45 見せてもいい嘘
◆◆◆
あの後病室での話し合いはお開きとなり俺と
アリアを連れて……
まぁ仕方がない。
他の候補者たちにはそれぞれの師匠に当たる特級が説明とそれを他言しないようにしてくれるといったが、アリアに関してはその師匠枠が俺なのだ。
説明責任は俺にあるし、何よりアリアの言動から考えると帆鳥先輩にも関係がありそうだった。
だからこそ詳細な話し合いを行うために家に連れて行くのがいいかと思ったが……
先ほどからアリアの様子がおかしい。
ちょくちょく様子をうかがっているが意気消沈したかのように下を向いていた次の瞬間には気合を入れた顔で前を向いてるし、かと思ったら少し目を離したすきに泣きそうになっていたりする。
どう考えても情緒不安定だし明らかにヤバイ。
「大丈夫ですかね?アリア……」
「うん。ちょっと心配……」
かくいう先輩もいつもと比べると少し不安定だ。
いつもは泰然としていることが多いし、先輩が焦るような状況に陥る方が珍しいが、今は何かに焦っているようにも見える。
いや、何に焦っているかは大体わかる。
病室でのアリアの口ぶりから察するにいつの話かは分からないが彼女は先輩に助けられたのだろう。
ただ、先輩はおそらくそれを覚えていない。
先輩も記憶力はいいほうだがそれでも過去に救った人のことをすべて覚えているわけでもないだろう。
だからまぁ、仕方ない話ではあるのだが、それは助けた側にとってはの話だろう……
俺だって命の恩人である先輩に再会して「誰?」とか言われたら泣く自信がある。
この後の話し合い……めちゃくちゃ気まずくなりそうだなぁ……
―――――――――――――――
家に着いたらすぐに中から
そして今はリビングで話し合いが行われようとしていた。
そう……話し合いが行われようと……していた。
既に席に着いてから十分以上経過しているが、いまだに会話を両者切り出さない。
俺と帆鳥先輩は隣同士に座ってアリアがその対面に座っているが、俺以外の二人は先ほどから微動だにしていない。
というかここに向かうまでも二人の足取りは重そうだった。
ここは俺が司会進行役で話を切り出すべきか。
いや、でも実際の問題は二人で起きてるし……
帆鳥先輩は人見知りなタイプなのは知っていたが、アリアの方は割と誰とでも仲良くできるタイプだと思っていただけに今の沈黙は大誤算である。
どうしようか悩んでいるとリビングの扉を開けて鵜飼さんが入ってくる。
「お茶をお出しするのを忘れておりました。申し訳ありません。
それと……こちらを」
三人が座る前に素早くお茶をセットさせ、そのまま流れるようにタブレット端末を俺と帆鳥先輩に渡してくる。
この家への来客は少ないとはいえ、いつもなら一瞬でお茶の用意など済ませる鵜飼さんが遅れた理由はどうやらこのタブレット端末を準備していたのだろう。
そのままタブレットに視線を落として表示されている資料を読む。
最初に書いてあるのは
それらを読み込んでいくが別段おかしなことはない。
いや、実績を上げるスピードはおかしいっちゃおかしいんだけど……
そのまま読み込んでいき別の項目にも目を通す。
次に書いてあるのはおそらく調べられる範囲での彼女の過去について。
量はそれほど多くはないがそれでも十分そこらで調べてまとめられる量ではない。
おそらくは俺が彼女を担当することになった時点で鵜飼さんは独自に調べたりしていたのだろう。
こちらも書いてあること自体には違和感はないが、その記述は最も古い時点で四年前のものしかない。
そして次のページからは別の資料。
こちらは帆鳥先輩の過去のデータだ。
と言っても個人情報ではない。
こちらは過去の戦歴のようなものだ。
その中でもおそらく今回重要となる部分が赤く示されている。
そしてそのまま鵜飼さんが調べた中で気づいた推測のようなものが書かれているが……
これは……
書かれている内容を見て驚いた。
四年前の出来事と合わせれば確かに納得のいく推測だが、もし仮にこの推測があっているのならば彼女は――アリアはおそらく……
