9 手合わせ
探索者協会本部に到着し、入り口で待っていた
野水さんの部下――確か、名前は
「失礼します。
「ああ。入ってくれ」
中から聞こえてくるのは、ずいぶんと疲れた声。
この男はいつも疲れたようなハスキーボイスをしているが、今回は
「お疲れ様です……野水さん、大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫……じゃ、ない。やばい。悪いな、こんな態勢で……」
机に突っ伏して、手のひらだけをこちらにひらひらと振っているが、明らかに重症である。
「お疲れ様です野水さん。回復いりますか?」
「ああ。頼む。瀕死の重傷だ。治してくれ……」
なおこの男、別に瀕死の重傷は負っていない。
「お疲れ様です。こちら心ばかりの品ですが、私も愛用しているラバル紡績のアイマスクです。よろしければどうぞ」
「ああ。どうもありがとうございます」
どこから出したのか鵜飼さんが一押しのアイマスク渡すと速攻でつけて寝ようとしている。
「皆さんが揃うまでもうしばしお待ちください。そっちの人は放置で大丈夫です」
一ノ瀬さんは自身の上司に向けて辛辣な言葉を残して扉から出ていく。
残された会議室で野水さんは死んだように休憩をとっているため、3人で小声で話す。
「あと来られる方って誰です?
急遽会議が決まってから連絡して集合できる人物は限られている。結果会議に来れることになった特級探索者は2人だが、来そうな1人は心当たりがある。
が、しかし後1人は誰が来るかわからない。
「あー……あと一人は『
帆鳥先輩のテンションは見るからに下がっている。名前ではなく二つ名で言ってるし……
なるほど……先輩が嫌そうな顔をするわけだ。
特級の中でも癖が強いほうの人であり、帆鳥先輩とはそれはもう犬猿の仲である。
先輩の機嫌が悪くなるのもそうだが、会議の場が荒れに荒れそうでこっちも今から気分が沈んでいく。
もう野水さんの隣で俺も寝ときたい……
「鵜飼さん……俺にも何か癒し系のアイテムをください……」
「特に状況を改善できる物はありませんので、気を強く持ってください」
世界は無常である。
そうしてこれからのことに軽く絶望していると扉がノックされる。
「失礼します。空霧様をお連れしました。」
「どうぞー」
扉があけられ入ってきたのは、がっしりとした体格を持ち、厳つい顔をした大男。
『
癖の塊といえる特級探索者たちの中ではまだまともな人である。
「久しいな。友禅、白斗。お前たちの活躍はいつも聞く」
「お久しぶりです。空霧さんの話もよく耳にしますよ」
「お久しぶりです。今日はお忙しい中、参加していただきありがとうございます」
挨拶を返しつつ、会議への参加に感謝を述べる。
まぁ、この人の場合どこにいても、会議とかになれば文字通りすっ飛んでくるので、口で言うほど久しぶりではない。
一応常識的かつ会議ごとなどへの参加率が高い彼は、やばいやつらの集まりである特級探索者たちが集まる場においては、ストッパー役や、まとめ役になっていることが多い。
ぜひとも今回の会議でも荒れないようにストッパーとしての役割をお願いしたい所存である。
この後に地獄が来ないことを願いながら空霧さんも交えて雑談をしていたところ再びノックがされる。
「失礼します。馬喰様をお連れしました」
「はーい」
そうして再び扉が開き最後の特級探索者が入ってくる。
「ヤッホー☆バクバクchのモナだよー☆みんな、おっつかれーい☆」
部屋の中の空気がにわかに騒がしくなる。
ギャルっぽいテンションで背後にカメラのようなものを浮かせた人物が入ってくる。
横を見れば、先輩が顔をげんなりさせているし、心なしか空霧さんの顔が引きつっているようにも見える。
「起きてください。野水さん、全員揃われましたよ」
一ノ瀬さんは野水さんの近くによって声をかけている。
アイマスクを無理やり引きはがして起こしにかかってる……
「ふぁあああ……全員揃ったな……うし、始めるか。一ノ瀬、よろしく」
「はい、それでは、伏野様の今後についての会議を開始いたします」
一ノ瀬さんの号令とともに、会議が始まる。
「いや、今回の話は何のためのものなのか大体わかってるけどさー、グチグチ話し合っても何にもなんないでしょ☆」
どうやら、会議は始まらないらしい。
「要は例の子たちをハクっちの下につけるのが危なっかしいってことでしょ☆」
まったくもってモナさんの言う通りではあるが、危なっかしい部分について話し合いで解決策を見つけようとした瞬間に、話し合いが始まらないとは思わなかった。
「実力を見破られるのが怖いからって、
モナさんが何を言いたいのかはわかる。そして、それが一番手っ取り早くて、一番わかりやすい方法だということもわかる。
ただ、その選択はものすごく嫌だ。
だから会議なんてしたくなかったのだ……特級という枠組みにいる人間がどういう人間かなんてわかっていたのだから。
「全力でかかってきな、ハクト」
先ほどまで纏っていた少し砕けた空気が跡形もなく消え去る。
そこにあるのは純然たる強者としての圧。
のぞかせる顔からは表情はうかがえない。
特級は同じ人ではない、怪物である、人がなぜそう呼びたくなるのかがわかる。
事ここまで来て戦わない選択肢はない。
モナさんがいきなり戦いだそうとしてもだれも止めない。
鵜飼さんや一ノ瀬さんは仕方がないとしても、野水さんや空霧さん、そしてあの先輩ですら何も言わないのは、結局その選択が正しいと判断しているからだろう。
横に立てかけてあった武器を掴む。
全力で来い、そう言われたのだから一切の遠慮などせずにすべてを使う。
最後に先輩に目を向ける。
帰ってきた視線はまっすぐこちらを見つめ返してくる。
「ッフゥゥゥッッ」
最後の覚悟も決まった。
そして勢いそのままに席を立つ。
立ち上がると同時に会議室の空間が引き延ばされる。
椅子や長机は端に追いやられ、広々とした空間が生まれる。
空間操作系のスキルは空霧さんの
今この瞬間、会議室だった場所は戦闘可能な広々とした空間に代わり、例え俺が全力を出しても壊れることのない檻へと変わった。
「いきます!」
「こい」
実力を正確に測ってもらうために、今出せるすべてを出し切るつもりで飛び込んだ。
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馬喰もな:実は探索者になる前は動画投稿者。バクバクchは今でも稼働している。
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