33 ストレスに気を付けて

 高速で移動する二人に合わせてこちらも高速で動く。


 そんなことをすれば当然周囲からモンスターを引き寄せてしまうことになるが、その露払いは先行する二人の役目だ。


 領外地帯アドバンスド・エリア内とは思えないほど何もしていない。



 このような状況は俺からすればよくあることである。

 帆鳥ほとり先輩との領外地帯アドバンスド・エリアの探索は大体こんな感じになることが多い。


 基本的に俺と先輩はセットで動く必要があるので当然仕事の時も一緒にしている。

 ただ、当然ながら実力には差がある。


 そのため、先輩が先行してモンスターを蹴散らしつつ、わざと倒さずに通過させたモンスターの相手を俺がしていることがほとんどとなる。

 だからこそ慣れている。


 ただ、



 おそらく朱王すおうさんはこんな状況は今まで経験したことがなかったのだろう。


 隣を並走する彼女は時間と共にもその顔を歪ませている。

 最初はその力を発揮しようとして止められ、その後も戦うことができず、一応弟子が自分の教えた技を以て攻略を進めようとしていることはうれしそうにしていたが、逆にそれを見て自分も撃ちたくなったのだろう。


 端的に言うとイライラが募ってしまっている。



 このままいくと最悪のタイミングで爆発するかもしれないのでガス抜きをしなければいけない。

 なんせその爆発に巻き込まれれば被害を被るのは主に俺なのだから。


 前方の二人に気づかれないように、気合をいれて小声で話しかける。


「朱王さん、後方の遠隔地になら一発でかいの撃ってもいいんじゃないですか?」


「え?いいのか?契約あるだろ?」


柴井しばい君から聞きましたけどここ最近は領外地帯アドバンスド・エリアでの探索もやめて育成に専念してたそうじゃないですか?

 自分へのご褒美ってわけじゃないですけど、それくらいならいいと思いますよ。

 あと、そんなに戦いたいオーラ出してあの二人が戦いづらくなっちゃう方がかえって訓練にならないので……」


 こういう時に焦って本音を言うのはまずい。

 当然のように現在訓練中の二人のためという建前でもっともらしい言葉をひねり出しつつ、『ご褒美』という単語を使うことで一発の攻撃で本人のイライラが解消される効果も願う。


 その言葉を聞いて朱王さんは少しだまり何かを思案する。

 そしておもむろに顔を上げこちらに向けて元気はつらつな笑顔を向けてくる。



「そうか……そうだな……確かにそうだ!

 私は我慢してたし、そのせいで二人が戦いづらくなるのはだめだ!

 これは訓練を円滑に進めるために必要なことだからな。

 よし、よしよし……

 伏野ふしの、もし協会からなんか言われたら一緒に怒られてくれ!」


「……へ?」



 不穏な発言が聞こえたため待ったをかけようとしたが、時すでに遅し。

 横を見るが既にそこに朱王さんの姿はない。


 あるのは朱王さんから出てた炎の残滓と元々いた場所に残る砂塵のみ。


 急いで空中を見上げるとそこにいたのはバレーボールくらいの大きさの炎塊を片手で振りかぶった状態の朱王さんが目に入る。


「いや……早……」



「おっしゃぁァァァァ!!」



 静止の間もなく一瞬手元がブレたと思ったら既に攻撃は放たれていた。



「二人とも!衝撃に備えてッ!!」


 急いで先行する二人に声を掛けつつ後方に向かって放たれた攻撃によって生まれるであろう衝撃から身を守るために姿勢を低くする。


 声をかけた二人も何事かと振り向いたが、その場に朱王さんがいないことを確認し、さらに尾を引いて高速で流れる炎塊を目にしてすぐさま防御姿勢に移る。



 二人が防御姿勢に移ったのを確認した瞬間、後方でものすごい光が発生する。


 光はすぐに止むが代わりに残ったのは大量の煙。

 そして目に見えて迫ってくる衝撃波の壁であった。

 

