閑話 ファンサ
「視線お願いしまーす」
「すみません次こっちお願いします!」
「目線くださーい」
次々にたかれるフラッシュに対して表情を崩さずに対応し続ける。
目の前にいる人たちは報道陣であるため、当然嫌そうな顔なんてせずに少しずつ表情を変えながらそれぞれのカメラに顔を向けていく。
「すみません。カメラはここまでとなりますのでご遠慮ください」
周りにいたスタッフが声を張り上げてカメラマンたちを止めにかかる。
その声を聴いて俺も会場の出口に向かって歩き出す。
会場の出口付近は強面の屈強なマッチョマンによって防がれているが、俺が近づけばマッチョマンたちも静かに道を開けてくれる。
気分は……あまりよくない……
こういう場では警備員のような人たちは有事の際以外はこちらに対して干渉をしてこない。
だが、この扉の前に立つ二人の警備員の内の一人からはどことなく視線を感じる。
こちらをにらみつける様な圧は感じないが、何かを探ろうとしているような気配を感じてしまう。
ある意味ではこれも探索者となった者の弊害でもあるだろう。
魔石を吸収した人間は強くなる。
そして、強くなるのは何も運動能力だけではない。それに呼応するように感覚機能だったりも上がったりする。
当然人によって極端に伸びる分野が有ったり、全体が満遍なく上がる人もいるが、上がり方に差はあっても、従来よりも能力が上がることに違いはない。
それに加えて迷宮という現代においてなかった闘争の場に身を置く者たちならば周囲の環境の把握や、周りの生き物の気配に敏感になることもある。
例え魔石を吸収できない五級や四級の探索者であっても迷宮で活動する者ならそういった感覚をつかむ者たちもいるだろう。
そうなってくると日常生活でも違いが出てくる。
今までなら分からない細かな他人の動きだったり、視線を感じとれるようになったりもする。
今もすれ違う瞬間に感じたようなこちらをどこか値踏みするかのような視線は敏感に察知できてしまう。
仮にここが迷宮ならば相手の実力を測ろうとする行為とは、すなわち相手との敵対を選ぶという事にもつながるのだから。
昔なら多少みられてようが全く持って気にならなかっただろうが、なまじ能力が高くなってしまった今の俺にはそれが分かってしまう。
でも、同時にそれは仕方ないことだとも思う。
警備員側に敵対する気が無かろうとも、もし万が一何か起こったときに、この場にいる最高戦力である『
なんせ今は魔石吸収によって個人の持つ力が高くなっている時代だ。
仮に襲撃なんてあった場合に相手の戦力なんて、従来の人間一人がフル武装した状態とは比較にならないくらい天井が高い。
いや、もはや天井が高いというよりも天井がないと言った方が正しいかもしれない。
才能が有ってやろうと思えば個人がどこまでも強くなれる可能性がある時代なのだ。
だから、警備員に変な視線を向けられても文句は言わないし、やめろとも言わない。
別に警備員が特別悪いとも思わない。気づいてしまったのはこちらの能力が高いからで、普通ならそんなことに気づかない訳だし。
しいて言うなら時代が悪い。時代が……
心の整理を着けながら廊下を歩いて用意された控室に到着する。
中に入ってもここが家では無い以上完全にリラックスできるわけでは無いが、多少落ち着くことはできる。
この後も仕事は入っているし、変にもやもやした気持ちを抱えたままでいるのはよくない。
本来であれば控室でも外は外なのであまりやらないが、ここは
可能であれば電話したい……というか普通に会って話したいのだが、おそらく今日は無理だろう……
ああ……先輩が足りない……
とりあえずスマホを取り出して秘蔵の写真フォルダを開く。
先輩は基本的に写真に写りたがらない。
撮ろうとすれば高速で移動してしまうことも多いし、例え寝ている時であってもカメラを向けた瞬間になぜか察知されてしまう。
だから基本的には撮れない。
何とか撮れる写真は料理の写真のついでにその奥にいる先輩を取ったり、風景の写真を撮ると見せかけて撮った写真等、基本的にはほぼ盗撮と言ってもおかしくないアウトなものになってしまっている。
ただ、そんな先輩でもごくごくたまに写真を撮ってもいい瞬間が訪れる。
何が条件なのかは未だに分かっていないが、なぜか訪れるその瞬間は写真を撮っても逃げないどころか、カメラに向かって笑顔を向けてくれる最高の瞬間となる。
そんな先輩を収めた秘蔵フォルダを開いて心に平穏を取り戻す――予定だったのだが、唐突に部屋がノックされる。
思わず出そうになった舌打ちは収めて、部屋に取り付けられた鏡を見る。
顔ヨシ、服装乱れナシ、表情怒りナシ。
うむ、完璧である。
外面が張れていることを確認して部屋の扉を開ける。
「……?どうかしましたか?」
そこにいたのは、この会場の責任者として挨拶してくれた男性。
あと警備の服を着た白髪の男性。
そして、先ほどこちらに変な視線を向けてきた警備員の男性の三名だ。
特に用事もなかったはずなのでなぜ部屋に来たのか分からない。
まだこの会場の責任者の一人だけなら最後に挨拶という事で分かるが、他の二人に関しては本当になんでいるのか分からない。
どういうわけか訝しんでいると責任者の男性——確か
「いやぁ、伏野さんもお休みの最中に申し訳ありません。
もしお時間がよろしかったら挨拶にと思いまして……」
「はぁ……それはどうもご丁寧にありがとうございます」
この人はまだ分かるが、後ろのマッチョ警備員に関しては何でいるんだろう……?
