19 宝箱の手

 状況を確認して即座に剣を抜き放ち、少年に迫っている手を斬りはらう。


難波なんば!お前は保護だ!」


「りょ~かい!」


 緊急信号を出していた少年に外傷はなかった。

 この『手』との遭遇からここまで逃げ切ってきたのだろう。

 治療が必要ないならここから動かす必要もないので難波に保護を任せ、迫りくる『手』に集中する。


 先ほどの会敵から一瞬で斬りはらった幾本かが引っ込むが、補って余りあるほどの『手』がこちらに向かってくる。


「俺を敵として認識したか?なら、好都合だッ!」


 迫りくる『手』は通路いっぱいを埋めるほどの物量だが関係ない。


 今、優先すべきは少年の保護であり、後ろに向かわないのなら安心して立ち回れる。

 仮にこれが何が何でも少年を殺す意思に基づいて行動しているなら、とれる行動は狭まっていた。


「オッラアァァッ!!」


 先端がこちらの攻撃に範囲に入ったそばから斬り伏せる。


 ただ、それでも相手はひるむ様子を見せない。

 普通のモンスターであっても何本もあるからと言って手を斬られて無反応だとは思えない。


 と、なると考えられる可能性は二つ。

 一つは、この手のように見える器官が髪や爪などの痛覚がないものと同じで、たまたま人間の手に酷似しているだけの可能性。

 そしてもう一つは、あまり考えたくないが、モンスターではなく探索者のスキルによって顕現している可能性。


 どちらもありうるが、後者であった場合よほどのことがなければここまでのスキルを一個人に向けて使うことはない。

 というか、よほどのことがあったとしてもこのような暴力の振るい方は間違いなく罪が重くなる。探索者ならその程度のことは把握しているはずである。



 普通なら後者の可能性は切り捨てて未知のモンスターと断定するが、それを邪魔しているのは緊急信号を発信した少年バカの存在。

 正直、こいつなら相手をここまでさせてしまうほどの何かをやらかしたのではないか?と疑ってしまう。


 相手が未知のモンスターだろうが、激昂した探索者だろうが、ここまでのことをやってくる相手を力ずくでねじ伏せて殺してしまってもこちらが罪に問われるようなことにはならない。

 しかしながら相手が、仮に探索者であった場合は出来れば生け捕りが望ましい。


 それは探索者としてのモラル。


 もちろん絶対ではない。

 圧倒的に優勢であって可能なら、と言われる程度の戯言だ。

 ほとんどの場合において生け捕りにする必要などないと判断される。


 ただ、この場合俺が特級探索者だからこそ難しい。

 あの『』ですら無理なのかと言われたくはないのだ。

 多分言うような奴はほとんどいないだろうが、可能性はゼロではないなら注意すべきだという考えが、判断の邪魔をする。



 いつまでたっても埒が明かないが、今できることが迫りくる『手』を斬ることだけなのでただただ斬っていく。

 上段から迫る手を斬りはらって流れのまま左右から囲むようにしてきた手も斬る。


 斬った『手』は引っ込んでいくが通路の奥から追加で『手』がやって来る。



 しばらく斬り続けていると背後から近づいてくる気配を感じる。


「どうした。なにか問題か?」


「いやあの子はもう大丈夫。結界で包んだからね。ただあの子から聞いた話だとちょっとまずいことにはなってるね……」


「まずいこと……?」


「とりあえず分かったことから伝えるけど、『手』はたぶんモンスターだ。

 あの子が遭遇したのはこの通路をずっとまっすぐ行って突き当りを右に曲がったボスのいる場所らしいから、この『手』はおそらくここのボスだろうね?

 そして、それはつまり……」


「もういい。分かった。随分と良い知らせで、つ悪し知らせだ……」


「だね、どうする?」


「この『手』の相手は俺一人でする。難波はもう一度全体に緊急信号で通達を出しつつ、全員を連れて迷宮からの脱出を急げ」


「了解!ボス倒したら早いとこ出て来てよ?」


「ああ、当たり前だ」



 いい知らせは相手がモンスターだと判明したことと、相手の位置が判明したこと。

 悪い知らせは本来たとえボスであってもこの迷宮では発生するはずのないモンスターが存在していること。


 難波が続けて何を言おうとしていたのかは分かる。

 本来いるはずのないモンスターがボスとして存在するという事実から導き出せる答えなど一つしかない。



 それはつまり、迷宮ダンジョンである。




 迷宮は稀にだが進化をする。

 進化の順番は内観インナー型から外観アウター型へ、そして最後は領外地帯アドバンスド・エリアへと変わっていく。



 はじめは力が足りないから既存の建物を外殻として利用して己が世界を内側に構築する。

 そして力がたまればその外殻すら自身によって構築する。

 そして最後は周りの世界すら飲み込もうと侵食しだす。



 極々まれにしか発生し得ない迷宮の進化。

 内観インナー型の迷宮であった『ミミックファクトリ―』は今、外観アウター型の迷宮へと進化を遂げようとしていた。


 この『手』を持ったモンスターもまた、その進化の一部であることが予想できる。



 そして何より問題なのは、進化の瞬間に迷宮ダンジョンにいる者は閉じ込められる、ということ。


 正確には完全に閉じ込められるわけでは無い。

 初期の迷宮発生時と同じように出口がなくなる、という意味で閉じ込められる。

 そうなると唯一の出る方法は迷宮の攻略のみとなる。



 だからこそ、難波には今いる探索者達が外観アウター型への進化に巻き込まれないよう迷宮の外に出すように指示を出した。


 そして、その脱出の際に邪魔になりそうな通路をふさぐほどの大量の『手』を出すモンスターを撃破して時間を稼ぐことに適任なのは、この場では自分を置いて他にはいないことも分かる。



 たかだか通路いっぱい分程度しか出せない手の集団など面倒ではあるが脅威ではない。

 言っては何だが内観インナー型から外観アウター型への進化程度で現れるモンスターなど所詮たかが知れている。

 今更改めて覚悟を決める必要などない。



 さすがに斬られすぎて迂闊に突進することをやめて、こちらの様子を窺うようにうねうねと動いている『手』に向けて改めて剣を向け宣誓する。



「今からてめーを丸裸にしてやんよ。おてて洗って待ってろやァ!!」






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迷宮:たまに進化する。定期的に攻略して力を削る必要があるのはこのため。一応攻略しまくると力をなくしてそのうちグレードダウンしたりもする。







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