27 強さに問題なし
ボスのいる空間に武装して対峙する人間と戦う気のない人間が存在する。
既に臨戦態勢で鞭と短剣を構える
『蛇怨の死叫谷』のボスは多数の蛇の集合体によって作られた一つの大きな塊となった蛇である『ミッシュマッシュスネークズ』。
構成する蛇の一匹一匹が咆哮によって状態異常を与えてくるため非常に厄介な敵となっている。
相手取るには状態異常に対しての回復手段か直接レジスト出来るだけの実力が必要となる。
そして、アリアは魔石吸収によってレジスト出来るだけの状態異常耐性を獲得している。
相手の一番の攻撃は効かないだろう。
ならば次に警戒すべきは物量による多重攻撃。
集合体ではあるがおそらくその体は一つの意思のもと統一されている。
傷一つ負わないためにもある程度の距離をとって鞭で確実に捌ききる。
いつでも迎撃できるように自身の周囲に鞭を走らせ続ける。
ただ、相手もこちらの動きをみて警戒しているのかなかなか動こうとしない。
本来ならこちらが有利な状況。相手が動き出すまで待っていても何も問題はない。
しかしながら、現在はおそらく本格的な修行前のテスト期間。
この戦いもまた、見られている。
ここで、この程度の相手に消極的にしか戦えないというのは評価としてはどうなるか。
数秒考え込み、そして出した結論。
おそらくそんな姿を見せたら幻滅される。この程度の相手を無傷で真正面から打ち破れないなら弟子とするにはふさわしくないと評価されるだろう。
そんな十分に想像しうる未来を拒否するためにも全力を尽くす。
その覚悟を決めてスキルを発動させる。
今まではなくとも十分に戦えていたから使わなかったスキル。
多少消耗することになるが、この場での早期決着のためなら切るべきべき手札であると、躊躇いなく実行する。
発動と同時にその身から深紅のオーラがにじみ出る。
変化はそれだけに留まることはなく、肉体を変化させていく。
鞭と短剣を握る拳の爪が数cmほど伸び、何よりもその額から角のようなものが生えてくる。
「ッフゥゥゥゥゥッッッ!!」
漏れ出る呼気はパチパチと音を立ててはじける。
その姿はまさに鬼といえる出で立ちであった。
鬼嶋アリアが保有する切り札の一つであるスキル『鬼化』
獣化系統のスキルの一種でありながら、獣の特徴を体に発現させるスキル――『犬化』などの有名な物よりも、その力の上り幅が圧倒的に大きい
スキルの開放によってもたらされた力を以てボス蛇を威圧する。
これまでですら警戒して動かなかったボスはその圧を受けて、身を縮こまらせる。
ビビったのではなくおそらく遠距離からの鞭を警戒した防御用の体勢。
しかし、そのボスの変化を見たうえでアリアには何の焦りもない。
「30秒で終わらせてやるッ!」
防御姿勢をとったボスに対しての宣言。
そのままボスに向かって駆け出す。
ボスもただ向かってくるのを眺めるだけではない。
防御の姿勢をとったままいくつかの首から咆哮を放つ。
しかしながら、アリアは当然のようにレジストして、さらに加速して突っ込む。
相手との距離が縮まる中、右手を大きく引く。
その動きに合わせて鞭が大きくうねる。
ボス蛇もまた咆哮では近づくことを止められないと判断してその体を大きく膨らませて攻撃に転じる。
アリアは自身に迫る蛇を目で追いながら迎撃のルートを一瞬で組み立てる。
そして組み立てたルート通りに鞭が動くように腕を振るう。
迎撃として振るわれた鞭は予定通りに効率的に敵の体を弾き飛ばしていく。
それによってボス蛇の体は大きく仰け反るが、仰け反った分の反動を逆に使って攻撃に転じる。
今度はまとめられた太い面での攻撃ではなく、体を分断しての手数の多い攻撃に切り替わる。
「おっそいッ!」
裂帛の気合を込めて上から降ってくる攻撃を鞭で対処しきる。
『鬼化』によって強化された認識能力は多数の蛇の軌道を正確に読み切り、筋力は鞭にさらなるスピードを与えた。その結果どれだけ手数を増やされたとしても問題なく弾き切れる。
攻撃をすべて弾ききったことによって、大きく開かれたボス蛇の中心、すべての蛇の繋がる中心の一点。
その一点が確認できた時点で勝負はついた。
その場から大きく跳んで、今まで使うことのなかった左手の短剣を大きく引き絞る。
そのまま中心に向かって振り下ろし、確実に突き刺す。
ひときわ大きな最後の咆哮を上げてボス蛇『ミッシュマッシュスネークズ』はそのまま地面に倒れ伏した。
「ふぅ……」
そのまま『鬼化』を解除する。
徐々に爪も角も短くなっていく。
これで終わりだ。
可能な限りの速度で迷宮を攻略した。
最初に言われた条件はすべて守ってある。
今出せる全力は出し切った。評価を変えられるところはもうないだろう。
後は天に任せるしかない。
◆◆◆
うん……やっぱめっちゃ強い。
ボスと対峙してしばらく両者積極的に攻撃をしかけなかった。
そんな中、一瞬アリアから緊張しているような気配を感じたため、さすがにボス相手だとそうそう簡単にいかないのかと思ったが、どうやらそんなことはなかったらしい。
珍しい『鬼化』のスキルを切ったかと思えば、そのまま相手に突っ込み難なく攻撃を弾き飛ばし、最後にはおそらく魔石近くの急所に短剣をぶっ刺しておしまい。
30秒で終わらせると宣言していたが、そんな時間も要さずに楽々と葬っていた。
当然条件であったように傷は一つも負っていない。
やはり戦闘面で評価するならあの鞭はかなり強い。
縦横無尽に高速で動き回り、中遠距離を攻撃範囲として敵の攻撃も正確につぶせる上に『鬼化』と合わせた際のスピードと破壊力には目を見張るものがある。
さらには道中で見せた自然物に巻き付けての攻撃や防御は強力だ。
岩に巻き付ければ即席のフレイルのようにも盾としても利用可能とかなり応用が利く。
その他、探索に関する動きを見ても十二分に動けている。
むしろ比較するなら既にそこらの一級よりも上であると評価してもいいほどの動きを見せた。
まあ、半ば分かっていたことではあるが、彼女の才能は恐るべきものだ。
これを育てろとはなかなかに無茶ぶりではあるが、言っても仕方がない。
俺はとりあえずいかにも『よくやった』という表情をしながら手を叩いておくことにした。
――――――――――————————————————————
鬼化:かなり珍しいスキル。身体能力の強化といくつかの属性による攻撃を可能にする。
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