40 病室

 世界が変わり産業に魔石を活用するようになってより技術は進化した。

 当然医療に関してもその恩恵を受けた。


 そしてその進歩の恩恵を一番感じているのはおそらく探索者である。


 迷宮に潜り戦闘を行う探索者は怪我の頻度も度合いも一般人とは比べ物にならない。

 それゆえに作られた協会付きの病院。


 魔石やモンスターの素材を利用した最新の医療技術をもってすればなくなった腕の代わりに戦闘可能な義手を取り付けたり、状態によっては腕ごと生やしたりもできる。

 そんな昔では考えられないほどの高度な医療を可能とする施設。


 空霧そらぎりさんが現在いる場所もそこであるのならば命に別状はないという話も本当なのだろう。


 ただ、問題は空霧さんほどの人物が病院にいるという点である。


 特級探索者という存在はそれほど生易しい存在ではない。

 俺という例外を除いての話だが、現在候補となっている四人と現役の特級との間には当然その力に差がある。


 今の候補者の四人は確かに特級として活動しても問題ない程度には戦闘はできるが、それだけだ。

 それに比べて現役の特級は約六年ほど最前線で戦い続けたやばい存在である。

 その中でさらなる強さを得ている現役の特級探索者はまずもって戦いに敗れることはない。



 領外地帯アドバンスド・エリアで単独で活動し続けるという異常な行動を繰り返すためにも、彼らは何でも一人で出来る人間でないといけない。

 攻撃や防御のような戦闘技術はもちろん、索敵や警戒、そして何より継戦するための回復すら自身で行えるバケモノでなければいけない。


 特級の中でトップクラスで回復が得意なのは帆鳥ほとり先輩であるが、それでも空霧さんが回復系の能力を持っていないわけでは無い。


 あの人であれば、ちぎれた腕程度なら自分でくっつけることくらいはできる。

 つまるところ、一般人の言う重症の範囲程度なら彼自身でどうとでもなる。

 それなのに病院にいるということは相当激しい負傷をしたと考えられる。


 相手となったのはどれほどの強敵か……

 考えるだけで吐きそうだ……



 ――――――――――—————




「ん?お前らも今来たのか。ちょうどいいタイミングだ。

 にしても随分飛ばしてきたみたいだな」


「緊急事態と聞きまして……」


「いや、いい。責めてるわけじゃない」


 到着した病院の入り口にはちょうど車から降りてきた野水のみずさんの姿があった。

 片手をあげて挨拶をしてきているがその様子は割と軽そうだ。

 特級がやられる事態となればもう少し焦っていてもおかしくないが、そんな感じはしない。


「そっちはどこまで聞いてる?」


「空霧さん達がが襲撃を受けてこの病院にいること、会長が来られていてこの後の話し合いをする予定だと聞いてます」


「ま、概ねそうだな。

 一応聞いとくがそっちは大丈夫だよな?」


 野水さんは一瞬だけその視線少しずらしながら質問してくる。


 後ろにいるアリアの方にその視線を向けたということは彼女の状態を心配してのことだろう。

 ここに来るまでもどこか集中していない様子であったが、こちらが襲撃を受けた際やその後の警戒時にはそんな様子を見せていなかった。

 であれば、今の状態は空霧さんの襲撃を受けたという報告を聞いたせいで少し不安になっているのだとも考えられる。


「大丈夫だと思います」


 原因が空霧さんが襲撃を受けて負傷したという話を聞いたことにあるのであれば、この後の話し合いで情報共有を受け、その不安を払拭させればいい。

 だから大丈夫だろう……多分。


「ま、それならいいが、お前もしっかりカバーしといてやれよ」


「はい……」


 果たして俺に何かできることなんてあるのか?

 せいぜい不安を払拭するためにはお前が強くなれと発破をかけるくらいしか思いつかない……


「おい、ちんたらしゃべってねぇで早く中入んぞ」


 俺たちの会話なんて気にすることなくさっさと行こうとしていた朱王さんが振り返りながら呼びかけてくる。


 まぁ、現状俺にできることなんてほとんどない。

 後で必要になれば後の俺に任せよう。

 最悪は先輩に手を貸してもらって何とかしよう……



 ―――――――――――――――



 朱王さんを先頭に病院の中の廊下を歩き、かなり奥まったところにある病室の前で立ち止まる。

 そのまま病室をノックして返事を待たず躊躇なく扉を開けて中へと入っていくのでそのまま後ろから続いて入室する。

 返事くらい待ってあげてほしい……


「じゃまするぞー」


「朱王か……」


「すみません……」


白斗はくと、それに友禅ゆうぜんと野水もか……すまんなこんな状態で」


 病室のベッドに身を預けていた空霧さんは上体を起こしてこちらに視線を向けてくる。

 迷いなく突撃していった朱王さんは置いといて俺たちには一応挨拶をしてくれる程度には元気らしい。


 襲撃を受けて病院にまで運ばれている空霧さんの状態——いったいどれほどの重傷なのかと思っていたが、見た限りひどい外傷のようなものはない。


「大丈夫なんですか?」


「俺は大丈夫だ。今病院にいるのも念のためのようなものだからな。

 全力を出しすぎてダウンしてるだけだ。情けない話だがな……」


 どうやら敵からの攻撃で重症を負ったわけでは無かったらしい。

 なるほど確かに、敵の攻撃で負傷したわけでは無いとなると入り口であったときの野水さんの態度にも納得できるところはある。

 いや、それでもそこまで全力を出させるような相手というだけでも十二分に脅威なのだが……



「うむ。とりあえずはそろったな。

 話を進めようか」


 色々と思考を巡らしていると唐突に横から声がかかる。

 空霧さんの状態を気にしていたせいで忘れていたが、そもそもこの病室にはもう一人先に来客していた人物がいた。


 部屋の隅の椅子に姿勢を伸ばした状態で座っているのは探索者協会会長——駒場詠星こまばえいせいであった。


「他の人はいいんですか?」


仙洞せんどうは諸々のバックアップに動いておる。裏田うらだもそれに同行している。

 今別室で待機している者たちは呼びに行かせた。

 他の特級は現在別の仕事中だ。終わり次第連絡が行くようにしてある。

 差し当って集められる人間はすべて集まったというわけだ」


「なるほど」


 まだそろってない人がいることについて先輩から質問が飛ぶが、どうやら特級全員をすぐさま招集するのは無理だったらしい。


 まあ、あの癖が強すぎる人たちが全員いると話が進まない可能性もあるのでとりあえずはよかった……のか?






――――――――――――――――――――――――――――――

帆鳥:実は回復系がメイン。特級で一番回復系に向いてる。

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