10 賭け

 手に取った武器を鞘から引き抜く。

 持ち主によって抜かれたその武器はいっそ芸術品と呼んだ方がふさわしいまである姿を晒す。

 現れたのは白銀色の刀身。

 抜かれた武器は片刃、先端は少し沿っている。

 刃だけを見れば刀のように見えるその武器はしかし、材料も製法も全く異なるものであるため、刀ではない。

 そもそも刀のように見えるその武器は柄も鍔もわかれていない。柄も鍔の部分も構成するすべてが白銀色の刀身と同じ素材で一体化して作られている。

 まるで、一つの大きな素材ナニカから削り出して作ったように見える一本。


 自身の二つ名『白銀剣シルバーファルクス』のもとになった白銀の剣。



 空間を操作する空霧の能力により瞬時に広くなった空間。もともと机一つを挟んで座っていたモナさんとの距離は引き離され、彼我の距離は30mほどある。


 一足一刀、それは剣を使って戦う者にとっては意識しなければならない距離。

 踏み込んで振るえば相手を斬り倒せて、かつ相手からの攻撃には反応できる必殺の間合い。

 しかしその間合いは既になものとなった。


 魔石の吸収による向上した身体能力はたかだか30m程度の距離など一瞬でつぶし終えられる。

 いわんや、それがただの身体能力の向上だけでは済まない、――スキルなどという超常的な能力の行使が可能となった特級バケモノにとっては30mなど必殺どころかの間合い。



 相手は特級探索者『蒐集者コレクター馬喰ばくろうモナ。

 特級という枠組みの中ですら、異常に多いといえるスキル量を使い来なし、変幻自在の戦い方を可能とする彼女に相対して、まだ立っていられることが既に褒められるべき事象である。


 未だに二本の足で立てているのは、こちらの実力を測るために手を出さないでおいてくれているからに過ぎない。



「いきます!」


「こい」



 剣を横に構え、体を落とす。

 腰を落とすのではなく、膝を抜くことで全体の重心を低くする。

 膝から脱力して、一瞬だけリラックスした状態を作ってから体重を乗せ、爆発的に体を押し出す。

 生み出されるエネルギーは加速をもたらし、モナとの距離を一気に縮める。


 宣誓から瞬き一つの間にすでに距離は詰め終わっている。

 必要だったのはたったの二歩。

 そのまま正面から突撃するのではなく、一瞬手前で剣を揺らしてフェイントをかけ、そのまま背後をとる。


 背後に回り込むためにかかった遠心力も余すことなく付け加える。

 足から腰へ、背中を伝って全身へと伝播したエネルギーを使って剣を横なぎに振るう。




 その感覚はおかしかった。

 モナさんはこちらに目すら遣ってない。それは全然理解できることだ。本物の特級であるならば、目で追わずともこちらの動きを読み切る程度のことはやってのける。

 おかしかったのは剣の手ごたえ。切れたなら切れたという感触がある。防がれたなら防がれたという感触がある。受け流されたなら、ぬるりとした感触がある。避けられたなら空ぶった感触がある。

 

 そして、今感じるのはそのどれでもない。まるで最初から剣を振っていなかったかのように


 一瞬、剣をふるったときにはすでにカウンターで腕を切り飛ばされたのではないかと疑った。

 一瞬、精神系のスキルで幻覚を見せられているのではないかと疑った。


 剣をふるってから数瞬、考えてしまった。



 今、目の前にいる相手が特級バケモノであるというのに。



「防げよ」


 目の前にいる相手からの宣告を受けて、全力で飛びのく。

 背は向けない。そんなことをしたらやって来るのは確実なまけだとわかっているから。


 離れられたのはほんの数m。

 モナさんから放たれている攻撃は多数。

 いつの間にかその身の回りを守るように在った水の衣から、大量の水の棘が飛び出してくるのが見える。


 最初に到達した一本を剣で振り払う。

 到底水とは思えないほどの重い手ごたえを感じながら、息つく暇もなく襲い来る水棘群を防いでいく。


「ッグゥッッッッラアアァァァァッッ」


 向かってきた水棘はすべてはじき落としたことで、一瞬の猶予ができる。

 その間に全力で距離をとり体勢を立て直す。



「ま、それくらいはできてもらわないと困る」



 淡々と言ってのけるモナをよそに息を整える。


 相手は特級バケモノだ。

 いつも組み手をしてくれる帆鳥ほとり先輩とは違う。

 本物の特級の本当の攻防。


 一瞬でも動きを停滞させた自分が悪い。

 だが、もう迷わない。

 領外地帯アドバンスド・エリアでの戦いはいつもそうだ。

 相手が未知のスキルを使ってくることも、何をされたかわからないことも、反撃が非常に手ごわいことも、自身の力では厳しい相手と戦うことも、すべて、いつもやっていることだ。


 考えるな感じて動け、されども考えろ。


 考えたってわからないことを疑問に思っても次の行動が遅れるだけ、でも考えなしに動けば何もわからずやられるだけ。


 直感を総動員して格上と戦うなんていつものことだと、笑ってみせる。



「それじゃ、第二ラウンド。粘れよ」


 モナさんはそう言って右手を前に出す。

 先ほどから出している水の衣は健在であり、さらに背後に球形の水の塊を2つ展開する。



 それを見た瞬間にこちらもスキルを発動する。

 使うスキルは目くらまし用。

 そして、つい先ほど手に入れた体を透明にする『インビジブル』

 自身の動きと同じものを別地点に投影する『ミラージュアクト』

 二つのスキルを同時に使用することで自身は透明になり、もう一人の偽物を作り出す。


「無駄だよ」


 そう言って背後の水球の一つを爆散させる。

 はじけた水は霧状になって周囲を広く覆う。




 こうなる可能性は事前に予想していた。

 使ったスキルはどちらも光学系のスキルで、実体をなくすような類のスキルではない。

 見えなかろうとも本体は存在するし、目に見えても偽物には気配がない。

 これが精神に作用するようなスキルであれば誤認させることもできるかもしれないが、精神系は格上には通じずらい……というかほとんど効かないため、意味がない。

 相手が特級であれば、精神系は効かないだろうし、見えない相手の気配を探る程度のことは余裕でやってみせる。


 ただ、気配を探れても見えないものは見えない。

 相手が隠れて何かしているのが分かっても、具体的に何をしているかまでは分からない。


 だから、対策を打つと信じてた。

 戦いにおいて相手がやろうとしていることを潰すことは立派な戦術だから。

 問題ないと放置して相手の好きにさせるような甘い選択は取らないだろう、と。


 実体をとらえて相手の動きを丸裸にするような感知系のスキルを使うと信じてた。


 そこからは賭けだった。

 背後に展開した水の塊。

 何のためのスキルかはわからなかったが、特級の中でもスキルの扱いに長けている馬喰モナという人物ならば、別の用途で展開したスキルを途中で変更して流用することなんて余裕だと。

 感知のために水を広げてくれると、そう思って行動した。



 この賭けの第一段階には、勝った。






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白斗の武器:刀というか曲剣。ファルクスで調べると出てくるやつ。私はエ〇デンで知った。



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