11 実力

 周囲が霧で満たされる。

 こちらから相手を視認することができないほどの濃い霧に包まれる。


 しかし相手からはこちらの様子は丸見えだろう。

 動きだけでなく体に触れる霧から実際に目で見て得られる情報よりも多くの情報をとられていると考えた方が良いだろう。


 有利か不利かで言えば、不利だ。

 しかし状況は最初から圧倒的不利であることは間違いない。

 どの道最初からやらなければいけないことが、さらに重くなっただけである。


 格下が不利を覆そうとすればどこかで賭けに出なければいけない。この霧による不利もまた、テーブルに乗せたチップである。

 既に賭けは始まっている。水を使った直接感知を行うかどうかの賭けには勝った。

 ならば、あとはテーブルにどれだけチップを乗せられるかが勝負になる。

 賭けているものが多ければ多いほどリターンがでかくなるのだから。



 次の攻撃のために構える。

 移動を考慮せずに攻撃のことだけを考える。

 抜き身の剣を鞘に納め、先ほどとは違う居合の構えをとる。

 今この瞬間に攻撃が飛んでこないことを願いながら、それもまたチップとして上乗せする。


 居合の構えのままスキル発動させる。

 発動させるのは雷系の『エレクトリックフィールド』

 効果は周囲に雷を振りまくだけ。

 本来そこまで強いスキルではないし、範囲も威力も足りないスキルだが、無理やり強化して、周囲の細かい水滴を利用すればおそらく相手まで届けられる。



 ―――――――――――――――



 戦闘開始時から、モナの使ったスキルは『水の手足ヒューム・ウォーター』という水を操るという一見単純な効果のスキル一つだけ。

 ただし、モナが操るその水は大体何でもできる。

 最近使い始めて、その使い勝手の良さからお気に入りになりつつある。


 モナは特級探索者であるということを存分に示す異常な練度を以て、たった一つのスキルのみで白斗はくとを圧倒していた。


 今も、霧の向こう側で白斗の足が止まったことがわかる。


 しかし、こちらから何かすることはなく、次に向こうが動くのを待つ。

 それは、なめているが故の行動ではなく、これが実力を見るための試験的な勝負だからである。



 遠くからくる攻撃の気配を感じて水の衣を動かす。


「雷系か。でも、そんなの対策してるに決まってる」


 飛んできた攻撃は雷系のスキルによるもの。

 しかし、自身の使ったスキルの弱点となる属性に対して、対策をするなど当たり前のことであり、白斗の放った雷撃は目の前で雲散霧消する。


「そろそろ動くぞ」


 これで攻撃が終わりなら次で終わらせる、そう決めて水の塊をさらに4つ展開する。


 展開のスピードはいつも通り、傍から見たらいつ作り出されたかもわからないほどの超高速。

 白斗の初撃を防いだ時もあえて体に当たるギリギリまで展開しなかった。

 それはギリギリで展開しても間に合うほどの速度があったからこそできる芸当である。


 超高速での発動が可能なスキル。

 ただ、それでもモナが使い始めてあまり日数の経っていないこのスキルは、まだ無意識化で発動できるわけではなかった。

 新たに水を展開するためのほんのわずかな、有るか無いか殆どわからないような一瞬の隙。



 その一瞬に銀の光が入り込む。



 ―――――――――――――――



 かかった!

 居合の構えをとったまま集中して研ぎ澄ませていた感覚がはじける。


 相手に届くかどうか、そして向こうが防御するかどうか。

 すべてが完全に運任せというわけではないが、それでも失敗の可能性は十分に高かった。


 そもそもこの霧自体、モナさんのスキルによって作られたものである以上どんな効果が仕込まれているかわからなかった。

 仮に感知だけでなく防御用の効果も含まれていたら相手に雷が届くことはなかっただろう。

 向こうが防御せずにこちらから距離をられていたら何もできなかっただろう。


 それでも状況は理想的に推移した。



 新たに発動させるスキルは『ライトニングステップ』

 効果は自分の発した電撃に乗って移動するスキル。


 このスキルをよく使う人物はもっとうまく変態みたいな使い方をするが、今の自分にはそれを真似することなど無理なので、今の実力で可能なレベルで使用する。


 足は動かさず、居合の構えのまま雷速で移動する。

 移動先は先ほどの放った『エレクトリックフィールード』がかき消された場所。

 先端の着弾箇所は無理やりレジストされたが、そこに至るまでの道は残っている。


 一瞬の移動によって体にものすごい負荷がかかるが、渾身の意思を以てすべてをねじ伏せ、鞘を走らせる。


「シッッ」




 今度は止まらなかった。

 初撃を防がれた水による防御も、そのほかの手段での防御もなかった。

 しかし相手に攻撃が当たることもなかった。


 不意を突いての渾身の一振り。

 剣速も一番スピードがのる居合抜刀。


 それでもなお足りずに、剣はむなしく空を斬る。



 ただそれでも一応は動かした。

 戦闘が始まってから、一歩も動かず、それどころか顔すら動かさなかった特級バケモノを、自身の攻撃で動かした。



「やるじゃん、やるじゃん」


 余裕綽々で避けたモナさんは、手を叩きながら褒めてくる。


 避けたのならば褒めないでほしいし、褒めるのならば避けないでほしかった。

 向こうは関心いったような感じで褒めているが、盛大に空ぶった後なので煽りにしか聞こえない。


「いや、ほんとにすごいと思ってるって……そんなむくれた顔しないで、かわいいけどさ」


 ついつい顔に出てしまっていたらしい。


 向こうの雰囲気も最初のころのように少し砕けた感じに戻っている。

 ならば試験は終わりとみていいだろう。

 こちらも気を抜いて文句を言う。


「余裕で避けた人からのお世辞はいいです。俺は後で先輩に慰めてもらいますからッ!」


「いや、あれ雷ジジィのやつでしょ?避けるの結構ギリだったよ。ほら!」


そう言って見せられたのはモナの戦闘服バトルスーツの裾の端っこ部分。


わずかに、本当にわずかにだが、切れ込みがある。

口ぶりから察するに最後の居合はギリギリのところで服の端の端をギリギリでとらえていたらしい。




「………………ええええええええ!!!!マジっすか!!?」


本気で斬りに行った。そこに手を抜くようなことは一切なかった。

しかしながら、それとこれとは別ものとして、本当に届くとは正直考えていなかった。

だからこそ驚く。素直に驚く。

相手の想定外だった手段を用いた上でだが、わずかにでも届いていたことに驚く。


「驚きすぎ、チョーシのんな!」


そう言われた直後、足元が光ったと思ったら顎に強い衝撃を感じて吹き飛ばされた。


どうやら驚きすぎたらしい。


それでも驚きの感情は止まらない。

向こうはおそらく全力ではないとはいえ、戦闘で特級に届きえたのだ。

驚きもする。おそらくこの頭がクラクラする感覚も驚きのせいだろう。




「それはそうと、ハクっち、奥の手使ってないでしょ?」


吹き飛ばしたモナさんはんにんが追い打ちをかけるように質問してくる。




このまま気絶しようかな……






――――――――――――――――――――――――――――――

モナ:実は出会った当初からハクっち呼び

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