そう思いながら視線を向けるとそれに合わせて白髪の警備員の男性が一歩前に出てくる。
「あ、どうもすみません。本日警備を担当させていただきましたフレアセキュリティの警備主任、
わざわざお時間お借りしてこう頼むのも申し訳ないのですが、どうしてもうちのものが挨拶したいというので……よかったらお願いします」
そう言って隣に立っていたマッチョ警備員を前に出す。
どうやら本命はこの人らしい。
「お、俺!フレアセキュリティの
その、俺、伏野さんのすげぇファンで、あの……」
「落ち着け、五十枝……」
「あ、すぅ……すみません……」
「いえ、大丈夫なんで落ち着いてください……?」
何やらものすごくしどろもどろになって上司であるらしい沢城によって止められたが、どうやら俺のファンらしい。
わざわざ挨拶に来るとは珍しいが、今までもそういった人がいなかったわけでは無い。
「ふぅー……すみません。ちょっと舞い上がっちゃって。
その、昔から伏野さんにはすげぇ元気づけられてて……
昔の俺はほんとなんもできない木偶の棒だったんですけど、若いのにすげぇ活躍してる伏野さん見て自分もやんなきゃってなって、今ではこうして警備員してるんすけど……今日も近くで見させてもらってなんというか、覇気みたいなのもほんとにすごくて……」
「それは、ありがとうございます」
うん、なかなかの熱量だ……
正直男性でここまでの熱量をぶつけてくる人は珍しいと言えば珍しい。
あの視線も近くで俺の実力を測りたいとか、そういう事だったのだろう。
こういう人はいないわけでは無いが、どちらかというとこういう人は女性が多いイメージがある。
顔が良いから……いわゆる顔ファン的な子が多いイメージだ。
「そんで、その俺今、二歳の息子もいるんですけど、息子も伏野さんの動画が好きで、見せると喜ぶんですけど……その……よかったら何すけど……
サインを!書いてもらってもいいですか?」
まぁ、だろうとは思った……
もうなんとなく何を言われるか大体わかってた。
もう話の途中で分かってたから近くにあったペンをすぐに手に取って近づく。
「かまいませんよ。何か書くものとか持ってます?」
「あ、よかったら何すけどこっちの色紙と、それと……この帽子の方にもいいですか……」
そう言いながらマッチョ警備員改め五十枝は上司である沢城の方をちらりと見る。
おそらく、帽子は会社の備品だろうしあまりよくはないのだろう……
「はぁ……今回だけだぞ……その帽子はお前が買い取れよ?」
「ッうす!ありがとうございます!」
そんなやり取りを見ながら色紙と帽子にサインをしていく。
もうサインを書くのも手慣れたものだ。
「あ、よかったら一緒に写真でも撮ります?」
「うぇ!?いいんですか?」
「アハハ、ここまで来たらいいですよ」
わざわざ挨拶にまで来たんだからこれくらいやってもいいだろう。
それに俺は帆鳥先輩と違って写真を撮られることに特に抵抗はない。
「それじゃ!お願いしますッ!」
差し出されたスマホを受け取ってカメラを起動してツーショットを撮れるように近づく。
「そんじゃ、行きますよ。3、2、1、はいチーズ」
ちゃちゃっと撮って確認してスマホを返す。
うん、満足してくれたようだ。
よかったよかった。
「あの……すみません。よかったら私も一枚いいですか?」
「あ、私もできれば……孫に自慢したくて……」
どうやら、松田さんも沢城さんもツーショを撮りたいらしい。
もういいよ、いくらでも撮ってあげるよ……
休憩時間はなくなるが、まぁ、こういうことをしてもいいだろう……
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今回の閑話は時系列的には本編開始のちょっと前くらいです。
普段の白斗ってどんな感じなの?的な話でした。
次の閑話は帆鳥先輩のエピか三章の先出しで仙洞さんのちょいエピのどっちを書こうか迷ってます。
どっちかが出ます。
それと、初めてギフトをいただきました!
送ってくださった方、本当にありがとうございます。
初めていただいたので本当にモチベーションにつながります!
ギフトを贈ってくださった方向けにちょっとしたエピソードだったりとかを出そうとも思うので、もう少しだけ待ってください!
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