43 知らない人


 ―――――――――――――――



 始まりは五年前。


 探索者という役割ができて一年ほど経ったあの日、俺は一度死んだ。


 正確には死にかけた。



 当時はまだ迷宮を攻略できる人材が少なく、その役割をごく少数の才能の持ち主に依存していた。


 そのせいでその少数に対して世間は責任を背負わせだした。

 その少数の人たちのおかげで何とかギリギリのところで踏ん張れているにも関わらず、出てしまった犠牲に対しての責任も求めだした。

 誰のせいかなんてわからないのに強大な力を持っていた個人を迷宮発生の原因だと決めつけて。



 だから、俺は必死に動く先輩の代わりに表に立ち、少数の賞賛と同時に多数の罵声を受け止め続けた。

 それが俺の命の恩人に対してできる最大の報いだと思ったから。



 世間は見事に騙されてくれた。

 探索者協会の大々的な宣伝。

 それに加えて俺の容姿が役に立った。


 俺を批判する声はなくならなかったが、同時に俺のファンを公言する人間も出てきた。


 順調だった。

 いや、順調すぎた。


 俺を英雄だと勘違いした世間は次第に俺が迷宮内でどのような活動をしているのかを詳細に知りたがった。

 人は未知に対しての恐怖を感じるのだろう。


 だからこそそんな場所で活動できる人間に活路を求めた。


 俺はそれに乗った。

 探索者協会もそれに乗った。

 これを機に迷宮とは何かを知ってもらい、探索者という立場をより強く補強するために世間からの要望に応えようとした。



 そして――死にかけた。



 当時発生していた外観アウター型迷宮に赴いた俺と先輩を襲ったのは、迷宮という超存在の悪意。

 初めて見る迷宮の進化。

 領外地帯アドバンスド・エリアへと変貌した迷宮において、俺はなすすべもなく死にかけた。

 そんな俺を守ろうとして先輩も死にかけた。



 本来であれば二人とも死ぬか、もしくは俺だけ死ぬかの道しかなかった。

 二人とも生き残れたのはたまたまだ。



 あの時たまたま領外地帯アドバンスド・エリアで倒したボスの魔石がむき出しの状態で俺の前に転がっていた。


 目の前に転がっていたボスの魔石ちからのかたまりに手を伸ばして一時的な力を手に入れたおかげで何とか状況を立て直せた。


 だが、それは一時的な力の借り受け。

 本来直接魔石を吸収することができない俺が無理やり行ったその行為は数時間後に確実に俺の命を奪うはずだった。


 そうならなかったのはひとえに先輩のおかげだ。

 先輩が命がけで俺を救ってくれた。

 今考えても奇跡としか思えないほどの命の綱渡りの結果、俺は何とか命をつなぐことができた。

 それは先輩の力を削るようなものだったのにも関わらず、それでも先輩は何の躊躇もなく俺を救ってくれた。



 先輩が救ってくれたからこそ今の俺は生きている。

 一度死にかけて特殊な方法ではあったが何とか生きながらえた俺は、無理やりな方法ではあるが本来不可能な直接の魔石吸収も、それによるスキルの取得もできるようになった。



 そして、不可能を成し遂げた代償に俺は黒の魔石を保有する存在となった。



 黒の魔石は本来あり得ない。

 あれは本来のその人がもつ才能や能力以上を欲し、手を伸ばした者に与えられる罪の証だ。

 多くを望む強欲に課される罰でもある。


 深く考えなければ直接魔石を吸収できない者にも新たに才能を与えることができる手段なのかもしれない。

 ただ、俺も先輩も五年前の一件以降新たに黒の魔石を生み出したことは一度もない。

 他の誰かに教えることもないだろう。

 単純に危険だからというだけでなく、倫理的にするべきではないと判断しているからこそ黒の魔石は罪の証だと思っている。



 だからこそ、突如として現れた白黒の魔石には嫌悪を感じるのだろう。


 多くを得たいという欲によって生まれた黒の魔石だからこそ、それを手に入れるのにどんな犠牲を払う必要があるのかが想像できる。


 あまつさえ、それをモンスターの魔石と混ぜ合わせた白黒をの魔石を生み出すこと自体がどれはどの汚い欲と邪悪な願望によるものなのか。



 想像しただけで吐き気がする。




 ―――――——————————



 怒りが漏れ出そうになる俺の肩にふと手が乗せられる。

 後ろを振り向けば帆鳥ほとり先輩と目が合う。


 どうやら俺はあまりの事態に我を忘れそうになっていたみたいだった。


 そして、先輩の手は落ち着く。

 いつでも俺を元の位置に戻してくれる先輩はやはり偉大である。

 とりあえず深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


「……すみません。続けてください」


 頭を軽く下げながら言うと、全員から少し心配そうに見られた。