 迫りくる衝撃波は俺が想定していた『一発でかいの』で考えていた攻撃よりも明らかに威力が高すぎる証拠である。



 到着までの数瞬で口を開き耳を塞ぐ。そのまま吹き飛ばされないように両足に力を込め前傾姿勢をとる。




 衝撃が体を貫通する。


 吹き飛ばされてきた石や木の破片は気合で防げるが、この衝撃は気合でどうこうなるものではない。

 気合ではなく体内をめぐる魔力の操作によって肉体を強化しつつ衝撃を逃がそうとする。



 特級が単独での行動をしている原因がよくわかる。

 こんな技は明らかに同行者がいる状態で放つ技ではない……

 



 衝撃を耐え抜き上体を起こすと、目の前にいい笑顔の朱王さんが降りてくる。


「あー、すっきりした」


「やりすぎです。馬鹿なんですか?」


「うぅ……なに、これ……」


「ア、ア、姐さんンン、どうしたんですか急ニィィィ!!」


 前方にいた二人もどうにか耐え抜いたようだが、その目には当然困惑の色が浮かんでいる。

 どう考えても当たり前である。


 何があったらいきなり後方に向けて大規模な超範囲攻撃を打ち込むのか?

 それもここまで衝撃が飛んでくるようなものを。


 耐えきったものの衝撃と飛来した障害物によって少しダメージを負っている二人を見て朱王さんは少し気まずそうにしながら口を開く。


「それはな……あれだ……

 これは全て伏野の提案だ。今回の訓練においてお前たちを手助けすることはないが、それとは別に必要だと判断した。



 伏野が」



 どう考えても同行者の存在よりもストレス発散のために威力を上げることを優先しただけの馬鹿が苦しい言い訳をしている。

 しかもその言い訳は全般的に俺の指示によるものだと主張している。


 いや、確かに二人の訓練のために必要なことだとは言ったが、それはなにも二人の邪魔をしていいわけでは無い。


 今度は二人のまなざしが無実の俺を貫く。


 仕方がないので言い訳を考えながら、説明するふりをする。



「ああ……あれはな……あれは…………手本だ。

 お前たちは今までの訓練で領外地帯アドバンスド・エリアでの動きを教えられてきたはずだが、それでも活動は初めてだ。

 先ほどの戦闘では、朱王さんからの発破がなければ二人とも時間をかけて戦っていただろう?

 そのため一度だけ実際に普段特級がどういう動きをしているのかという手本を見せる必要があると感じた。

 まあ、少しオーバー気味になったことは事実だがな……

 これは助言ではない。それぞれが思うように戦うことも重要だからな。

 ただ、指標が有るのと無いのでは訓練の効率も違うだろう。

 だから一度見せてやったんだッ!」



 あたかも当然のような顔をしながら長々と苦し紛れの言い訳をする。

 一見まともなことを言っているように聞こえるが、明らかに意味不明である。


 そもそもあんな超範囲攻撃を撃ちまくる人物は特級の中でも少数派であるし、説明を聞いてる二人もそういったタイプの人間ではない……



 ただ、それでも二人にとっては筋が通っていると感じたのだろう。

 なぜか感心したような表情をしていたり、己の手を見つめて実力不足を感じてそうな表情をしている。



 そんな二人に向けて一番悪いはずの朱王さんはなぜか堂々しながら一歩前に出て胸を張りながら声をかける。


「まあ、そういうことだ!

 領外地帯アドバンスド・エリアで誰かと探索する機会なんてほとんど無かったから手加減をミスったが……それでもあれが特級というものだ!

 私たちが言いたいのは、これはあくまで一つの指標であるということだ!

 分かったか?



 あと、一応言っとくと……今の衝撃でボスがこちらに向かってきてる」




 本当に何やってんだこの人は……






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ファイヤーバレーボール:正式な技名は『灼煌球』。朱王は普段はあれを連射してる。バケモン




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