15 下見兼修行


「いや~、白斗はくとと一緒に仕事すんのも久しぶりだね~」


「そうだな、最近はお互いめっきり忙しくなったしな」


 動画で使用する冒頭を撮り終わりカメラを一時的に切った状態で私的な会話が続く。


「僕の方はそこまで忙しくもないけどね」


「嘘つけ、お前の動画は嫌でも目に入るくらい人気コンテンツだろ」


「それってサジェストに出てきてるだけでしょ?僕のこと好きすぎる証拠じゃん」


「うっせぇ、迷宮ダンジョン関連のこと調べたりしてっと勝手にそうなんだよ!」


「ええ~ほんと~?」


 ニマニマ笑いながらこちらを見てくるが、難波の性格は昔から変わらずこんなものなので不思議と不快感はない。

 この男は普段は飄々として鬱陶しいやつを演じているが、実際のところボッチで飯を食ってるやつに話しかけて友達の作り方をアドバイスしてくるような根はいいやつである。


「あっ、てかさ、この前モナさんとご飯行ってたでしょ?空霧そらぎりさんも一緒に。あれ見た時はさすがに羨ましかったな~。今度僕も連れてってよ」


「いや、あれ私的な用事で飯食いに行ったんじゃなくて会議の後の打ち上げ?的なやつだから」



 分かりやすくチラチラとのぞき込んでくる姿は鬱陶しいのでそのまま無視して持ってきたカバンを漁る。

 取り出したのはそれ単体では何をするためのものかわからない変な形をしたパーツ。


「ん?なにそれ?」


「修行用の……まぁ、重り的なやつ……かな?」


 正確には可動制限用拡張装甲。重りとしての役割もあるがメインは体全体を動きに制限をするための装備である。

 現在の装備の拡張パーツとの互換性がある特注品である。

 装備に関しての開発提供を行ってくれている企業に先輩の発案した要望をまとめて出した時点で、向こうの担当者から『犯罪者の拘束用ですか?』と尋ねられるほど無駄に高性能で凶悪な代物。

 そんな危険なものを次々と戦闘服バトルスーツの拡張パーツとして取り付けていく。


「ほへー、さすがは特級。楽な仕事でも自分を休ませることはしないってことか」


「ま、鍛錬を怠ることはできないからな……」


 仕方ないのだ。これは前々から先輩が考案し、先日の一件によってさらに手を加えられた鬼のメニューの一環なのだから。

 サボればより地獄が待ってるのならいま鬼と戦うしかない。


「ま、いっか。この後の予定だけど、とりあえず僕は下見がてら迷宮内を見て回るつもりだけど、どうする?」


「俺もこの装備での動きの調整をやっておきたいからついていこうかな」


「りょーかい、けど白斗今日下見して明日の本動画の撮影の時にちゃんとリアクションできるか~?」


「任せろ、演技は得意だ」


「絶対嘘だろ!」


 演技なんて一番得意な領域なので思わずドヤ顔をしてしまったが、向こうからは疑いの声が上がってしまった。

 疑われて悲しいのか、はたまたこれまでの演技が演技とばれていないことを喜ぶべきか……どちらかというと後者よりの気持ちが強い。




 迷宮は一般に二種類に分けられる。

 一つは元あった土地や建物はそのままに内部の構造が異界化している内観インナー型。

 もう一つは元あった土地や建物を破壊して新たに塔のような建造物ができたり洞窟を作ったりする外観アウター型。

 あと、一般じゃない迷宮として最終形態の領外地帯アドバンスド・エリアがあり、すべて合わせると三種類。


 内観インナー外観アウター領外地帯アドバンスド・エリアの順番で危険度が増していく。


 そして、ここ『ミミックファクトリー』は内観インナー型。

 元々あった工場跡の唯一残された入り口が迷宮への入り口になっており、内部は迷路のようになっている。

 通路の幅は横5m縦4mほど。二人並んで歩いたり戦闘をしたりするには十分な大きさの通路も確保されている。

 さらに出てくるモンスターはミミックのみ。

 どうあがいても危険はない。




 そんな通路を下見として入った二人が全力疾走している。


「だあああぁぁぁぁぁッッッッッ」


「ハァッ、ハァ……ダ、ッブッッ!!」


 片やゴールと決めた地点に向けてスパートをかけ、片や気を使いながら走りそのうえでズッコケた。


「ハハハハ、走るの難しいでちゅか~?」


「クッソがよぉ、走りにくいんだよコレ!!」


 安全な迷宮という環境で新たな装備の使用感を確かめていたところ難波なんばからの提案で競争しようということになったため二人は通路を全力で走っていた。



 ただ、新たに取り付けた拡張パーツは全力で走ることさえ困難にしていた。

 このパーツには常に的確に魔力を送り続けなければならない。多くても少なくてもダメ。正確な量を送り続けないと関節部分がロックされたり全体が加重されたりする。

 さらに言うなら必要な量は一定時間で変化する。

 変化した瞬間に次に必要な量を把握して送り込まなければ当然制限がかかる。


「それ、そんなやばいの?」


「やばい、担当者からは犯罪者用の拘束具を疑われたし、実際に運用しようと思うと常に気を張ってないといけないからかなりしんどい」


「なんでまたそんなもんを着けてんだよ……」


「修行だって言ったろ。これで常に体の動きを意識できるようにしつつ、無意識化での魔力の制御できるようにすんだよ」


 先日のモナさんとの模擬戦では相手の未知の手段に対して一瞬思考が奪われたことで危うくそのままやられかけた。

 だからだろう、思考がどこにあっても体を動かせるようにするためのメニューを組まれた。

 そしてもう一つの無意識化での魔力の制御。これもまた次のステップに進むために必要だといってやらされている。



「ま、きついはきついがこれで確実に強くなれるっていうんならやらない手はないだろ?」


「いや~どうだろ。その修行方法あってるかも分かんないし強くなるかも分かんなくね?」


「いいや強くなるね!間違いなく!」


「特級になりゃそういうのも見えてくんのかねぇ?僕はそこまで強さを求めるわけでもないから分かんないや……」


 実際これで強くなれるかどうかは正直分かってない。この訓練が何のためにするのかは聞いたが、最終的に習得できるかも分からない。



 だがそれでもやるのだ。

 根拠なんてものは帆鳥ほとり先輩がやれといった、それだけで十分なのだから。






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難波:職業は探索系動画投稿者。迷宮内で料理したりキャンプしてる変人。モナのファンでもある。

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