子どもである。
そのままアリアと並んで舗装された道を進む。
今から向かうのは牧下兵装第一演習場——ではなく、その横にある装備開発施設である。
「それにしても、ひっろいですね~ここ」
隣ではテンションが高い状態のアリアが周りをきょろきょろと見まわしながらその感想を口に出している。
「ここは牧下が持つ演習場でもトップレベルででかいところだからな」
「ほへ~。でもなんで装備会社に演習場なんてあるんですか?警備会社ならわかりますけど……」
「現代の装備は従来のものと比べて色々と幅が違うんだよ。
開発した装備の性能テストだったり、そもそも開発段階において迷宮での使用が可能かどうかも含めてチェックしなきゃいけない事が多いから、でかい装備会社は大抵こういう演習場を持ってるってわけだ」
「なるほど」
知っている人間なら割と当たり前に持っている知識でも、アリアのようななじみのない人間からしたらこの場所は不思議がたくさんらしい。
「楽しみですね~。私の新装備!」
「まぁ、牧下の装備は俺もおすすめだ。期待しといていいぞ」
とりあえず期待させるようなことを言っておくが、俺は知っている。
ただ、それはアリアにはあえて言わない。
ここは本人にいきなり体験してもらった方が面白いだろうから。
―――――――――――――――
牧下兵装第一演習場。
牧下兵装が保有する演習場の中でもこの第一演習場は一番広大な土地を擁する施設だ。
牧下兵装は設立者である
元はと言えば、現在探索者協会会長を務める
そんな彼は探索者協会が一定の地位を認められ安定してきた時期に協会をやめ、この装備会社を作った。
理由は
ある意味で才能がなかった白斗を補強するために魔石吸収という手段以外での補助を考えこの装備会社を設立した。
当時まだまだ手探り状態だった魔石を活用する方法も、莫大な金を出して研究者を集めいち早く装備へと組み込んだ。
その後は伏野白斗をはじめとする数人の特級に対してスポンサー契約を結び、装備の開発、提供を行った。
その結果、探索者の装備と言えば牧下兵装という名前が確実に上がるほどの有名な企業となった。
会社のコンセプトは『より安全に、より強く』
誰であっても使えるようにと、特注の装備発注から、協会と提携する支店では初心者であっても手が出しやすい値段の商品までを取り揃えることを可能にした技術力の高さは全世界からも賞賛されるほどであった。
ただ、その企業努力の隠された裏側では『より安全に、より強く』という社是を蹴り飛ばしたくなるような苛烈があることをほとんどの人間が知らない。
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牧下兵装:実は一話で名前が出てる
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