42 敵認定


「……といった感じだな」



 なるほど。もう意味が分からん……

 病室にて空霧そらぎりさんから説明を受けたが、意味が全然分からない。


 とりあえず落ち着いてます。というポーズをとっているが、話を聞けば聞くほどやばい状況へとなっていく。



 話を聞く感じだと襲撃を受けたのはこちらと同じような状況だったらしい。

 ボスとの戦闘を終えた瞬間の隙を狙っての襲撃。


 予想通り敵は組織立った動きをしている。

 そもそも特級の集団に対して計画的な襲撃をしてくると事態意味が分からない。

 相手はやはり随分と頭がおかしいらしい。


 それに空霧さんの探知をかいくぐるほどの腕前を持った襲撃者というのもこれまた意味不明なくらいおかしい。

 彼は特級の中でも空間系の能力に対して絶大な適正がある。

 そんな人の探知をすり抜けて、あまつさえ後ろからの不意打ちを当てるなんて事ができる人物はほぼ皆無と言っていいだろう。


 仮に現場にいたのが俺だったら間違いなく気づけてないし、間違いなくやられてる。

候補者達であっても初めての領外地帯アドバンスド・エリアでのボス戦を終えた直後ともなればさすがに少しは気が抜けてしまうだろう。


 そんな一瞬を狙った襲撃。

 随分とふざけていて、それでいて周到な計画と言わざるを得ない。


 あと、空霧さんも空霧さんでほかの人が安全で敵との会話が面倒くさくなったからという理由で渾身の一撃を振るったらしいがこれも意味が分からない。

 何?攻撃の影響で領外地帯アドバンスド・エリアのあった場所ごとえぐり取ったって?それで空間が不安定になったから今処理してるって何?

 確実に消すためとはいえ、人のやっていい攻撃じゃない……

 そのせいでしばらく休養が必要って明らかにオ―バーにやりすぎである。




 そんな空霧さんの話を聞いて周囲の人たちの反応はかなり大きく分かれている。


 大まかな流れは聞いていたのか駒場こまば会長や野水のみずさん、帆鳥ほとり先輩は落ち着いて聞いている。


 俺は最初から驚きの内容が飛び出すとは思っていたので内心は大焦りだが、それを表情に出さないように表情筋を総動員してまじめな顔をしている。


 朱王すおうさんは……なんか口をへの字に曲げて不思議な表情をしている。

 うん……何を考えているのか分からない。


 そして候補者の四人——アリア、柴犬君、木戸きど九重ここのえの四人は事態の大きさを理解したのかその表情はだいぶ焦りが大きく出ている。



 まぁ、そうだろう。

 実質狙われていたの自分たちで、さらに相手は一時的に特級探索者の探知を躱し不意打ちでの攻撃を成し遂げた相手と聞けばそりゃ怖い。


 俺も怖い……



 と、そこで何を考えているのかわからなかった朱王さんは真剣な顔をしながら駒場会長へと視線を向ける。


「で、対策は打ってんのか?」


 端的な質問だが、一番重要な点はそこだろう。


 会長自身が以前から予想していた特級クラスの戦力の不足。

 その解決のために打ち出された今回の新特級の育成計画。

 その最中で起こった明確な計画的襲撃事件。


 間違いなく今回の敵こそが会長の言っていた特級を増やさなければいけないほどの敵なのだろう。


 その質問が来ると分かっていたのだろう。

 会長は落ち着いた様子で頷く。 


「ああ、もちろん早急に手を打つ。

 差し当っては一級探索者の中でも上位の実力を持つものの中から信のおける者へも今回の件にも関わってもらう。

 そしてつい先ほど、政府から新たに連絡が来た。

 特迷課の一課と二課を動かすそうだ」


 それを聞いた全員の顔に驚きの表情が浮かぶ。



 特迷課——特殊迷宮対策課。

 六年前に迷宮が発生してから探索者とは違う形で発足された組織。


 迷宮関連の事件や迷宮自体の攻略も行う集団。


 その中でも一課は領外地帯アドバンスド・エリアでの活動すら行う。

 特級という異常な戦力を保有した個人による攻略とは違う、探索者とは別のアプローチである統率の取れた集団として領外地帯アドバンスド・エリアを攻略する彼らは俺たちとは別方向の超エリート組織である。


 そして二課は主に迷宮関連でのテロ行為等に対しての組織。

 力を保有した犯罪者集団の鎮圧。

 迷宮をを利用した社会秩序の破壊を止めたりもする。


 どちらも迷宮という異常に対抗するために政府が作った組織。

 探索者協会も国がかかわっている部分はあるが、それよりも国の影響が大きい公務員よりの組織を動かすという事は、それだけ今回の件を重視しているという事だろう。


「ふむ……」


「随分動きが速いですね」


「連中動かすとなればただの個人の予想じゃ動かねえだろう?

 隠し事は無しだ。そっちの掴んでる情報を教えろ」


 空霧さんも帆鳥先輩も朱王さんも驚いている。

 特迷課が動くという事はそれだけ異常な事態なのだ。


 朱王さんなんて会長をにらみつける勢いで質問している。


 直接向けられてるわけでもないのにこちらにまで伝わってくるほどの感情を直接向けられても駒場会長は一切動じない。

 落ち着き払った様子で口元のひげを撫でている。


「彼らが動くのは当然それに値するだけの理由を提示したからだ。

 私が彼らに示したのは昨今出てきた『白黒の魔石』だ。

 調べさせた結果あれは異常な効力を持っていたが、それ以上にあれは自然にできたものだとは考えにくい。

 アレは、間違いなくものだ。

 そして敵はあれを量産できる何らかの方法と、あれを活用する場を用意する気だ、とな」



 その言葉を聞いて、今までの話のせいでざわついていた心が一気に凪ぐ。


 あり得ない、という気持ちは湧いてこない。


 あれを初めて見た時からあんなものが自然に作られるはずはないと思っていた。

 モンスターの魔石との魔石が合わさったものなど摂理に反している。



「アレの……効力とは、いったい何なんですか?」


 込み上げてきそうになる吐き気を抑えて会長に尋ねる。


「アレ――『白黒の魔石』の効力は、モンスターに対して人間の能力の一部を加えること。

 そして、おそらくは人間に対して使えばその体に宿り人間をモンスター化させるものだと推測される。


 伏野ふしの君、君の推測は当たっていた。

 アレは、人間とモンスターを混ぜ合わせなければ生まれないものだし、逆に言うと人間とモンスターを混ぜ合わせるためのものでもある」




 やはり……そうだった。

 初めて見た時から気持ちの悪いものだとは思った。

 本能からくる気持ち悪さ。生理的な嫌悪を感じた。


 だから当たってほしくはなかった予想だった。

 一応自身の経験から推測したことを伝えておいたが、本心で言えば全く別のことであってほしかった。

 思わず口元を手で覆てしまう。




 ああ――気持ち悪い。

 気持ち悪さと同時に怒りが湧いてくる。


 襲撃者の強さ?

 関係ないだろう。

 この世から跡形もなく消し飛ばしてしまおう。

 何をしてでもぶち壊そう。



 あんなものが――この世にあるの事実が俺は許せないのだ。



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