46 トレーニング相手


「反応速度はいいけどッ!フェイント全てに反応してちゃ対応が遅れるぞ!」


「ウッ……ぐぅ……」


「必要ない情報に反応するな!的確に読み切ってさばけ!

 ほらッ!背中ががら空きだぞ」


「!?あいっったァ」


 家のトレーニングルーム。

 特級相当の人間が自由に動き回れるだけのスペースと耐久性を誇るほどの設備を擁した場所で実戦形式の訓練を行っている。


 今までここを使うのはこの家の住人しかいなかった。


 というか、主に俺だ。

 帆鳥ほとり先輩は俺に付き合うときくらいしか使ってないし、鵜飼うかいさんは極々たまにしか使わない。


 そんなトレーニングルームは最近になって新たに使う用になった人物がいた。


「うぅ……やっぱり白斗さんが弱いとか全然嘘じゃないですか……」


 そう、アリアである。


 発端はこの前の話し合い。

 帆鳥先輩によって俺の実力が明かされたことで、俺は本来の実力を嘘偽る必要がなくなった。


 そして、実力を偽る必要がなくなったのならばちょうどいいとアリアとの実戦形式での合同訓練が行われるようになったのだが……


「いや、この前の先輩は言いすぎだと思うけど、普通に弱いぞ……俺は……」


 俺が弱いことが問題になっている。

 いや、まだ問題になり始めてはいないがこれは時間の問題でしかない。


「えぇ……?」


「そもそもの話だが、俺はこれでも六年探索者を続けている人間だ。

 それもただの探索者じゃない。常に本物の特級である帆鳥先輩と行動してきていた人間だ。

 それなのにこの弱さなのは……明らかに俺の才能が足りていないからだ……」


 アリアに対して俺が弱いという事実を教えているだけだが……なんというか、自分で言ってて悲しくなってくるな……


「でも、普通に私より強いですよね?自分で言うのもなんですけど私ってそんなに弱いですか?」



 まあ普通に考えれば俺に勝てないアリアは俺以下だと思ってもおかしくないが、見るべき本質はそこではない。


「ちがう。成長率の話だ。

 もう一度言うが俺は帆鳥先輩と一緒にいた人間だ。そんでもってあの人が手に入れた魔石を俺も吸収させてもらっている。

 それなのにも関わらず、俺の実力は今の段階でアリアに勝てる程度でしかない。

 正直俺単体だと一級の最上位……『刃岳』とか『蛙侍』のチームに勝てるかどうか程度だし、何なら迷宮ででキャンプしてるふざけた野郎と同レベルくらいだぞ」



 才能が有る人間であればアリアに勝てる、程度では済まない。

 普通なら圧倒的に差が開いてないとおかしいはずなのだ。


 それだけ魔石の吸収によって得られる恩恵はでかい。



 魔石の等級は何もスキルを得られるかどうかだけで決められているわけでは無い。

 その魔石に内包されたエネルギーが多ければ多いほどその等級は高くなる。


 帆鳥先輩と共に行動するという事はその中で得られる魔石の等級は自然と上がることになる。

 基本的な活動場所が領外地帯アドバンスド・エリアともなればそれは当たり前だ。


 そこで得られる魔石を吸収させてもらう。

 いわゆるドーピングやブースティングと呼ばれる行為だが、これは別に禁止されているわけでは無い。

 無論完全に自由にやっていいわけでは無いが富裕層なんかの出で探索者になろうとする人の場合は金で等級の高い魔石を買って吸収して力を得ることなんてざらにある。


 そして俺の場合はそこらの富裕層なんかよりもよっぽどな環境にある。

 帆鳥先輩によってもたらされる最上位クラスの魔石、特級と言うにふさわしい収入で作られたトレーニング設備、そして特級自らが稽古をつけてくれて、特級と共に危険な場所での実戦経験。

 どれだけ金を払えばこんな環境が作れるのか不思議なほどに贅沢な環境に数年身を置いているにも関わらず、俺の実力はお察しである。



 今はギリギリ経験の差でアリアにも有利を取れているが、アリアの成長率を鑑みればすぐにでも抜かれるだろう。



 なるべくわかりやすく説明したつもりであったが、アリアは納得がいっていないのか座り込んだまま唸っている。


「いや、でもですよ?魔石の吸収で強くなってもこの前の領外地帯アドバンスド・エリアでの脱出の時の白斗さんみたいな動きって真似できそうにありませんでしたし、めちゃくちゃ強そうでしたよ?」



