41 見えた影は陽炎の如く
◆◆◆
新たに特級探索者の候補となった二人——
指導役である
「いやぁ~、順調順調。
最初は特級にふさわしい戦力を育て上げるなんて無理だって思ってたけどねぇ……
意外と何とかなりそうでよかったよぉ」
「うむ、そうだな。
今回の人選、俺は木戸と戦闘スタイルがかなり似ていたからやりやすいものがあったが、他は大変だろうとは思っていた。
それも加味すれば皆よくやっている」
視線の先では二人ともボスと戦っている。
相手は全長十メートル近い高さに五個の顔を取り付けた巨大なトーテムポールのようなモンスター。
それぞれの顔から異なる属性の攻撃をしてくるが移動速度はあまりない。
ボスにしては珍しい砲撃型のモンスターである。
その強さは
木戸と九重は互いの動きに特に注意せず好き勝手に攻撃を撃ちだしているが、相性がいいのかうまい具合にかみ合っている。
木戸は正面からスキルによって固定化した大気を掴んでは投げてを繰り返して相手の体を削っている。
それに対して九重もスキルによって自身の分身のようなものを生み出し、常にボスの周囲でヘイトを引き相手からの攻撃を誘発しては、その攻撃をそっくりそのままぶつけ返している。
お互いの攻撃手段が被らないので遠慮なく自由にやった結果が今のボスを圧倒した状態なのは、候補とはいえいかにも特級らしいと言えば特級らしい。
その様子を見ていた裏田は暇そうに伸びをしながら空霧の方に顔を向ける。
「ん~、やっぱり候補者の中だと木戸くんが一つ頭抜けた感じだねえ」
「そうだな。現在では木戸は間違いなく一番我々に近い。
だがそれは年季の違いだろう。ほかの候補者たちは一様に若い。
そしてその将来に十分な可能性を秘めているわけだしな。安易に比べることでもない」
十二分に吸収された魔石量をうかがわせるスキルもすごいが、何よりそれを扱う本人の技量も素晴らしい。
先ほどからボスの体を空間を抉るかの如く削り取っている。
完全な特級として認めるにはもう少し経験を積んだ方が良いだろうが、それもすぐに終えられるだろう。
それに他の候補者たちはその分を将来に期待できるというのは本心である。
若いということは世間からの人気が出やすいということでもあるのため、そこを比べることはできない。
「ま、そうだよねぇ。
あ、そういえば彼が探索者を始めた理由って知ってるかい?」
「ああ、本人から聞いた。
まさか自分が理由だとは思ってもみなかったがな……」
それを聞いた裏田は口元に手を当ててニヤニヤと笑う。
「ぷぷ。もう少し世間の情報に目を通した方が良いんじゃない?
有名だよ?彼のインタビュー記事とかにも載ってたくらいだし。
そんなんじゃ取り残されたおじさんになっちゃうよぉ?」
その言葉に少し顔をしかめる。
空霧実巳——今年で35歳。
体に不調を感じたりすることが無いため普段は意識しないが、一般ではいい歳ではある。
そのためその言葉には少しクるものがあった。
「そうだな……今後はもう少し……気を付けよう」
「ごめんごめん。
そんなに気にしなくてもいいと思うよぉ
あ、終わったみたい」
「ふむ」
裏田にからかわれ少し自省している間にどうやらボスは倒し終わったようである。
元々ボス自体には勝てると思っていた戦闘だ。
後は次のボスが湧くまでの間周囲から迫りくるモンスターを蹴散らし、ボスが湧けば再びボス戦となる。
それをどこまで繰り返せるのかが今回の訓練で見るべき本質の部分ではある。
だから一回の戦闘ごとにフィードバックを入れる必要はないが、さすがに
そう思って二人に向けて足を踏み出した瞬間——感じた違和感。
何に対する違和感か?