隣を見れば先輩はいつも以上に目を見開いて資料を凝視している。
いつもなら資料なんて先輩の方が早く読み終わるはずだが、おそらく先輩はその時の記憶を思い出そうとしているせいだろう。
そして何かを思い出したかのように顔を上げ、アリアのことを正面から見て恐る恐るといった感じに口を開く。
「もしかして……四年前の……天楼園の事件の時にいた子?」
その言葉を聞いた瞬間アリアは驚きと、そして一種の喜びのような表情を見せながら大きく頷く。
「はい……はぃ……そうです……うぅ、ぐすっ、あの時、あなたが銀の剣ですべてを切り裂いてくれたおかげで助かりました。
そして、その時に強くなれと言われたのは……私ですぅ……」
やはりそうだったか……
天楼園の事件はかつて行われた魔石に関する違法な実験を行っていた大規模組織を一部の特級含む最高戦力でつぶした事件だ。
確か被害者のほとんどが子供で――そして加害者のほとんどはその子供の肉親だったというなんとも胸糞悪い事件だったはずだ。
「そう、強くなったね。アリア」
「う、うわぁぁぁああん」
色々と思い出して何とも言えない気持ちになっていると隣では泣きじゃくったアリアが帆鳥先輩に飛びついてその顔をうずめていた。
先輩も避けようとせず飛びつかれるがままに受け入れて頭をよしよししている。
なんともうらやましい……じゃなかった、微笑ましい光景である。
そんな中先輩は何かに気づいたのかハッとした表情を見せてアリアをみつめる。
「もしかして、そういう事ならハクを師匠に選んだ理由ってあの剣が理由なの?」
「あ、はいぃ。そうですそうです。白銀の剣と言えば英雄伏野白斗の武器って感じでほかに有名な人がいなかったですし……でも私を助けてくれたのは女の人だったし……ってなって。
それで白斗さんに近づけば同じ剣を使っている強い女の人の知り合いがいるんじゃないかと思って探索者になりました!」
「ふんふん。あの剣が目的だったと?」
「はいッ!」
「それ以外のことでお近づきになりたかったとかじゃないと?」
「?はいッ!」
「うんうん、いい子だ。いい子いい子」
一瞬前まで目の前の強くなった少女を見て優しい表情で言葉をかけていた先輩が、慈愛の女神かと見まがうほどの笑顔で「いい子いい子」と言いながらアリアの頭をなで繰り回している。
しかし、なるほどなぁ……
俺を志願した理由がこの剣だったとは驚きである。
確かに数年前までは帆鳥先輩が使っていた。
人前に出るときだけ俺が装備していたわけだが、先輩が使っていたことを知っている人物がいるとは思わなかった。
これには驚きであったが同時に朗報でもある。
アリアは伏野白斗の『強さ』という空想上の嘘に騙されて志願したわけでは無い、という朗報が。
そしてそれに気づいたのは俺だけではなかった。
おそらく同じタイミングで先輩も気づいてる。
今目線があっているのはこれに関してのアイコンタクトを取ろうとしているのだろう。
俺としては何も問題などない。
事ここにきて俺が弱いという事実がお披露目されようとさほど痛手になることではない。
第一ほかの候補者たちだってそれぞれの
ならばこちらも躊躇う必要はない。
というわけで、やっちゃて下さい!!帆鳥先輩!
アイコンタクトが通じたのだろう。先輩は小さく頷くとアリアを撫でている手を止めるて声をかける。
「それじゃ、もう分かってることかもしれないけど……ハクは実はめっちゃ弱いよ。
それはもう特級なんて呼べるレベルじゃないくらいに。
何ならアリアよりも弱いかもね?」
「え……」
「んん?」
帆鳥先輩から唐突に告げられた言葉によってなでられているアリアの動きが一瞬止まる。
そして俺も固まる。
いや、ちょっと言いすぎじゃない?先輩?
事実かもだけど、もう少し手心というかなんというか……ねぇ?
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