32 弟子は似る

 領外地帯アドバンスド・エリア内で先ほどから続く戦闘音を耳に入れながら一切の手助けをしない二人。


 二人は訓練前に言ってあった通り本当に何もしないが、それは当たり前のことである。


 ただ、その当たり前も飢えた猛獣からするとご馳走を前に待てを強いられているようなものであった。


伏野ふしのんとこの奴も短期間でよく育ってるなァ。

 でもよ、少しやしねぇか?」


「まあまあ、二人とも領外地帯アドバンスド・エリアでの活動は初めてなんですし、最初は慣らしのようなものでしょう……」


 この人からすれば、さっさとボスがいるところまで行ってまずボスを狩る。その後、集まってくるモンスターを狩りながらボスが再び現れるのを待つというのが当たり前のようだが、そんなもの特級の物差しにおいての当たり前なだけで、普通は超が付くほどの危険行為である。



 確かに迷宮においてボスが持つ力というものは非常に大きい。

 領外地帯アドバンスド・エリアを消滅させるために一番手っ取り早い手段をとるなら迷宮内の力が集中しているボスを倒しまくるのが一番効率的ではあるが、しかしそれは同時に簡単には狩れないモンスターこそがボスであるということでもある。



「彼らは戦闘時では十分なほどの戦闘力がありますが、それでも朱王すおうさんや空霧そらぎりさんみたいな広範囲を一気に殲滅できる火力はありませんからね。

 地道にモンスターを削りながら前に進むしかないでしょう」


 特級の中には異常なレベルの広範囲を攻撃できる人間が多いため、煩わしい道中のモンスターをすべて巻き込んだ攻撃を繰り出す人とかがいるが、今戦っている二人にはそういった攻撃をできるスキルなどはなかったはずである。



「あぁん?んなことはねえよ」


「え?」



 聞き返すと同時に横を見ると既に肺に大きく息を吸い込んでいる姿が目に入る。


「ワンコォォォ!!!

 教えたことぐらい実践しろやぁぁあああ!!!!」


 吸い込まれた空気と共に絶大な音量を伴って言葉が吐き出される。

 内容はアドバイスとも取れなくもないが、どちらかというと怒号のように聞こえるほどの声量で柴犬君に向けて声を張り上げる。



「ウスッッ!!!」



 戦闘中——今も目の前に迫るモンスター群に対して炎を纏った蹴りで数匹まとめて吹き飛ばしている柴犬君は突如として掛けられた声に一ミリもひるむことはない。


 それどころかそのまま体から炎を一気に放出して周囲に群がろうとしていたモンスターを消し炭にする。



鬼嶋きじまサン。一気にやるから後ろに引いてテッ!!」


「っわかりました!」


 反対側で戦っていたアリアに警告を飛ばし、自身も大きく引き下がる。


 そのまま自身の周囲に展開していた炎をどんどん縮めていき体の中に戻していく。

 それはまるで逆再生の映像でも見ているかのようにも思えるほど、先ほどの炎をまき散らす光景とは正反対。



 柴犬君が自身の体内にしまったことで広がっていた炎がなくなる。

 ただし、感じる熱は先ほどと変わらない。


 むしろ凝縮されたせいで一つの方向からすさまじいほどの熱量を感じる。



「スゥーーーーーー」


 その状態で肺を膨らませて空気を取り込む様は、先ほど隣で見た朱王さんと非常に似ている。



「ガァラアアアアアアアアアアアアアアア」



 吐き出されるたのは限界まで圧縮されていた炎の線。


 そのまま一方向だけでなく、首を振り元々アリアが戦っていた範囲にいたモンスターも焼き尽くす。

 見える範囲を焼き尽くすほどの強力な炎のブレスで視界が埋まる。



「アアァァァァァァーー……フゥ」



 ブレスが終わるころ先ほどまで広がっていた広大な森の姿はなく、そこに広がっていたのは焼け野原となった森の残骸と、あのブレスを受けてなお最低限の形を残しているモンスターの残骸しかない。


「どうだ?」


「すごいですね……」


「これは……負けてられませんね!」


 自慢するかのようにこちらに顔を向けながら感想を聞いてくる朱王さんに正直な感想を伝える。


 これはすさまじい。

 元々彼のデータを見た時にはなかったはずだが、修行で手に入れたのだろう。

 威力だけ見るならば当然朱王さんの方がやばいが、こちらも十分にすごい。



「今のうちッス!一気に距離を稼ぎましょウ!」


「はい!今の攻撃でだいぶ楽させてもらったのでここからは私にも任せてください!」


 柴犬君は振り返りながらアリアに向けて提案し、アリアもまた声を張りながら駆け出す。

 ちらりと見えたアリアの顔には先ほどの光景を見せられたのか対抗心に火がつけている。



 うん。ライバルとして競い合うが良い。俺にはあんな大技を繰り出せるようになる指導なんてできないが……



「よしよし、早く進めェ。さっさとボスをやんねぇとな!」


「朱王さん……二人がやられることを期待してるとかじゃないですよね?」


「……ちげぇよ」


 返答が少し遅い。

 おそらく二人が訓練続行不能となったら次は自分の番だからと期待してしまっていたのだろう。


「いや、ほんとにちげぇよ?

 ただ、ほら、分かるだろ?弟子がちゃんと戦えるところを見たいっつー単純な師匠心的なやつだよ……ほんとにな?」


「まぁ、分からんでもないです」


 朱王さんの言っている内容は嘘というわけでは無いだろう。

 確かに弟子がきっちり戦えている姿というものを見ると、直接戦闘で指導したわけでもない俺ですらどこかうれしくなるものがあったのだから。


 ただ、それはそれとしてこの人の場合は二人が力及ばずボスにやられてもそれはそれでおいしいと思ってしまうという気持ちも事実だろう……


 先ほどからモンスターを焼きたい衝動に駆られているのか、ちょくちょく遠い距離にいるモンスターの動きを感知してはそちらの方に向けて炎がチリチリ漏れ出ているのが何よりの証拠である。


 もし仮に二人が作戦続行不能となればこのやばい状態の人と共に領外地帯アドバンスド・エリアの消滅をしなければいけない身としては大変やめてほしいのだが、こればかりは仕方がない。



 今の俺にできることはせいぜい弟子二人がしっかりと訓練を遂行できることを祈る程度ある。






――――――――――――――――――――――――――――――

柴井炎珠:炎ブレスのタメは広範囲を焼くため。目の前の敵だけならタメなしで撃てる。



更新止まってすみません。コロナを許しません。

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