5 偽物の始まり 後編


 迷宮化と名付けられた災害が同時多発的に発生してから早3ヶ月。世界中はやはりというべきか混乱に包まれていた。

 ある国では高級住宅地のど真ん中が迷宮化、結果警備会社が突入したが、死者多数。

 また、ある国では人気観光地が迷宮化、こちらは割とすぐに攻略されたらしいが、観光施設のほぼすべてが倒壊。

 またあるところでは―――と、今日もまたニュースでは迷宮ダンジョンについての報道がひっきりなしになされていた。


 学校に関してはしばらく休校ということになっていたが、迷宮の発生予兆の観測に成功したこともあって、一定の安全性が確保されたため少し前からまた始まった。

 世界中で多くの日常が塗り替わってもなお、存在するらしい学校という日常に驚きと敬意をもって登校する。


 そんな学校で何より驚きだったのは、狼キラーにして我らが英雄、友禅帆鳥ゆうぜんほとりは同じ学校に通う1つ上の先輩であったということだった。偶然廊下で出会ったときはそれはまぁ驚いた。

 現在の学校に行くことの楽しみの1つ(大部分)は帆鳥先輩に会いに行くことである。帆鳥先輩は憧れの存在で、俺は先輩のファンなのだ。こればかりは仕方がない。



 と、噂をすればなんとやら、帆鳥先輩を発見したので、笑顔で挨拶をキメに行く。ここは素直な気持ちをぶつけるのだ!


「おはよーございます。先輩!今日もかっこいいですね!」


「ありがと……」


 おかしい……いつもはもっと適当だが挨拶が返される。それに最低でも顔くらいはこちらに向ける。それがいつもの友禅帆鳥という人物だ。

 なのに今日は顔を向けられない。それにちらりと見えた表情……

 俺の知ってる先輩はあんな表情をしない。まぁ、もちろん表情のすべてを知ってる、などとは言わないが、それでもあそこまで暗い目は見たことがない。

 狼に襲われた時も、抜け出せるかわからない、それどころか、まずもってどこかもわからない森の中にいても、あんな絶望の表情を見せたことはなかった。

 

 そんな先輩が……なんで……?


 疑問がどんどん浮かび上がる。だがこの先輩の明らかに尋常ならざる事態に体は自然と動いた。


「先輩、話を聞かせてください」


 そう言って帆鳥先輩の手を引く。

 先輩は抵抗するでもなく、そのままついてきた。



 ―――――――――――――――


「何があったんですか先輩?」


「ちょっとね……」


「言えないことだったら仕方ないですけど、何があっても俺は先輩のファンですからね」


「ファン?…………まぁ、いいか。……ええと……今さ、ニュースで報道されてる探索者制度って知ってる?」


「知ってます。民間で力を持った人に迷宮ダンジョン攻略のために協力してもらうっていう制度ですよね。2か月くらい前に始まってるやつ」


「そう、私はそれにテストケースとしてお願いされて参加してるの」


「なるほど」


「今のダンジョンってさ、出来たときに巻き込まれた人が大勢いるのは知ってるよね。それも再初期に巻き込まれた人達はちゃんと入り口から入ってないから攻略以外では出口もない」


「はい」


 無論、知っている。というか俺も先輩もそれに巻き込まれた被害者である。


「それでさ、攻略した後に言われることもあるんだよ。『なんで息子を助けてくれなかったの』『お前のせいだ』『バケモノ』って……わかってる。それはただの罵倒で、ただの八つ当たりだっていうことも……でもさ、迷宮内で必死に戦って、生存者の確認も遺留品の回収もできる限りして、それで返ってくる言葉がそんなのばっかりだとさ、やっぱ辛いんだよね……」


 それは、辛いだろう……仮にも俺は先輩に助けられた側だから感謝しかない。

 俺ならそもそも命を賭けて探索者制度のテスターなどしたくない。しかもそのうえで帰ってくるのは罵声。

 それは17歳の子どもに対して行う仕打ちではない。いくら迷宮の攻略が難航していても、それはあまりにもむごい。



 それでも、先輩は探索者制度のために協力をしている。より大きな社会の秩序のため、その維持のための土台をつくる協力している。

 素晴らしいことだろう。先輩のことを褒めこそすれ、間違っても罵倒することは何があってもおかしい。



 あぁ……何だろう無性に腹が立ってくる……

『力には責任が伴う』なんてことはコミックではよく言われるが、そんなことはないだろう。せいぜいその責任も、人に向けて力をふるうなとか、社会を壊すようなことはするなとか、そういった意味合いだろう。

 だがそれでも先輩は世界のために、多くの人のためにその力を使おうとしている。

 そんな先輩が糾弾されるような世界は間違っている。


 だからだろう……『力には責任が伴うそれ』を否定したくて、でもそれを否定することは先輩を否定することになるからできなくて、だから俺はこんなにも――イライラしているのだろう。



 この人はもっと自由であるべきだ。――そう、感じた。

 迷宮に閉じ込められた時も、狼と戦った時も、この人は自分の思うままに動いていた。その姿に俺はあこがれた。英雄の姿を見たのだ。


 だから


 だから……


「先輩のやってる探索者制度のテスター、俺にも手伝わせてもらえませんか?邪魔はしません。ただ、先輩がもっと自由に動けるようになればって思うんです」


 俺は先輩のための偽物の英雄になろうと思う。






――――――――――――――――――――――――――――――

主人公:割と周りはどうでもいいタイプ

    

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