12 奥の手


「…………」


 沈黙が流れる。


「無視すんな~」


 地面に倒れこんだままでいると容赦なく蹴りが飛んできたので起き上がって回避する。


「おい、答えろよ」



 答えたくない。答えたら間違いなく使えと言ってくる。

 奥の手はギリギリまで出さないから奥の手なのだ。

 必殺技とは違う。

 出せば勝てる技が必殺技で、出せば大抵のが奥の手だ。

 特に俺の奥の手は半分自爆みたいなモノだし……


「な、何を根拠に……」


「勘」


 返ってくる答えはシンプル。


 これだから嫌なのだ。

 特級に分類されるような人間はどいつもこいつもバケモノじみている。

 この人たちの勘というのは非常によく当たる。時に不自然なほど的確に物事を見抜く。

 ちなみにその代表格が帆鳥ほとり先輩である。あの人の勘というものは確実に当たる。そのせいで嘘なども効かない。

 まぁ、その程度できないと特級などやってられないのだろう。


 もう誤魔化すことは無理そうなのであきらめて何とか使わないでいいように話を持っていくしかない。



「いや、俺の奥の手って使い勝手が悪くてですね?軽々しく使えないんですよね?」


「ほぉーう?うちとの戦い程度じゃ使えませんてコト?」


「いやいや違いますって、そういう意味じゃなくてですね……」


 どうにかあきらめて欲しかったが、もう最悪である。



「これはハクっちの正確な実力を測るためでもあるんだよ?底の底まで絞り出してもらわなきゃ意味ないでしょ?」



 その言葉は刺さる。

 そもそもこれは俺の実力不足が招いた結果であり、今いるみんなはそれをカバーしてくれようと集まってくれた人たちだ。



 だから覚悟を決める。

 戦うときに決めた覚悟とはまた別の覚悟。

 この人たちに誠実に応えるための覚悟。



「わかりました……俺の奥の手、お見せします」


「そう来なくっちゃ☆」


 モナは大変愉快そうに、そして獰猛に笑う。



「じゃあ、準備しますのでちょっとだけ待ってください」


 戦闘服バトルスーツについているポーチから魔石を取り出す。

 モナが取り出した魔石をのぞき込むように見てくる。


「それ魔石?黒なんて珍しいもの持ってるね」


「ええ……」


 それはそうだろう。

 基本的に迷宮で見つかる魔石で多いのは白色の魔石。三等級以上の魔石となると内包したスキルに合わせた色になったり、たまに関係ない変な色になるが、黒の魔石はほとんどないはずだ。


 答えながら準備を終える。

 準備とは言ってもそう手間のかかるものではない。

 戦闘中に使うために長ったらしく準備が必要なものなら、それはもう奥の手とは呼べない。


「それじゃ、いきますよ。戦い続けらるのはもって5分です。それ以上は動けないのでその時点で攻撃を止めてくださいね……?」


「うんうん。わかったわかった☆」



 手に持った魔石を咥える。

 そのまま剣を抜いて構える。

 今度は正面からぶつかるために正眼の構えをとる。


 後は咥えた魔石を嚙み砕いて飲み込めば奥の手が発動する。


 この後はもう流れに身を任せるしかない。

 身に溢れるであろうエネルギーを思いのままに開放しつくす気持ちで顎に力を込める。





「もうおしまい」




 唐突に目の前に人が現れる。

 それはよく知る人物である帆鳥先輩。



「え……!?」


 いつの間にか咥えていたはずの魔石が口元からなくなっている。




「おい…………邪魔すんなよテキトー女がァァッ!!」


「うるさい黙って媚売り女」



 突然のことに困惑していると、激高したモナさんが帆鳥先輩に向かって蹴りを放ち、帆鳥先輩も受け止めながら言い返す。



「テメェに用はねぇんだよッ!!!」


「私もあなたに用はない、でもこれは許容できない」


「大体いっつも後ろに引っ込んでた陰険女が出しゃばってくんなよォ!」


「……うるさい」


 二人は言い合いながら高速で攻防を交わす。

 特級二人の戦いは既に介入できる状態ではなくなった。



「そこまでだ二人とも」


 激突しようとしていた二人の間に別の人間が立つ。

 この二人の間に入って止められるような人物はこの場にはあと一人しかいない。


空霧そらぎりさぁーん!!」


 助かった。

 さすがは特級のストッパー役である。

 この人がいなかったら現場はひどいことになっていたであろうことが想像できる。

 主に余波に巻き込まれるであろう俺がぼろぼろになるとかそういう意味合いで。



「すでに白斗はくとの実力自体はある程度把握できたはずだ。奥の手については本人と友禅ゆうぜんにどのようなモノなのかを聞くにとどめるだけで十分だろう」


 戦闘方法がゴリゴリに脳筋戦法なだけで、こういった場面での冷静な判断にはさすがは常識人と言わざるを得ない。


「……チッ」


 モナさんも舌打ちはしているがその矛を収めてくれる。


 それを見て先輩も矛を収め魔石を片手にこちらに近づいてくる。



「ハク、これは使わないように言ってたし、使うような場面に陥る前に私に頼るように言ったよね?」


「いや、その、皆さん俺のために集まってくれてるわけですし……俺がすべてを見せ切るのが誠意かなぁって思って……」


 先輩からものすごい圧を感じる。

 全身から不機嫌なオーラが湯気のように立ち昇っているのが幻視できる。


「はい。すみませんでした」


「うん。ハクには万が一のために持たせてはいるけど、私はこんなのをハクに使わせる気がないってことは覚えててね」


 素直に謝ると先輩も受け入れてくれる。

 しかし、帆鳥先輩はやはりこの奥の手を使わせたくはないのだろう。


 俺だってそう簡単に使いたいものではないが、それでも必要があれば躊躇ったりせずに使うだろう。

 一時的とはいえ、それが現状において唯一望んだ力が手に入る方法なのだから。



「はぁー……おしまいおしまい」


「ああ、おしまいだ」


 モナさんは気が抜けたように溜息を吐き、空霧さんは手を叩いて空間を元に戻す。




 元に戻った空間で最初と同じ長机を囲みながら再び全員が席に着き、速攻でモナさんからの尋問を受ける。

 よっぽど帆鳥先輩に止められたことが腹らに据えかねたのだろう。

 俺も帆鳥先輩も聞かれたことにははっきりと答えたため尋問は短時間で終わった。




「っにしても白斗お前もだいぶ強くなったんじゃねえか?」


「まだまだですよ……ていうか野水さん見えてたんですか?」


「いや、空霧がお前らの戦いを映してくれてたからな。それで観戦してただけだ。」


「うむ」


「あーなるほど」


 あそこは空霧さんの作った空間である。おそらくあの中で起こったことを映し出すくらいできる。

 多分観戦組のためにスロー再生したり解説を挟んだりしていたのだろう。


 細やかな配慮をしていた空霧さんにはおどろきだが、それよりも野水さんからの評価が素直にうれしい。

 昔出会ったころなんて素人もいいところの一般人だったのだから成長を褒めてくれるのはありがたい。



「さて、では今後についての話を進めようか」


 野水さんからの評価は上々だったが、特級の二人からの評価はまだ聞いていない。


 正面に座る空霧さんの視線を受けて体に緊張が走る。






――――――――――――――――――――――――――――――

帆鳥とモナ:割と本気でお互いのことを嫌ってる。理由は性格の不一致。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る