「そこは、まぁ、それこそ経験の差だろうな。領外地帯アドバンスド・エリアでの活動歴だけで言えばそこそこあるし……

 あとは装備の差もあるだろう。今の俺の装備はスポンサーがついてるから俺専用にカスタマイズされてるし、何よりあの剣はそこらで売ってるような代物じゃない」


「むむむむ……」


 あの剣は特別だ。

 今は俺の二つ名にもなっている『白銀剣シルバーファルクス』。

 正直あの武器一つだけで俺以上に価値がある……と言っても過言ではないくらいすごい代物だ。


 今は訓練なので形や重さを模した木刀だが、やはり本物でないと少し手が寂しい。


 そう思いながら柄を握り直して気を入れ直す。


「それよりいつまで座り込んでんだ?はよ立て。もう一本だ」


「うぅ……白斗さん……なんか急に厳しくなりました……?」


「俺も弱いけど、そんな俺に負けてるようじゃアリアもダメだからな……

 最低限次に事が動くまでに俺を超えるくらいはしてもらわねえと困るだけだよッ!」



 そう告げながら立ち上がったアリアに向かって剣を振り下ろす。

 開始の合図などいらないだろう。不意打ちだろうが反応してもらわないと困る。


 そう思って全力で仕留めに行ったが、ギリギリで短剣を挟み込んで防いで、すぐさま逆の手で鞭による攻撃が繰り出される。


 背後から迫る鞭を一歩ずれて回避しつつ、足元を払うように剣を振り抜くために少し身をかがめ、そのまま剣での攻撃……をせず、跳ね上がるように身を起こしてハイキックをかます。


 が、それも読まれていたかのようにアリアも身を後ろに引き、逆に鼻先をかすめそうになった蹴り足に鞭を巻き付ける。


「げっ……」


「よい、しょおぉぉ!!」


 そのまま鞭に引かれるように投げ飛ばされる。

 途中で方向転換して壁に着地して何とか体勢を立て直す。


 さっきまでの反省点を修正してきたのか、もうフェイントすべてにはひっからなくなった。



 うーん……やっぱすぐに追いつかれそうなんだよなぁ……



 ―――――――――――――――


 ◆◆◆


 ソファに座りながらいくつかのタブレットやノートパソコンを開いて操作する。

 基本的には取らなければいけない連絡は少ないし、私が目を通す必要がないものはこの家の鵜飼さんが大抵処理してくれるのでいつもは楽だが、今の時期はそうはいかない。

 協会からまだ指示は来ていないが、意見を仰ぐような質問はいくつか届いているのでそれについて報告書をまとめる。



 しかし、そのうちの一つのタブレット端末には仕事には関係ない映像——この家のトレーニングルームの様子が映し出されている。


 そこに映る二人は互いに何かを言い合いながら動き回っている。


 どうやら二人を組み合わせて修行させるのは順調そうである。



 本来であればハクの相手をするのは私だが、実力的にも今はピッタリの相手がいるのでしぶしぶやらせている。


 あれがぽっと出の女であれば譲る気はなかったが、彼女は――アリアちゃんはいい子だ。


 過去に救った子だと気づくのに時間はかかったが、「強くなれ」といった言葉を実行してきた彼女には好感が持てる。

 それに何より――ハクに対して色目を使わなかったあたりがいい子ポイントが高い。


 二人が万が一変なことをしようとしたら即座に乱入しよと思ってトレーニングルームの映像をつけていたが、どうやらそんな心配はないようである。

 ハクもハクで相手が女の子だからと変な気遣いを持っていないから大丈夫だろう。



 そう思って視線を別の端末に移動させると、ちょうどその時一通のメールが届く。


 差出人は探索者協会本部。

 それも今回の白黒魔石に関して信頼できる物だけを集めた対策部署から。



 嫌な予感がするが、それでもメールを開いて中身を確認する。




仙洞せんどうさん……また襲われたんだ……」



 大変そうだが、あの人なら大丈夫だろう……


 あの人いつも何かに襲われてるし……






――――――――――――――――――――――――――――――

仙洞:昔から巻き込まれ体質。昔はよく事故にも巻き込まれるし、現在はよく襲い掛かられてる。初期の迷宮発生にも当然のように巻き込まれてる。こわいね

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