24 特級の常識なんて……


 会議室内は既に大荒れ状態となっている。


 中央部分では柴犬君と朱王すおうさんによる言葉通りの火力勝負。

 そこから少し離れた位置で空霧そらぎりさんの空間結界が張られ内部で木戸きどさんが暴れまわってる。

 そして裏田と九重はコイン当てを終え会議室全体で消えたり現れたりしながら鬼ごっこ状態に移行した。その際に壁も天井もお構いなしに縦横無尽に動き回っている。


 総じてものすごく騒がしいと言わざるを得ない環境になっていた。



「あの……私はやらなくていいんですか?」


 不安げな顔をしながら鬼嶋きじまアリアはこちらを覗きんでくる。

 その目は会議室の内部で起こっている非常事態を引き起こす人物たちを追っている。


「いやー、あれは特殊な事例だから気にしなくていいよ……

 俺たちは普通の話し合いでもしておこう」


「あ、はい……」


 明らかに彼女は困惑しているが、強い意志を以て話し合いへと持っていく。


 仮に俺に特級の実力がなく、指導できることが少なくても常識面なら教えられる。

 俺はこの子を特級の常識枠へと育てる方向で進めていくのがいいのかもしれない……


「とりあえず、改めて初めまして。

 君のことはいろいろ資料で見させてもらったよ。探索者になってすぐに大抜擢とは恐れ入ったよ。

 いやはやその才能がうらやましいと言わざるを得ないよ」


 これはまぎれもない事実で、本当に羨ましくも思う。

 が、おそらく彼女はおそらくお世辞だとでも思ったのだろう、少し苦笑い気味である。


「あ、ありがとうございます。

 えっと……その、あー……なんてお呼びすればいいでしょうか?師匠って呼んでいいですか?」


「……いや、もっと砕けた感じでいいよ?師匠呼びは何というか……こそばゆい感じがするし……」


 いや、もう本当に……師匠呼びはやめてほしい。

 師匠と呼ばれる人間はおおよそ弟子より強さなりで優れてないといけない存在だろう。

 そんな存在になれる気はしないので是が非でも遠慮していただきたい。



「わ、わかりました。でしたら白斗さんとお呼びしてもいいですか?」


「もちろんいいよ。あとついでに君のことを何て呼べばいいかも決めておこうか」


 朱王さんはもうすでに弟子となる柴犬君のことをワンコ呼ばわりしていた。

 何もそこまでする必要はないだろうが、少なくとも君呼びよりもましなものにしておいた方が良い。


「なら、アリアと呼んでください!!あと、私も砕けた感じで話してもらえた方がうれしいです!」



「……わかった、アリアこれからよろしく」


「はい!よろしくお願いします!」


 俺と彼女は握手をしようと立ち上がった

「だぁぁぁぁ、すんませぇぇぇん!とめてくださぁぁいぃぃッッ!!!!」

 瞬間部屋の中央から燃え盛る物体が飛んでくる。


 その正体はワンコ改め柴犬君——柴井炎珠しばいえんじゅであった。


「よし、アリア仕事だ。あれ止めてあげて」


「はいッ!」




 とりあえずこちらに吹き飛んできたファイアーワンコの処理を丸投げしておいた。



 ――――――――――—————



「うーい、お疲れさん。

 お前らのことだからめちゃくちゃするとは思ってたが、案の定って感じだな……」


 会議室内に入ってきた野水のみずさんは室内の惨状を見てため息をつく。



 会議室は三十分前とは似ても似つかない状態になっていた。


 あの後も話し合いの途中柴犬君が何度も投げ飛ばされてくる事態が多発し、まともに話し合いができる状況ではなくなったため、面倒くさくなってアリアを突っ込ませた。


 最低限の話はしたのだからもういいかという気持ち半分、面倒くさくなった気持ち半分で、混ざってこいとばかりに突っ込ませたのだが、朱王さんは嫌がることなく二人を相手取って炎をまき散らしだした。


 そしてその過程で神出鬼没鬼ごっこをしていた裏田・九重ペアにも流れ弾が当たり(おそらくわざと当てた)二人も参戦。


 さらには空間結界を張って二人で色々してた空霧・木戸ペアも話し合いが終わったようで結界から出てきたが、空霧さんの『混ざってきたらどうだ?』という一言によって木戸さんが参戦。


 空霧さんによって会議室内の壁や床、天井に強力な結界が張られ、さらには家具などが亜空間に収納されたことによって、全員がリミッターなしの全力を出し始め……

 地獄が出来上がった。



 おそらくこの光景を予想していたであろう野水さんは顔をしかめつつもどこか上機嫌のようにも見える表情をしている。


「まぁ現特級の力をその身で感じられたんなら今後のためにもなるし、いいか……

 あ、会長もう入っても大丈夫です」


「ああ……

 まったくいつも思うが、少しは自重してくれたまえ。

 君たちの力が少しでも漏れたらこの本部が消えるのだから……」


 そう言いながら入ってきたのは筋骨隆々の体躯にひげを蓄えた男性。


 日本の探索者協会におけるトップ。

 本人の実力はさしたることないが、驚くべきはその的確な読み。

 それによって最初期の迷宮発生災害での陣頭指揮を執った男。


 駒場詠星こまばえいせいその人であった。



「ともあれお疲れさまだ。皆席についてくれ」



 着席を促すその声はよく響く重低音で、なによりも有無を言わせないナニカを感じさせる声だった。


 さっきまで暴れたりしていた面々もおとなしく席につきだす。


「では、改めて探索者協会会長である私、駒場詠星より正式に此度の件についての依頼の説明を行おう」


 そう言って会長はタブレット端末を取り出し操作しだす。

 そうしてこの場にいる全員の持つ端末に通知を知らせる音が響く。

 おそらく会長が今送ったものであるはずなので、全員が確認するために端末を開く。


 送られてきたのはいつもの依頼に関して送られてくるものではない。

 そこにあったものは今まで見たことのない形式で送られてきたデータ。



 データのを開いて冒頭に書いてあるの文字は『特殊対策依頼』。



「諸君らも初めて見る形式だろうが、それは当たり前だ。

 この『特殊対策依頼』とは、今回の件に際して新たに作られた枠組みの依頼だからだ」


 見たことのない形式だと思ったらやはり新しい形式であったらしい。



「では、先に概略だけ説明しておこう。

 まず、私はこの先現在の特級だけでは対応しかねる事態がこの国に迫るのではないかと予想している。

 今回候補者を集め特級による指導を組ませた狙いはそこだ。

 いずれこの国に迫ると思われる危機に対して、確実に対応しきるための人選をしたと言っていい。

 詳細な情報は基本的に送った資料を見てもらえれば分かるが、先に言っておく……

 この件に関してだが、これは私の単なる予測というだけではない……仙洞せんどう君、そして白斗はくと君経由での情報提供によってもたらされた事実より推測した、ということは伝えておこう」



 なるほど……驚きである。


 俺が一体何の情報を提供してしまったせいで候補者を育てなければいけなくなったというのだろうか……?






――――――――――――――――――――――――――――――

駒場:将棋とかチェスがめっちゃ強い。



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