この
環境そのものからすら害意を感じるこの空間においてそれらですらない何か。
正体不明の違和感の正体を探ろうとしてその思考をすぐに打ち切る。
違和感を感じた瞬間、体は既に動かしていた。
「裏田ッ!」
「もういいよぉ」
呼びかけた声に対して返ってくるのは気の抜けた返事。
ただしその姿は保護対象である二人——木戸と九重の隣にすでに移り終わっている。
裏田は裏田で動いていた。
この四人の中で単純な戦闘能力なら一番強い
「!!?」
「きゃっ、急にどうしはったんですか?」
「しぃーー、静かに。
何か変なのが紛れてるみたいだから訓練はおしまいだよぉ」
「「……」」
急に隣に現れた裏田が人差し指を口に当て説明すると木戸も九重おとなしくなって緊急時の戦闘のために静かに構えをとる。
「さて一体何なのか……」
裏田が二人を落ち着かせるのを見て意識を切り替える。
少しでも情報を拾うためにスキルによる探知だけでなく肉眼で可能な限りの情報を拾うために、首を巡らす。
今立っている場所は、岩が乱立しているが基本は平地。
周囲に隠れる様な障害物はあるが、気配はない。
されども感じる違和感。
拾い集めた情報と自身の勘が告げるのは――空間系の能力を用いた隠密。
「ふむ……そこか。
姿を現せ。さもなくば――消す」
確実に探知して見つけたわけでは無いが、なんとなくそこにいると分かる気がする。
もしなにもおらず、問いかけに反応する者が無ければ無いで良い。
念のためそのあたりの空間を破砕すればいいだけだ。
そう思って五秒。
何もなかった空間が陽炎のように揺らめいてその中から人のような大きさの何かが姿を現す。
大きさは人間程度だが、大きく纏った布によってその正体は判別できない。
『フェイクルーム』
空間系の能力としてはそこそこ有名なスキル。
ポピュラーとまではいかないが、レアなスキルでもないため使える人間も多いスキル。
ただ、今現れた使い手の技量はかなり高いと言わざるを得ない。
「貴様、何者だ?」
こちらからの質問に対して、突如現れた謎の存在は両手を上げ降参のポーズをとる。
「まさか見つけられるとは思ってもみなかっタ。驚きダ。
流石は特級の空霧ダ。
アア、待ってくレ。私は敵じゃなイ。敵じゃないんダ。
そうだナ。なんというべきカ……」
「ペラペラしゃべるな。所属と名前。そして目的を吐け。
さもなくば消す」
「オオ、怖イ怖イ。そんなに威圧しないでくレ。
そんなことをされちゃア……
攻撃しちまうヨ」
「ムッ!?」
しゃべりながらも一切の淀みなくこちらに向けて光る攻撃が向かってくる。
撃たれる瞬間を妨害できなかったのは予想外だった。
それほどまでに相手の挙動がスムーズだった。
だが、それでも焦りはない。
自身の前方に空間を断絶する結界を一瞬で張り終える。
後ろには裏田と候補者二人もいる。
例え多少誘導性があったとしても防ぎきれるほどの大きさの空間の壁を一瞬で構築する。
「それデ、いいノ?」
一瞬、フードのようなもので隠された相手の顔の奥が笑ったような気がした。
結界と攻撃がぶつかる。
感じた手ごたえからこの攻撃をあっさりと防ぎきることを確信できる。
だからこそ不気味な先ほどの宣言。
当然鵜呑みにして信じるわけでは無い。
ただ、警戒はした。
この程度の攻撃にあの宣言はあまりにも不釣り合いすぎるのだから。
「ッッグゥッ!!??」
「アーア、せっかく言ったのになアァァ??」
正面から結界を破られたわけでは無い。
警戒していた追撃も確認していない。
されども確かに感じる苦痛は――おそらくわき腹付近に穴が開いた感覚だ。
一瞬で刺し貫かれた。
だが正面からではない。
これは背後からの攻撃。
自身の後ろ――保護対象である二人と、そして裏田がいるはずの場所のさらに後ろからの攻撃。
ただこの程度なら致命傷ではない。
この精度での不意打ちが可能なら狙うべき箇所はもっと他にもあるはずだ。
つまり考えられることとして、この攻撃は姿を探り当てた自分ではなく、おそらくは候補者を狙っての攻撃。
なるほど……してやられたわけだ。
背後で固まる三人。
その中で裏田を除いた候補者二名の体に明らかに致命傷な穴が開いている。
「……」
「どうしタ?言葉も出ないカ?そうだろう、そうだろうナァ!」
後ろを振り向いて状況を確認すると同時に相手からの嘲笑交じりの声がかかる。
状況は一見最悪だ。
だが、心は全く持って焦っていない。
「ふむ……もういいか」
「ア?」
振り返った視線の先。
明らかに即死の攻撃を受けて倒れ伏す木戸と九重。
そしてその攻撃を防げなかったことにひどく動揺する裏田の姿。
そんなある意味滑稽な姿の影が突如として夢であったかのようにぼんやりと薄らいで消えていく。
「相変わらずいい仕事だ、裏田。
そして、貴様らは面倒だ。すり潰すとしよう」
「『
◆◆◆
――――――――――――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます