8 会議

 特級探索者候補の教官兼監査官。


 探索者協会より出された依頼は正直かなりしんどい。


 ミスをすれば致命的な事態に発展しかねないが、この依頼を断ろうとするならば正当な理由が必要になる。

 協会内部で俺と帆鳥ほとり先輩の事情を知っているのは一部だけである。協会内部でも俺たちと最初期から関わり、サポートをしてくれていた野水のみずという男からの提案でそうなったのである。




 帆鳥先輩は、探索者制度が始められた初期からこの制度に参加している。というか、先輩は最初期にテストケースとして協力している。

 あの時は初期の混乱状態であり、世界中で治安の悪化が叫ばれるほど、民衆にはぬぐい切れない不信や不満、そして何より不安が蔓延していた。


 そんな時期に探索者として力を持ってふるっていた人間たちは、完全に的外れの誹謗中傷や、時に不信に駆られた集団による暴行事件に巻き込まれる事件が起こったこともあり、その正体や、個人情報が伏せられることとなった。


 帆鳥先輩もまたその1人であり、逆に俺はそんな中であえて人前に姿をさらし、目立っていた特殊な立ち位置にいた人間であった。


 俺が目立っていた理由は探索者協会の目的と俺の目的が一致していたため。



 当時魔石の吸収方法も判明していない中、この未曽有みぞうの事態に対処していくため様々な政策がとられた。


 探索者協会は、迷宮ダンジョンという明確な恐怖に対して、人類側で対抗できる戦力があること、そして多くの民衆の希望となる人――英雄を擁立することを目的として作られた。

 ただ、結果は民衆によるトラブルも発生し、そもそも迷宮ダンジョンへの対処で手一杯だった部分もあり、当初の目的は頓挫、希望となる英雄の誕生よりも、戦える個人の保護に舵を切り始めた


 そしてそのタイミングで現れたのが先輩の置かれた状況にキレていた俺であった。


 探索者協会側で対応をとったのが当時の野水さんであり、向こう側からしても表に立たせられる人間は渡りに船、俺としては先輩を悪質な誹謗中傷から守れる風よけになればいいと考え、了承した。

 ただ、世界の状況は不信祭りで最悪。協会内部でも確実に情報を漏らさない人間というのは限られており、結果上層部ですら把握している人間が半数もいないほどの情報統制が敷かれた中、俺は英雄として祭り上げられた。




 そうして数年後。

 最初期に正体を隠されていた探索者たちも、風向きが変わり世間に受け入れられ始めたあたりでその正体を明かす人が出始め、当初の協会の目的通り、今の特級探索者に連なる者たちが英雄として扱われ始めた。


 問題は、俺であった。

 当時先輩の行っていた活動に関しての実績を『伏野白斗ふしのはくと』という影を使って発表しており、俺自身への世間の認知度は非常に高かった。

 なんせ顔が良かったから。若くて、顔が良くて、世間の声に押しつぶされることなく勇敢に戦う姿は多くの人に見られていた。


 認知度や人気に対しての本当の実力の乖離。


 そのタイミングで並々ならぬ活動を行っていた帆鳥先輩が正式に名前を出してしまうと、英雄と呼ばれる人間が一人増える。

 世間の認識では1人増えた英雄。しかし実態は片方が偽物であるため、実際の働きは帆鳥先輩1人分ということになる。


 そうして野水を含む関係者との協議の結果、本物の英雄友禅帆鳥ゆうぜんほとりは隠され、偽物の英雄伏野白斗がその身をさらし続けている。



 ―――――――――――――――



「それはまた……厄介ですねぇ……」


 車を運転している鵜飼うかいは、唸るように答える。


「今から探索者協会本部に行くということは、抗議されるんですか?」


「いや、断るには理由が必要ですし、抗議できる材料も少ない……となると、もう対処するしかなさそうなので、今から会議します。店長も参加してください。」


「なるほど、了解しました。あと、もう店長ではありません」


 断ったりするのであれば、次期特級の候補者の面倒を見れない正当な理由が必要。

 この理由を用意するのはかなり難易度が高くなる。


 次期特級——それはつまり、迷宮ダンジョンの攻略、ひいては社会の秩序維持のための重大な戦力につながる人材。そのような人間を育てずに放置するに足る理由を用意するのは、いくら嘘をつくのがうまくてもかなり難しい。


 それこそ、年がら年中領外地帯アドバンスド・エリアをめぐっているため時間が取れない、くらいの強い理由が必要となる。




 現在の日本にいる特級探索者の数は、俺を除いて7名。


 そして、今回の依頼の対象となる次期特級候補者は4名。


 つまり、1人の現役が1人の次世代を見るのであれば残った3名は必要なくなる。

 普通この場合残る3名の枠の一つは俺が使わせてもらうべきである。


 しかしそうはならなかった。

 次期特級候補者たちの年齢は下から18、19、21、31、となっており、

 ―――ちなみに、現在の法では探索者になれる年齢の下限は18歳である。

 かなり若い人たちが多い。


 そして若くして人前に出まくり、英雄だと祭り上げられてきた男――『伏野白斗』は若年層からの人気が圧倒的に高い。


 6年前、当時まだ、中学生だった子どもにとっては、憧れの英雄に見てもらいたいという者が多かった。


 結果、4人中3人が白斗の指導、監査を望み、野水の努力によって3人すべてを、と言う恐ろしい事態は何とか阻止されたが、しかしながら残念なことに1人受け持つことが確定してしまっている。



 今から行われるのは、そのための対策会議。


 参加者はこの車に乗っている3名に加えて、協会側から野水とその部下1人、そして事情を知っていて今から参加できる特級探索者2名の計7名で行われる。


 最悪である。



 特級探索者とは、その強さにおいて本当に人類かどうかを疑われるような存在たちである。

 基本的に秩序を守り、市民を守り、世のために動く人間ではあるが、そのうえで脳筋を地で行く人間であったり、多少ずれた感覚をどいつもこいつも持っている。

 まともな人間であると断言できる存在など、せいぜいが隣に座っている帆鳥先輩くらいであり、とにもかくにも我が強い。灰汁をさらに煮込んだくらいの凝縮率の人たちも多い。



 つまりどういうことかというと……



 そんなやばい存在たちと自分の問題について会議をするなどものすごく嫌なのだ……

 それはもう……魔石の吸収なんてやってないのに、めちゃくちゃ吐きたい気持ちでいっぱいなくらいに……






――――――――――――――――――――――――――――――

特級:大体一人で何でもできる。一人で出来ちゃうから味方がいるとパフォーマンスが下がるやつの方が多い。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る