閑話 修行後のご褒美?


「ガアアァァァァァッ」


 喉から声を振り絞りながら拳を振り抜く。


 しかしながら全力で繰り出したはずの拳は何も捉えることなく空中を泳ぐ。


「速度はまぁまぁかな。でも動きが単調すぎる。

 これだと正面以外に回られた時に対応できないよ。

 今の体勢からパンチを打つなら……こうッ!」


 難なく避けた帆鳥ほとり先輩は今の攻撃に対する評価をしながら、お手本となるパンチの打ち方を実演して教えてくれる。


 ただ、一つ問題点があるとすればやり方を見せてくれるのではなく、その拳が直接俺の腹に突き刺さっていること。

 何とか衝撃を逃そうとするが強烈な一撃の衝撃をすべて受け流せるはずもなく、足が地面から離れ向かいの壁まで吹き飛ばされる。

 そんな状況では今のパンチの打ち方を見て学ぶことなんてできるはずもない。

 後で、録画した映像を見なければいけない。


「今の受け方もダメ。一瞬半端に避けようとしたせいで受け流しがうまくできてない。

 常に行動は決めて動くように、判断は一瞬でしなきゃ……コロスヨ?」


 帆鳥先輩はこちらを睨みつけながら低い声で脅し文句を言ってくる。


 しかしながら最後の部分は思いっきり棒読みのため、それが本当に殺す気が無いことがまる分かりである。

 むしろ精一杯虚勢を張っているようで可愛いまである。



「ふざけたこと考えてないで早く立って。もう一本いくよ」


「はい……」


 どうやら先輩はいつの間にか心を読めるようになったらしい。




 まぁ……ついつい顔に出てしまったせいだろうが……




 そんな感想を抱きつつ立ち上がる。

 吹き飛ばされた瞬間からスキルを発動させていたので既に立ち上がって行動できる程度には回復している。


「もう一本、お願いします!」


 こちらが半身になって構えると帆鳥先輩も無言で構えをとる。


 お互い無言のまま距離感を測り合う。


 じりじりと踏み込んでいき、こちらの攻撃範囲内に入ったところで全力で踏み込む。


 繰り出すのは高速の蹴り。


 ただこの程度の攻撃は当たらない。

 目の前にいたはずの先輩の姿が掻き消える。


 必死に周囲の気配を探るが、捉えきれない。

 おそらく周囲を高速で動き回っていることだけは分かるが、正確な位置がつかめない。



「一分以内に攻撃を当てられたらご褒美をあげる」


 姿は全く見えないが耳元で囁くように声だけがする。



 聞こえてきた言葉が脳内でリフレインする。


 ご褒美……ご褒美である。



 なんとか帆鳥先輩の姿を捉えようとしていたが、この瞬間今まで以上の速度で脳みそが回転するのが分かる。

 頭で考えて捉えるだけでなく、周囲の状況を五感すべてでとらえようと感覚が鋭くなる。

 目では既に追えていない。周囲を高速で移動しているはずだが音もしない。

 それでも捉えようと集中する。

 視覚と聴覚で無理なら嗅覚、触覚で感じればいい。


 匂いは残っていない……無理である。

 体の皮膚で感じる空気の流れは速すぎる……これも無理である。


 残る五感は味覚だが、あいにく活かせそうにない。



 だが、その程度で諦めることはできない。

 なんせ賭かっているのは先輩からのご褒美である。

 断じて諦められるものではない。



「っっそこッ!!」



 捉えたわけでは無い。

 多分、なんとなく、そこにいる気がしたから振り抜いた拳だったが、確かに先輩の手に当たっていた。

 大きなダメージはない。当たった瞬間に衝撃は受け流された。

 しかし、確かに攻撃は当たった。


「っしゃああああ!!」


 攻撃は当てた。帆鳥先輩はこういった場で嘘をついたりしない。

 当たるつもりがなかったからした約束であっても、当たった以上その約束は守る。

 つまりご褒美は確約された。



「ん。よく当てたね。分かってて攻撃した?」


「いや、まったく捉えられてませんでした。当てられたのは勘です。」


「そう、それでいい。その感覚を忘れないで」


 分かりにくいが微かにその口角が上がっているのが分かる。


 帆鳥先輩をはじめ特級探索者のような実力者は『勘』が非常に鋭い。

 今の攻撃を当てた時に感じた『なんとなく』とあの人たちの言う『勘』が一緒のものなのかは定かではない。

 それでも帆鳥先輩があの攻撃を当てられた理由を聞いて『勘』と言われて疑問を覚えることなく褒めてくれたのは、先輩自身が常日頃から『勘』による行動を信じて動いているが故だろう。


「それで、その……ご褒美は……いったい何でしょう?」


「手料理」





 うん……非常にまずいことになった。

 おそらく帆鳥先輩は本気でご褒美のつもりだ……


 ただ先輩はなんというか――壊滅的に――料理がへたくそなのだ……



 今の組手の間で使うことはないと思った味覚がここにきて終わりを告げた気がした。



 ――――――――――—————



「ご、ちそうさま……でした」


「おいしかった?」


「もちろんです」



 帆鳥先輩によってふるまわれたお手製の料理たちは見た目は非常においしそうに見えた。

 そう、見た目だけは……


 味はお察しである。


 ただ、それでもふるまわれた料理を残すことなどありえない選択肢であるため、気合を入れてすべてを食べ切った。



「よし、それじゃあお腹も膨れたとこだし明日の探索について話そっか?」


「……はい」



 明日からは埼玉にできた領外地帯アドバンスド・エリアへの探索が始まる。


 今日の訓練では帆鳥先輩からのご褒美という言葉につられて驚異的な『勘』を発揮できたが、この程度はいつでもできるようにならねばならない。


 帆鳥先輩からの料理によって気力がそがれたのか、はたまた気力を蓄えられたのか、判断が難しいところではあるが蓄えられた方だと断じる。


 明日からまた、地獄のような戦場に向かうのだ。



 蓄えられたのだと思いたい……






――――――――――————————————————————

閑話:本編が始まる前の修行の一幕。先輩は料理ができない。

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