二章

22 顔合わせ


 特級候補者に関しての会議があってから3週間。


 例の件について三日後に協会から世間に向けての正式な発表がある。

 ということで本日は候補者と顔合わせ兼打ち合わせのため探索者協会へ出向かなくてはならない。


 ここ最近は鍛錬の繰り返しの日々だったのでスーツを着るのは久しぶりだった。



「ハク、緊張してる?」


「さすがに緊張します。俺のミスが命取りになりかねませんから……」


「この前話し合ったことは覚えてる?

 最悪の場合の嘘の許容ラインの見極めは大事だよ。

 隠すべきところは徹底的に隠しきれば大丈夫だから」


「……はいッ」


 帆鳥ほとり先輩や野水のみずさんを交えての話し合いは何度もした。


 その中で決められた一つのライン。


 何があっても隠しきらなければならないのは『伏野白斗』の真実うそが世間に知られてしまうこと。

 これがバレると非常に面倒なことになるのでここだけは徹底的に伏せなければならない情報となる。


 逆に言うとそれ以外の部分ではその後のリカバリー次第では何とかなる可能性がある。

 そのため最悪の場合は、最大の秘密以外をあえて手放すことすら視野に入れて行動しなければいけなくなった。


 もちろんすべてを隠しきるのが一番の理想ではあるが、おそらくそれは無理であることもわかる。



 だからこそ……緊張してしまう。



 ――――――――――—————



 探索者協会の本部につき車から降りるとそこには見知った顔が二人いた。


 一人は野水さんの部下の一ノ瀬いちのせさん。


 そしてもう一人、ひどく目立つ男が立っている。

 今日は候補者との顔合わせと話し合いというまじめな場のはずだが到底真面目とは言い難い奇抜な恰好をしている。

 協会職員が基本スーツのため余計に際立つ前時代的なマジシャンのような、もしくはピエロのような服装の男。


 その人は特級探索者の一人——『怪術師バスカード』の二つ名で親しまれる裏田表うらだおもて、その人であった。



 車から降りたと同時にこちらに気が付いたようで手を振ってくる。

 挨拶のため軽く手を振り返すとなぜか向こうの手を振る様子がどんどん大振りになっていく。

 そのまま手を振るどころか体を揺らすと表現したほうが適切なほど全身をブンブン振り回し……風船のように破裂した。


 裏田あいつがおかしな行動をすることは割といつものことだが、今日はいつもに増して変度合いが高い。


 少なくとも今まで会って数秒で破裂したことはなかった。


 よくわからないがこういった茶番は何度も見てきたのでこの後の展開は大体わかる。

 大体の場合は人を驚かせようとするはずなので天井にぶら下がっていたり、逆に地面から上半身だけ突き出したような体勢で現れるはずである。


 何が起きても驚きすぎないように少し身構えると突如誰もいなかったはずの背後から肩を叩かれる。

 驚かないようにしていたはずなのに驚いてしまい、思わず衝動的に拳を振るいそうになるがギリギリで止まってゆっくり後ろを振り向く。


 案の定そこには、ニマニマと腹の立つ笑顔を浮かべる裏田がいた。


「ビクッてなってたねぇ。驚かないようにしてたのに予想できなくてビクッて……プププッ」


「いちいち変なことすんのはやめてくれ……」


 残念ながらびっくりしてしまったことは事実なのでそこで笑われても仕方ないが、腹は立つ。


「オモテかウラか、オモテがウラでウラがオモテの裏田表だからね、僕は人の裏をかくのが好きなんだからしょうがないよ」


「あんたの趣味が悪いのは十二分に知ってるからいちいち言わなくてもいい……」


「ひどいなぁ」



 クスクスと笑う裏田と共に一ノ瀬さんのもとまで歩いていき、そのまま協会の中へ案内される。


 今日この場に裏田がいることは知っていたので、何でここにいるのかをわざわざ尋ねたりはしない。


 目的は同じ――特級候補者への顔合わせだ。


 だから案内されるところが同じ場所なことはおかしくはないが、道中延々としゃべり続けてくるのは少し遠慮してもらいたい。



 ――――――――――—————



 案内されたのは以前使ったところとは違う大会議室。部屋の手前で一ノ瀬さんは野水さんを呼びに行くため引き返していった。

 そのため俺が先頭で会議室の扉を開く。



「!!?ッお疲れ様です……」


「やぁやぁ、どうも皆様!……これは……随分熱烈な歓迎ですねぇ」



 中に入ると既に数人が座って待っていた。


 一人はこの前会議にも参加していた空霧そらぎりさん。


 そして会議室内にいるもう一人の特級探索者——『灰の魔女アッシュウィッチ』の二つ名で呼ばれる朱王萌美すおうもえみはなぜか全身燃えている状態で椅子に座っていた。


 二人ともこちらに視線を向けるが、特に反応せずに椅子に座り続けている。


 なぜ彼女が燃えているのか?そんな疑問は口に出さない。

 特級の人間が意味不明なことをしていることなどよくある。


 理由を聞いたところで修行のため、などのまともな答えが返ってくる可能性の方が低い。

 大抵はなんとなく暇つぶし、とかの一般人からするとよく分からない回答が返ってくる。



 ただ会議室内には、変なことをしている人とそれを隣で黙って耐えてる人の他にも待っている人が四人。

 こちらは実際に会うのは初めましてだが、全員その顔は知っている。



 この四人こそが特級候補となる四人。



 四年前に作られて以来増えることも減ることもなかった特級探索者という枠組みに新たに名を連ねる可能性があると判断された人たち。


 数年前からコツコツと実績を積み上げてきた猛者もいれば、探索者になってからまだ三ヶ月もたっていない若者まで。


 四人に共通することは誰もが探索者としての才能に愛された人たちであるということ。



 この場にいる誰よりも才能それに愛されなかったのはおそらく俺だろう。

 だが、それでもこの場では強者のふりをしなければならない。


 これまでの経験のすべてを活かして虚勢を張るために集中する。



 とりあえずこのよくわからん状況でジョークでも言って場を和ませてみようかと考えを巡らせているとふいに会議室の扉が開く。



「遅くなってすまん。ちょっと前の仕事が……この部屋熱くね?何やってんだお前ら?ここ会議室だぞ、ふざけんなよ?」



 入ってきた野水さんによって極めてまともな感性があれば生まれる、極々常識的な指摘がなされた。



 うん……そうだよね。やっぱ指摘するよね……






――――――――――————————————————————

野水さん:実はかなり優秀な人。戦闘力は高くないけど特級の人には信頼されてる。協会内での地位もそこそこある凄い人。

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