「うむ。では続けよう。

 まず白黒の魔石についてだが、特迷二課も入れて引き続き調査は続行する。その製法、用途、これらを作った敵についても総力を挙げて調査する。

 それと同時に探索者協会の内部に関しても調査を入れるつもりだ」


「ふむ……つまりは……」


「スパイがいる……と」


 空霧そらぎりさんの言葉に続いて野水のみずさんが苦々しげな表情を見せながら会長の言葉の意図を告げる。


「ま、だろうなって感じだな」


 朱王すおうさんはあっけらかんとした物言いだが、その顔を不愉快そうに歪めている。


「ああ、そうだ。

 出来ればあってほしくはなかったことだし、これまで気を付けてはいたが、今回の同時襲撃を考えればいないと考える方が難しいだろう」


 駒場こまば会長も眉間を抑えながら吐き出すように言い切ってから顔を上げる。

 そして覚悟を秘めた瞳でこの部屋に集まる全員を一瞥する。


「相手は今回の件を以て我々への完全な敵対を示した。

 我々が屈することはひいては社会秩序への悪影響だと考えている。

 今まで君たちが守り抜いてきたもののためにも敵は撃滅する!

 すまないが皆の力今一度貸してほしい!」


 力強い宣言と共に会長が頭を下げる。



 それを聞いた全員が決意を決めた顔をしている。

 俺もそうだ。


 言われずとも敵を許す気はない。

 ただ、会長が頭を下げてまで願い立ってくるのであれば念入りに、その毛先の一本すら残さぬように消し飛ばそうと決意が固まる。



「これからの動きに関しては早急に決めて通達を出す。

 何か疑問点があればいつでも構わん。私か野水に連絡してくれ。

 ここで話した内容、特に白黒の魔石に関しては他言無用だ。

 もし仮にそれらに関する情報が入ったならそちらも真っ先に連絡してくれ」


 そう言い残して会長は病室から出ていく。

 いつになく覚悟の決まった会長だった。

 あんな顔は迷宮発生初期の異常事態の連続した時でもそうそう見ることがなかったことを考えれば、今回の敵がどれほど異常な敵なのかも見えてくる。


 だが、問題ない。既に覚悟は決まっている。

 俺は何があってももう揺るがないだろう。



 ―――――――――――――――



「その……自分の実力不足のせいで、迷惑をかけてしまいました……すみません」


「うちも……すみませんでした」


 会長が去った病室。

 木戸きどさんと九重ここのえさんは空霧さんに対して申し訳なさそうな表情をしながら頭を下げている。


 しかし、それを見た空霧さんからは逆に頭を下げる。


「いや、いい。頭を下げるな。

 今回の件でお前たちに非はない。俺の現状もお前たちの実力とは関係のないものだ。

 ただ、気に病むのであれば一刻も早く力をつけてくれ。

 会長も言った通り今後はお前たちの力が必要になる事態が迫っているからな」


 まあ、候補者の人たちからすれば本当に突飛な話ではあるだろが、現状一番必要なのは早急に力をつけることだろう。



 うん……それ俺にもおんなじことが言えるね。

 帰ったら俺も修行しよう。



「いやぁー、なんかすっごい話っしたねー」


「ああ、いつになくでけぇヤマだ。聞いての通り敵はやべぇのもいやがる。

 ワンコもうかうかしてらんねぇだろ?今までのヌルいもんじゃだめだからな。帰ったらすぐにでも鍛え直してやるから覚悟しとけよォ?」


 他の候補者たちの話を聞いていた柴犬君が息をつくように発した言葉に対して朱王さんが地獄の修行を提案している。

 柴犬君の無事を祈るばかりである。



 と、そこで今まで黙っていたアリアが覚悟を決めた顔でこちらに近づいてくる。



 何だろう。

 自分も強くなりたいとかそういう事なら俺はあんまり役に立てない……

 どちらかというと、俺も強くならなくちゃいけない側の人間だし……


 どうしようか悩んでいるうちに目の前までアリアが来てしまった。

 そしてその意思を込められた瞳でこちらをまっすぐに貫いてくる。


 ああ……どうしよう……



「あの……白斗はくとさん!

 その……ええと……あの、あちらにいらっしゃる女性の方はどなたか教えてください!!」


 そう言って全力で頭を下げるアリア。


 あちらと言って示した方にいた女性。


 そうだったわ。候補者のみんなは帆鳥先輩のこと知らないんだったわ……

 忘れてた……






――――――――――――――――――――――――――――――

帆鳥先輩:知ってる組(会長とか白斗とか)は緊急事態だし居て当然と思ってた。知らない組(候補者たち)はなんか緊急事態だし知らない人だけどとりあえずいいかってなってた。

結果すんなりいたけど、そりゃ誰だよって話ではある。

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