38 動き続ける
その姿を見る限り外傷を負っている様子はないし、体力的に疲弊している様子もない。
とりあえず内部で苦戦を強いられるような事態にはなっていなかったのだろう。
ひとまずは安心できる。
未知の敵。
それも
アリアも柴犬君もそんな朱王さんの様子を見て安心したのか警戒が解けている。
そんな二人を見てついついこちらも気が抜ける。
「とりあえず……お疲れさまでした」
「おう、そっちもお疲れさん」
とりあえずお互いにねぎらいの言葉をかけあう。
しかしながら朱王さんの表情は少し影がある。
共に行動したことは少ないとはいえ、この人がどのような性格をしているかは少しは知っているつもりだ。
そして俺の知っているこの人なら大体こういう時は溌剌とした――というかスッキリとした表情をしている方が自然なはず。
だからこそ感じた違和感。
アリアや柴犬君は感じていないだろうが、
もしや中で大変なことが起きていたのだろうか?
「大丈夫だ。別に苦戦したわけでもねぇ。
ただ、例の件がらみのことが起こっただけだ……」
「……ッッ!!」
おそらくこちらが違和感を感じていることを察して言ってくれたのだろう。
なるほど、それなら朱王さんの表情にも納得できる。
例の件とは十中八九
そちらについては現在
先日聞いた話では調査の方は芳しくないようだったが、どうやら先にこちらにあたりが来てしまったようである。
「じゃあ……」
「ああ。あったぞ。あとで協会に報告に行くときに一緒に来て説明してくれ」
「了解です」
現状で朱王さんが例の件に関連することだと判断できたのはおそらく倒したモンスターが白黒の魔石を持っていたからだろうと予想して聞いてみたが、やはりその通りだったようである。
「ええっと……何かあったんですか?」
「姐さん?」
短いやり取りではあったが、俺と朱王さんの会話を聞いていたアリアと柴犬君は少し不安そうに尋ねてくる。
朱王さんの違和感に気づかなくても今の会話を聞いたら何かあったのかと疑うのはしょうがないことだ。
そんな様子の二人にこの件についてどう説明するか考える。
既にこの二人にも白黒魔石に関する話は聞かされている。
とはいえ現在特級の人間とは違い、この二人は事件の調査などは担当したりはしない。
どのように話すのが最適か思考を巡らせていると隣にいた朱王さんがおもむろに口を開く。
「お前らも知ってる例の白黒魔石に関連したモンスターが現れたってだけだ。
とはいってもお前らに何かできることがあるわけでもねぇし気にすることはねぇな。」
あまりにもきっぱりとした言い切りに二人も少し顔をシュンとさせる。
まぁ、さすがに直接できることなんかないから関係ないと言われると落ち込む気持ちもわかる……
まぁ、仕方がない。
とはいえ朱王さんはきっぱり言い切ったがこの二人も無関係で終われる話でもないので追加で説明が必要だろう。
こちらを見ている二人に向き直り真剣な顔をして口を開く。
「確かに現段階で君たちにできることはないけど、そもそも大事なことを忘れてない?」
「え?」
「大事なことっすか?」
とりあえず半分フォローのために声をかけたが二人ともわかっていない様子である。
「確かに現段階で直接出来ることはない、それは事実だけど、そもそも君たちを特級探索者として鍛え上げる目的は今後起こりうる特級クラスの戦力が不足する可能性を駒場会長が危惧したからだって話を忘れてない?」
「そういえば……」
「確かに……」
そう、そもそも特級探索者にふさわしい人物を新たに育て上げる話というもの自体、始まりは白黒魔石を持つモンスターの出現から始まっている。
そこから駒場会長の予測によって新たな特級戦力を育て上げることが計画された。
「朱王さんの言った通り今は君たちが何かできることはない、けどそれは君たちが何もしなくていいわけでもない。
現段階で君たちにできるのはなるべく早く強くなること。
分かった?」
「分かりました!」
「ウスッ!」
「
分かったなら帰って修行だッ!」
断言できるが絶対に朱王さんはそんなことを考えて発言していない。
間違えなく俺の発言に乗っかってきただけだが、それを指摘すると面倒なことになるのでそんなことは絶対にしない。
それに
「修行の前に協会に行って報告とか諸々しなきゃだめですよ……」
とりあえず協会に報告して家に帰ろう。
今日だけでいろいろな事態が起こったし、異常事態の許容量を超えている。
最低限の休息。
望むなら帆鳥先輩という癒しを摂取せねば耐えられない。
ああ……ここにいるのが朱王さんではなく帆鳥先輩であれば……
先輩が足りない。
先輩が……
「あ、帆鳥先輩だ……」
「お疲れ様ハク。緊急事態だよ」
「へ…………?」
唐突に目の前に起こった現象を脳が理解できていない。
なぜここにいるのか?
本当に先輩なのか?
癒しを求めた脳みそが帆鳥先輩の幻覚を生み出してしまったのかとも思ったが、そうであればなぜその先輩が緊急事態を告げるのか?
脳が理解を拒む。
しかし現実は無常である。
こちらの理解など捨て去って時は流れる。
「誰かと思ったら帆鳥か!久しぶりだな!」
「久しぶり。こっちは無事でよかった。色々あったから急いで協会本部まで集合して」
「……わかった」
唐突に現れた帆鳥先輩に動じることなく挨拶をした朱王さんも先輩の様子を見て冷静に返事を返す。
どうやらここまで続いていた異常事態はまだ続くらしいが帆鳥先輩が言うのであれば急がねばならない。
現実の認識を拒みかけた脳に喝を入れ気合を入れ直して顔を持ち上げる。
視界に入る帆鳥先輩はいつも通りだ。
ならば俺もいつも通り異常に対処すればいいだけである。
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更新できなくてすみません。
なんか諸々立て込みまくりの一ヶ月ちょっとでした。
今日からなるべく毎日再開していきます。
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