7 協会からの依頼

 魔石の吸収を終えると、いつの間にかトレーニングルームの扉が開いていることに気が付く。


 開いた扉の先には誰もいない。


 しかしながら、ほんのわずかに気配は感じる。


「ッッ!!」


 ギリギリでわずかにそらした顔の横を高速で何かが掠める。

 攻撃してきた相手は依然見えないが、次の行動に移っていることは分かる。


「フッッ!」


 おそらく高速の回し蹴りが飛んでくるが、腕を交差させ正面からガードする。

 そのまま相手の足を掴もうとするが、その手は何もない虚空を掴む。


 距離が少し空いたのがわかる。おそらく相手は後ろに跳んで構えをとったままだ。

 相手が動こうとしないなら、こちらから動く。

 どうせ見えないのなら視覚は不要と、目は閉じる。


「ゼアァァッ」


 全力で相手の気配のする位置まで踏み込み、最短距離で中段蹴りを見舞う。

 相手に当たった感触はない。


 当たらなかったことに疑問は挟まずそのまま次の行動に移る。


「ラァァ!!」


 自身の真後ろ。180度振り向いた位置に流れるように手刀を落とす。

 全力で振り抜くつもりの手刀は途中で何かに阻まれ空中で停止する。


 そこでようやく相手の気配から攻撃的な色がなくなり、何もいないように見える空間から瞬間移動でもしてきたかのように、突如人が現れる。


「ん。初撃、よくガードできたね」


 そこに現れたのは、予想通り帆鳥ほとり先輩であった。


「今の……新しいスキルですか?」


「そ、この前の迷宮ダンジョンでいっぱいいた透明になるゴーレムのやつ。やっぱり認識に作用する系統とかじゃなくて、単純な光学迷彩みたいだから私からすると使いどころは限られるかな?」


 この前の迷宮ダンジョンのことはよく知っている。透明になるゴーレムの存在には散々手を焼かされた。

 帆鳥先輩は最初から気配を感じ取れていたようだったけど、俺は無理だった。

 そのためわざわざ迷宮ダンジョン内で気配探知のための訓練を実施したが、その成果はしっかりと実力に反映されていた。


「俺も後で魔石の吸収しときます」


 先輩にはそこまでいらないスキルでも俺には有用かもしれないのだから、とらない選択肢はない。



 スキルには練度がある。

 個人で長く使い続けていくうちに、より正確に無駄なく使えるという意味での技術的な練度は当然ある。

 しかし、同じスキル、または同系統のスキルを多量に魔石から吸収することで威力の底上げ、自由度の変化などができる魔石量に依存する練度も存在する。


 どちらの意味でも個人による資質によって必要な時間や量が変わったりする。


 つくづく才能がうらやましい話である。



 自身の才能を嘆きたいところではあるが、それよりも確認すべきことがあるので思考を切り上げる。


「それで、どうされたんですか?今日は一緒に訓練する日じゃないでしょう?あっ、やりたくなりました?一緒にやります?組手します?」



「いや、違うよ。さっき緊急連絡で協会から通達が来たからね。ハクにも関わる内容だったから呼びに来ただけ。というわけで、シャワー浴びてきて。そのあとリビング集合」


 そう言って先輩はトレーニングルームを出ていく。


 まったくもって残念である。


「協会からってなんだ?」


 探索者協会本部からの緊急連絡はままあることだ。

 迷宮ダンジョンの発生に巻き込まれた民間人がいるので至急の救出依頼が来たりとか。

 ただ、そういった内容ならシャワー浴びてリビングに集合なんて悠長なことはしない。

 パッと思いつく限りで協会からの連絡が来ることに心当たりがないので、あきらめておとなしくシャワーを浴びるためトレーニングルームを後にする。



 シャワーで軽く汗を流し、すぐにリビングへ向かう。

 リビングでは相変わらず帆鳥先輩による意味不明な動画視聴が行われていたが、俺が入ってきたら次々と画面を消していく。


「よし。じゃ始めるよ」


「……はい」


 この雰囲気はよく知っている。


 これは迷宮ダンジョン探索前のブリーフィングの空気だ。

 それも誰もが行ける迷宮ダンジョンではない。

 特級に分類される者や、特殊な作戦を行うものしか行けない。迷宮ダンジョンの最終危険域。通称『領外地帯アドバンスド・エリア』と呼ばれる場所への探索。

 そんな場所への探索前のブリーフィングと同等の気配を携えながら先輩はいくつかのタブレットに資料を表示させる。


 おそらく探索者協会本部から送られてきた資料であり、先輩の雰囲気を見る限り、相当難易度の高い依頼であることは読み取れる。


 領外地帯アドバンスド・エリアへの探索は先日行ってきたばかりである。

 先日の多種多様なゴーレムが大量に沸き続きる迷宮ダンジョン、あれは埼玉にできてしまった領外地帯アドバンスド・エリアであったため、先輩と俺で攻略してきた。


 いくら何でもこんなすぐに依頼が入るとは思いたくないが……


 それでも時には異常な事態も発生するだろう。

 そもそも数年前と比べれば、今なんて迷宮発生が続く常時異常事態のようなものである。今更、異常事態の1つや2つが起こっても何らおかしくない。



 覚悟を決めて資料を読み込んでいく。

 事前の情報でどれだけ対策をとれるかがモロに命の危険度に直結する。

 細部まで読み込み、情報を頭に叩き込み、起こりうる事態を想定し、疑問点を洗い出す。


 すでに覚悟を決めたのだから、読んでる途中で声を上げたり動揺しすぎるような事態には陥らない。


 一つ目の資料を読み終わり、別のタブレットを手に取り、関連人物の詳細な情報を読み込んでいく。


 三つ目の資料も読む。こちらは協会内部でも信用できる人間であり、今回の依頼を投げてきた人物からの危険度の評価。



 すべてを読み終えてタブレットを机に置く。



「ッスゥゥーーッ」


 とりあえず息を吸う。長めに吸う。



「なんか危険ていうより、死ぬほど厄介って感じの依頼ですね…………」


 依頼、という形がとられているが、半分くらい強制的な内容だ。

 断るには正式に関係者や第三者が納得するだけの理由の提示を求められる。


 この依頼を投げた協会の人間も最後まで粘ったが、上の意向に逆らえず可能な限りこちらに配慮した形で依頼をしようとした。ということが書いてあった。


「そう……最悪こっちの生活まで脅かしかねないけど、断るのは無理なんだよね、これ……」





 依頼の内容――——それは、新たなる特級探索者候補に対しての教官兼監査官制度の実施依頼であった。


 つまるところ、探索者の中で特級にふさわしいと思われるものに、現特級の探索者をつけることで指導、かつ本当に実力と人格があるのかを測る。そのための依頼であった。



 帆鳥先輩はとある事情から日本で唯一外向けに公表しておらず、人前に立つことが一切ない特殊な特級探索者である。

 その代わりに実力不足だが、人前に出ることに長けた俺が公式の特級探索者となっている。


 この秘密は本当に極々わずかな人間しか知らない。協会の上層部でも知らない人間が存在するほどに。


 と、なればこの依頼は俺が受けるべき依頼だ。誰かに関わらなければいけない依頼である以上、この仕事は俺が受けなければならない。


 そう、俺が……




 候補とはいえ特級探索者に手が届きうる人材——即ち、溢れんばかりの才能に愛されまっくた、カイブツの相手をである。






――――――――――――――――――――――――――――――

スキル:魔石一個でスキルをとれる人もいれば十個くらい吸収しないとできない人もいる。主人公ェ……

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