閑話 推し

 ◆◆◆



 ―――――――――――――――


 俺は友禅帆鳥ゆうぜんほとりのファンである。


 探索者というものが世間に認知され始めたのは世界に迷宮が発生してからしばらくたったころだった。

 当時大学生だった俺は、仲のいい友達とまるで漫画のようだと楽しみながら迷宮の攻略にいそしんでいただけだが、彼女は違う。


 彼女はその最初期から探索者という新たにできる枠組みのために陰で力を尽くした正しく英雄と呼べる人物なのだ。

 だから俺は彼女のことが好きである。



 そしてもう一人、俺は伏野白斗ふしのはくとのファンでもある。


 彼の存在はそれこそ初めの方から知っていた。

 最初期から活躍し、様々な場面で見かけることの多かった有名人。


 そんな彼の正体というか、事情を知ったのは自分も特級と言う枠組みに誘われ参加した後だった。



 彼は自分を「噓つきの偽物の英雄」だと言った。



 だが、俺はそうは思わない。

 彼もまた、本物の英雄たる人物だと思う。


 たまたま魔石吸収という才能が有っただけの俺とは違う。

 彼には確かに才能はなかったのかもしれない。

 だが、力を持たないにも関わらず一人の少女のために立ちあがり続けた彼は、むしろ俺よりもよっぽど英雄らしい。


 そもそも彼が立ちあがり続けて、世間に認められなければ探索者というもの自体が受け入れられるのはあと数年は遅れていただろう。

 彼がいなければ今の俺の立場はない。


 いや、すべての探索者の立場は今のようにはいかなかっただろう。


 だから俺は――というか、特級の全員みんなは彼のことが好きなのだ。

 例え力が足りなかろうとも、その立ちあがり続けた功績と勇気を踏みにじるなんて真似はできないのだから。



 ―――――――――――――――



「はあぁぁぁぁ……」


 まったくもって分かっていない。


 探索者協会の連中は本当に初歩的で大事なことを見落としている。


 なぜこんなに簡単なことが分からないのか理解に苦しむ。

 誰が見たって分かるはずの内容なのに、どうしてそれを指摘する者がいなかったのか?


 現状の協会の体たらくにため息がこぼれてしまう。


 確かに数年前から世界はどんどん変化していき、今なお続く異常事態に何とか対処し乗り越えようとしていることは分かる。


 だが、いくら世の中が変わったからと言って何でもかんでもで物事を進めようとすると、確実にどこかでミスが出てくるものだ。



「どうしたんですか?仙洞せんどうさん」


 ついつい出てきた溜息だったが、どうやら隣にいた人物にまで聞こえていたようである。


「いや、なんでもない。それよりも友禅はこの仕事に不満はないの?」


 この仕事とは、駒場こまば会長から直接依頼。


 どうも最近出てきた白黒の魔石についての調査を依頼されたわけだが、選ばれた人選は自分と友禅のみ。


「不満は……まぁ……」


「まぁ、そうだよなー。いつまで続くか分かんない依頼で伏野と引き離されるのはつらいよなー」


「ッッ!?いや、ハクは……その……関係……無いことも……ないけど……」


 どうやら友禅も友禅でこの依頼には思うところがあるらしい。

 まあどう考えても不満はあるだろうとは思っていたけど。



 もちろん仕事として引き受けた以上、不満だからという理由で手を抜いたりはしない。そこは友禅も同じだろう。

 だが、正直言って不満なものは不満である。



 いや、わかるよ?

 この状況特級の中でも色々巻き込まれるタイプな俺と、外に顔が知れ渡ってない分自由に動かして調査とかに使いやすい彼女の二人で動かせば、何とかなりそうって思う探索者協会の気持ちはわかる。


 どちらも特級。その二人を動かせば万が一にも返り討ちにされることなんてないだろうし協会も安心して任せてきたのだろう。


 さらに言うなら、それ以外の特級が忙しいというのもわかる。

 大抵のことはできる特級とはいってもそこには向き不向きがあるのも分かる。



 だが、だが……いくら何でもこういう時に友禅と組ませるべきなのは自分ではない!


 断じて!この状況で隣にいるべきは!俺では!ないッ!



 協会本部の人間……というか、主に駒場会長はもうちょっと常識的に組ませるべき人間を考えてもらいたい。



 何をどう考えたって、友禅帆鳥と組ませるべき人間ならば、誰を差し置いてでもまず間違いなく伏野白斗以外は考えられないだろう。



 なぜそれが分からないのかが分からない。



 この世の中においてあれほど尊い一組はそうそうお目にかかれない。


 それほどまでにあの二人の関係性は素晴らしい。


 俺なら間違いなく二人で行動させる場面があるならこの二人に行かせる。

 その上で俺はこの二人を取り巻く空気にでもなりたい。



 俺はそれぞれ二人について個別にファンなのだが、あの二人の組み合わせのファンでもあるのだ。


 友禅は伏野を守るためにその力を振るい、伏野は友禅を守るために人前に姿を晒す。

 お互いに強さの分野が少し異なっているからこそ相互に助け合える。

 お互いがお互いのために動き合う。


 んんん!なんとも素晴らしい!



 あの二人のおかげで今の俺があると言っても過言ではないのだ。

 ともなれば、俺はあの二人の関係を是が非でも応援しなければいけない。



 そう!もはやこれは使命であると言ってもいい!



 それなのに……それなのに……


 本当に駒場会長は分かってない……


 状況を読んだりすることはめちゃくちゃ得意なのに、たまに人間関係が何たるかを理解されてないようなやらかしをしてしまうのは本当に残念でしかない。


 今度恋愛小説でも差し入れてあげよう……



 そう思いながら立ち上がる。

 不満はあれども仕事は仕事。

 正式に文句をつけるためにも今の仕事は完ぺきにこなさなければいけない。

 

 さしあたっては、一番最初に襲撃されたポイントまで向かうとしよう。



「そろそろ移動するけど、いいかー?」


「いや、その、ハクのことは確かに……あ、はい分かりました」


声を掛ければ後ろでまだあたふたしていた友禅も気を持ち直す。


正直伏野関連で慌てている彼女を見ているのは楽しいが、これから仕事だ。

また休憩時間になったら最近の伏野との調子を聞いたりして栄養補給をするとしよう。




 ◆◆◆






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仙洞常夜:厄介カプ厨お兄さん。本人の恋愛観的には好みのタイプは自分の周りで起きる事故とかに巻き込まれても一人で対応できる自立した女性。

なお、そんな奴ほとんどいないため現在彼女無し。


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