23 殺伐とした自己紹介


「いつも思うがお前らは会議室を何だと思ってんだ?」


「別にいいだろ、この程度なら……」


「一応外に熱が漏れることはないようにしていたし、火事にならなければいいと思ってた……」


空霧そらぎり……いつもはお前が止める立場だろ、こういうのは」


「む……すまん」


 野水のみずさんからの注意に対して首謀者の朱王すおうさんは悪びれることはなく、空霧さんは言い訳をしながらも一応謝罪をしていた。


「ったく、まあいい。全員怪我したりはしてねえな?

 じゃ、会議始めんぞー」


 特級への対応に慣れている野水さんは口頭で注意するだけで、それ以上の何かはなく会議の開始を宣言した。



 ――――――――――—————



「まずは、全員改めて自己紹介から始めるか。

 その後で各自の組み合わせでの交流していこうか。

 とりあえず特級組から始めてくれ」


 そう言って会議室の左側に座る特級探索者たちに自己紹介を促す。



「うむ……、空霧実巳そらぎりさねみだ。

 今回はまったく新しい試みだが、微力を尽くさせてもらう。

 よろしく頼む。」


 紹介の順番はおそらく来た順番での座席順なので空霧さんが最初なのはたまたまなのだろうが、この人が一番最初にやってくれると安定感があっていい。

 紹介も簡潔に実直さを感じる言葉でまとめられているのもポイントが高い。


 そのまま次の人に番が回る。

 次の人は……一応既に燃えてはいないが、たまに体からチリチリと火花が飛んでいるのが気になる。


「『灰の魔女アッシュウィッチ』、朱王萌美すおうもえみだ。

 最初は何で雑魚の育成を手伝わなきゃいけねぇんだとも思ったが、一応最低限の力があるようだから鍛えてやることにした。

 感謝しろよ?」


 うん……空霧さんの安定感のある自己紹介で作られた空気をぶち壊しかねない発言をしているが、それでも相手の実力を認めている部分もあるのでギリギリセーフだ。

 感謝しろ、と言っているが、それも本来の特級探索者の実力を考えればあながち傲慢なセリフというわけでもないように思える。



 そしてそのまま次の座席順である俺の番が回ってくる。


伏野白斗ふしのはくとです。

 皆さんが特級に近い実力があることは聞いているので期待しています」


 無難に置いた自己紹介。

 自分の力で育てるとは言わずに、強いんだから勝手に育てという思いを隠しながら意思表示をしておく。



 これで残すはあと一人。


「どぉ~も、裏田表うらだおもてで~す。

 皆緊張してるようだからここはひとつ僕のマジックでも披露しよう……かと思ったけど……どうやら野水さんが怒っちゃいそうだからやめとくねぇ?

 どうしても見たかったら話し合いの後で見せてあげるからねぇ」


 自己紹介というよりも候補者に向けて何かを披露しようとして野水さんの気配を感じてやめた。

 野水さんからしたら既に朱王さんが変なことをしていたので、裏田もまた変なことをしかねないと思ったのだろう。

 まぁ……正解だろう。どうせマジックとか言っても候補者を変な方法で驚かせたかっただけに違いない。



「ま、特級おまえらに殊勝なコメントで自己紹介してほしかったわけでもねえからいいか……

 次はお前らだ。緊張なんてせずに自己紹介しろよ?」


 野水さんはそういって今度は長机を挟んで反対側に座る候補者たちに目を遣る。



 最初は候補者の中で最年長である人物が立ち上がって胸を張る。

 探索者には珍しい普通の眼鏡をかけ、さらに現在はスーツを着ているため、その見た目はいわゆる典型的なサラリーマンのようにしか見えない。


「お初にお目にかかります。木戸漠雁きどばくがんと申します。

 今回は空霧さんの下に弟子入りさせていただく形となります。

 これから何卒よろしくお願いいたします」


 言い終わると同時に頭を下げ席に着く。

 なんというか、空霧さんとの相性は良さそうというか、かなり似ている気がする。

 簡潔で実直な自己紹介と見た目も相まって非常に真面目そうな印象を受ける。



 そして次の席順に移る。


柴井炎珠しばいえんじゅっす!!

 戦闘スタイルは炎系のスキルと獣化のスキルを使って戦います!

 二つ名は『紫の犬シバ・ドッグ』。不満なので変更してほしいです!

 俺は朱王の姐さんのもとで修業させていただきますッ!よろしくお願いします!」


 なんというかこの人も見た目通りに非常に元気いっぱいの若者という印象を受ける。

 なぜか既に朱王さんのことを姐さんとか呼んでたことと、二つ名も相まって舎弟感というか元気な犬感がすごい。


 おそらくこの場にいる全員が同じような感想を抱いているが誰も何も突っ込まずに次の番へと移る。



「おおきに皆さま、九重玖音ここのえくおんと申します。

 得意なのは幻覚系。一応『鏡の中の狐ミラーズフォックス』なんて呼ばれとります。

 これからは裏田さんのもとでお世話になります。

 よろしゅうお願いします」


 今度は先ほどの柴犬君()と比べて落ち着いている。

 最初の木戸さんとはまた違う落ち着き方。非常にゆったりとした印象を受ける。

 隣を見ると裏田がニコニコしているのでこれから彼女の精神が持つことを祈っておく。

 いつか彼女が強くなったときに盛大にやり返されればいいのにとも思っておく。



 そして最後、この中にいる誰よりも最年少、探索者歴も新人といえるほどにダントツで短いのにこの場に選出された鬼才。


鬼嶋きじまアリアです。

 戦闘は鞭と短剣を使って戦います。二つ名はありません。

 伏野ふしのさんに修行をつけてもらいます。

 強くなるためなら何だってします。これからお願いします!」


 最後は俺の弟子になる候補者の子。

 受けた印象は他に負けず劣らずやる気に満ち溢れていること。

 普通ならいいことのはずだが、あいにくと俺には強くなるための修行など不可能であるので、せいぜい死なない方法とかを教えてあげて迷宮に行かせることを心に決めた。



「うし、とりあえず全員の自己紹介は終わりだな。

 じゃ、しばらくそれぞれの組み合わせでコミュニケーションでも取ってくれ。三十分くらいあれば人となりとかも分かるだろ。

 正式発表までにある程度は打ち解けておけよ?

 終わったら俺も交えて当日の動きとかを詰めていこう。

 じゃ、俺は一旦仕事に戻るからな~」


 自己紹介が終わった瞬間に野水さんは手を振りながら会議室から出ていく。





「しゃぁぁぁ!!わんこォ、お前の全力魅せろやァァァ!!!」


「うす!お願いします!」



「とりあえず普段の戦闘はどういう感じで戦うか直接見たい」


「分かりました」



「このコインが裏か表か当ててみてぇ?」


「えぇわかりました」



 野水さんが出ていった途端に室内が一気に騒がしくなる。

 会議室内で再び暴れようとしている人もいるし……なんかもう……帰りたくなってきた……



「とりあえず俺らは普通に話し合いでもしよっか?」


「あ……はい」



 おそらく特級という枠組みにいる人間のめちゃくちゃ度合いに慣れていないのだろう。

 鬼嶋アリアは明らかに戸惑っていた。



 これが洗礼かと思うと少しかわいそうに思えてきたな……






――――――――――————————————————————

二つ名:基本的に探索者協会から正式に名付けられるが、有名なってくるとネットとかで呼ばれ始めたりしてそれが採用されることもしばしば。

ちなみに木戸漠雁の二つ名は『多重仕事人マルチプルワーカー

鬼嶋アリアはまだつけられてない。

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