30 合同訓練

 家のトレーニングルームにて日課の鍛錬と魔石吸収を行っていると部屋に備えついているモニターに通知が来たことが示される。


「ん?」


 訓練用に作られた模造剣を地面に置いて、鍛錬を一時中断してモニターに近づく。


 表示された通知は探索者協会からのもの。

 それを確認してすぐさまモニターを操作して通知の内容を確認する。



 ――――――――――


 超長時間の適応訓練の修了を確認。

 これをもって鬼嶋きじまアリア、柴井炎珠しばいえんじゅ、両名共に立ち入り資格ありと判断して両者の合同訓練を実施を許可。

 日程は二日後。

 訓練場所は昨日静岡にて出現した領外地帯アドバンスド・エリア、『猟獣の双神殿』にて行う。

 これに伴い指導官に当たる伏野白斗ふしのはくと朱王萌美すおうもえみ、両名には最低限の補助に努め、万一の際には当該人物の命の保証を第一とした行動を求める。

 また、訓練が続行不能と判断された場合は、当該人物の安全確保後に領外地帯アドバンスド・エリア、『猟獣の双神殿』を退化させることを訓練の条件とする。


 ――――――――――



 それを見て思わずため息が漏れる。


 協会から送られてきたメッセージの内容は候補者たちの修行のステージの引き上げと、その日程、そして訓練を行う際の条件についてのものだった。


 この訓練を行うのに条件が付けられていることは不思議ではない。

 そもそも、特級と呼ばれる人間が領外地帯アドバンスド・エリアを排除しなければ、被害が甚大なことになるのは明確なことである。

 考えなくとも当たり前の話だが、本来あそこは訓練のために使っていい場所ではない。


 訓練をした結果領外地帯アドバンスド・エリアの拡大が止められませんでした、ではシャレにならない。

 だからこそ、拡がりすぎると判断される――訓練の続行が不能とされる事態に陥った場合の保険は用意しなければならないことは理解できる。



 ただ、問題があるとするならばこれがであるという点。

 万が一の場合には俺が朱王さんと共に事態の解決に望まなくてはいけないということである。



 これがやばい。

 何がやばいってあの人は特級の中でもトップクラスで誰かとの共同で作業をすることに向いていないタイプの人であるということ。

 兎にも角にも燃やしてしまえばいいという考えの狂戦士バーサーカーであるため、戦闘する際に一緒の空間にいること自体が危険なのである。


 これがまだ空霧そらぎりさんであったなら、同じくらい脳筋な戦法をとるが、それでもこちらへの気遣いがある。


 しかし朱王さんにはそんなものはない。

 あの人の場合は戦場において燃えるような奴はすべからく敵で、燃えないやつは味方かもしくは強敵か、程度の認識しか持っていないような気がする。


 なんで俺があの人と組まなければならないのか、とも思ったがおそらくは指導者同士の相性ではなく、候補者同士の相性で決められていると思われるので仕方のないことであった。



「クッソがよぉ」


 どうしようもない事態の予定に思わず悪態をついてしまう。


 トレーニングルームに備え付けられている全身鏡を見ると、鍛錬のせいでかいた汗とは別の汗を全身に張り付けて、なんとも情けない顔をした自分が映っていた。

 整った顔が台無しである。


「はあ……こんな顔、世間様には見せらんねぇか……」


 鏡に映る自分を見て喝を入れる。


 必要だから嘘をつく。

 これまでもこれからも。

 世間も騙したが、何より騙しているのは自分自身。

 この程度楽勝だと心を騙して後ろを向きたくなる自分の顔を前向きに固定するようなことはいくらでもやってきた。

 ならば今回も同じようにするだけだ、と鏡に映る自分の瞳を正面から見つめ返す。



 鏡の中の自分は既にいつもの顔に戻っていた。



 ――――――――――—————



「よぉ、久しぶりだなァ。伏野。お前の顔面はいつもキラキラまぶしいなァ」


「こんにちは。朱王さん。

 ……なんか今日の朱王さんはギラギラがあふれ出てますね?」


 合同訓練当日、訓練場所である領外地帯アドバンスド・エリア、『猟獣の双神殿』へと続く道で合流した朱王さんはいつもよりも雰囲気が尖っている。


 隣にいるアリアの様子をちらりと見る。

 今朝合流した時のアリアはワクワクを抑えきれない表情をしていたが、今は猛獣を前にしたような表情をしている。

 そうなってしまうのは分からんでもない……



 どうしてこうなっているのかと疑問の目を柴犬君に投げかけると、こちらに駆け寄って耳を貸せとジェスチャーをしてくるので少し身を傾ける。


「その……姐さんは修行期間中に領外地帯アドバンスド・エリアに行けてなかったことでどうもストレスが溜まってるみたいで……

 それで協会からこの訓練が解禁になった通知を見た瞬間からあのテンションのままっス」



 なるほど領外地帯アドバンスド・エリアでの活動ができなかったから今日という日を楽しみにしていたというわけだ。

 説明の一部を聞けば遠足が楽しみで前日眠れないかわいらしい子供のような印象を受けるが、すべてを聞けばいかにも狂戦士バーサーカーらしい理由である。

 いつもは『顔がキラキラしてる』なんてことは言わない人が変なことを言っちゃうわけである。


 なんとも笑える話だ。

 全然笑えないけど……



「それじゃ、俺が説明をしようかな……」


 変な人がさらに変になっちゃってるせいで、万が一の際の俺の身の危険が増したが、動揺を表に出すことなく平然とした態度を保ったまま話を進める。


 ギラギラした猛獣を見ていた今日のメインの二人の視線がこちらに向く。


「分かっているとは思うが一応伝えておこう。

 これから君たちが入るのは領外地帯アドバンスド・エリア『猟獣の双神殿』だ。

 本来特級や一部の人間以外が入ることすら禁止されている迷宮ダンジョンの最終形態領外地帯アドバンスド・エリアでの訓練だということは忘れないように。

 ここでの訓練では今までと同じように俺と朱王さんは基本的に干渉しない。

 万が一のための保険のようなものだ。

 言っておくが、君たちがその力を特級だと認めさせるには最低限俺たちの力を借りる必要がないということを示さなければならない。

 分かったな?」


「はいッ!」「うすッ!」


「よろしい。

 ではこの訓練の注意事項だが、……「おい、もういいだろ?」」


「私が育てたワンコはいちいちそんなこと説明されなくてもわかってんだよォ。

 お前んとこのもそうだろ?」


 どうやらもう待ちきれないらしい……

 なんなのこの人……



 一応アリアの方に目を向けると、「任せてください」と言わんばかりに輝いてる目をこちらに向けてくる。


「なら、俺からも特に言うことはない。

 その力を存分に示せ」



 一応最後に発破のようなものを掛けるとアリアは鞭をヒュンと鳴らし、柴犬君は拳をゴツンと打ち合わせ両者気合を示した。


 なら後は、この二人に任せよう。



 俺はもう帰る!(当然帰れない)






――――――――――――――――――――――――――――――

朱王:迷宮に潜らない日はなかったが領外地帯アドバンスド・エリアは行ってなかったため禁断症状が出てるやばい人。

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