4 偽物の始まり 前編


「はぁっ……はぁっ……」


「「う、うおおおおおおおおおおおおおお」」


 狼を、おそらく脳天ごと貫いた少女は息を荒げながら何事かと振り返る。


 男二人は見ていた。狼が現れた瞬間から躊躇なく立ち向かい討ち取った少女の雄姿を。そして狼が血を噴き出して動かなくなるのを見ると同時に、雄たけびを上げながら少女の方へと駆けていった。


「すっげぇ、すっげぇっすよ!!店員さん!!ナイスゥゥゥゥ!!」


「うおおおお!大丈夫か!?友禅ゆうぜんさん、どこか痛んだりしていないか!?」


 片や手放しで興奮しながら称賛の言葉を繰り返し、片や喜びつつも怪我を心配する。

 そんな二人を見て少女――友禅帆鳥ゆうぜんほとりは呆気にとられる。


「いや大丈夫ですよ……店長。落ち着いてください。あとそっちのお客さん、すみません傘貸してもらっちゃって……」


「いやいやいや、むしろ俺が持ってても全然使えなかったと思うんでよかったです!」


 少女は、あの窮地を助けてくれた英雄である。ならばその英雄に武器になり得た傘の1本や2本を貸す程度のことになんの躊躇もない。


「そうですか。じゃあよかった……です?それにしても、ココ一体どこなんですかねぇ?」


 少女の口から改めて出される疑問。しかしその場にいる男二人も当然答えなど持ち合わせていない。

 具体的な何もわからない状況ではあるが、突如として狼が襲ってくる可能性のある場所であるという認識は幸いにも3人が共通で持っていた。


 そのため次の行動は何も言わなくとも一致した。

 すなわち万が一の次に備えるために手に武器を持つ、と。


 狼を倒した者――友禅帆鳥ゆうぜんほとりは動かなくなった狼から傘を引き抜いて再び武器とした。


 店長と呼ばれた男――鵜飼典敏うかいのりとしは業務用にしまってあったカッターと、そのあたりで拾ったいいサイズの石を武器とした。


 巻き込まれたイケメン――伏野白斗ふしのはくとはカバンの中に入っていた水筒と、そのあたりで拾ったいいサイズの石を武器とした。



 お互いの手に持つものを見て、お互いにもう少しましものない?と尋ねたくなるが周囲はせいぜいコンビニ内にあった商品が少し散らばっている程度で、ほとんど何もない。森しかないので武器が木の棒か石となってしまう。仕方ないことであった。

 この中で一番真っ当な武器は、おそらく傘。実際に狼を退けた実績もある。使い手に依存するだろうが、これが現状一番ましな武器であるといえる。


 と、そこで英雄帆鳥があることに気が付く。

 それは倒した狼の、その傷跡。

 傘で貫き空洞になったはずのもともと眼球があった位置から見えるきらりと光る物体。疑問に思ってしゃがんでみてみればそれは不思議な色をした鉱石のようなものであった。


「なにこれ?」


 そう言って傘の先端でつついて転がし、確認してみる。


「どうしたんですか?」


「…………」


 話しかけられても返事がない。


 その鉱石が目に入った瞬間から感じた違和感。なぜかは分からないが、何かあると感じた己の直感に従って狼の体内から出てきたその鉱石に触れる。

 10秒ほど指先で触れた後、血がついていることも構わず握りこむ。

 謎の鉱石を握りこんだ帆鳥はそのまま目をつむる。




「あ……」


 先ほどまで行っていた命を賭けた死合い。本当の命のやり取りの中のゾーン状態で研ぎ澄まされた感覚は、その違和感の正体を探るためにさらに研ぎ澄まされる。


 それはあるいは天啓とすら呼ばれるかもしれないほどの直感。論理的な思考の果てに行き着いた答えではなく、自分の感じた違和感をそのまま行動に移すためにとられた反射のような行動。

 

 結果――分かる。

 これは、吸収できる、自分の力となるものだと理解できる。それがなぜか?自身ですらその問いに答えられないが、だが、分かる。


 そうしてしばらくすると手の中に握りこんでいたはずの鉱石は消え去っていた。握った手を開いて覗いてみると、代わりに残ったのは少量の血の跡と、おそらく鉱石の残骸である灰だけであった。


 同時に理解できる。

 ああ――今この瞬間、さっきまでの自分より強くなったのだ、と。


「どうしたんで……えっ?さっきまで握ってた石ころみたいなのはどこへ?」


 疑問の途中、一連の動作を横で見ていた白斗は驚きの声を上げる。


「あの不思議な石ころ……あれ、なんか吸収できるっぽいです。多分強くなれます」


「ええ……本当ですか!?体に害とかありません?大丈夫ですか?」


「多分大丈夫ですね。もし次狼が来ても私に任せてください」


 それは頼もしい一言であった。



 ―――――――――――――――


 あの後、周囲に散らばった商品をカバンに詰め込み、その場を後にした。狼の死体があったので他の獣が寄ってくるかもしれないから、そして何より帆鳥さんが動きたいからという理由で移動を開始した。それはもう鶴の一声である。

 

 途中何度か狼に襲われることがあったし、群れで襲ってきたりもしたが、ほとんどすべてを狼キラーとなった帆鳥さんが倒した。

 すでに使っていた傘はぼろぼろの状態であり、現在のメインウエポンは木の棒である。

 だがそれでも、狼との戦闘は終始帆鳥さんが優勢であった。理由は簡単、謎の石ころをすべて吸収し続けたからである。


 宣言通り、移動をしてから次にであった狼は帆鳥さんが1匹目と同じように倒した。その後狼から石ころを採取し、俺か店長さんが吸収する予定だったそれは、目論見はずれて二人とも吸収できなかった。

 帆鳥さん曰く、


「集中して体にじんわりゆっくり取り込むイメージ」


と言われたが全くその感覚がわからなかった。

 なので仕方なく、そのすべてを一人が吸収しまくった結果、帆鳥さんは狼が群れで来ようが関係なくぶちのめせるパワーを手に入れた。


 俺と店長さんの仕事は戦闘中は石を投げて援護射撃である。動き回る帆鳥さんに当てないように、けれど相手を牽制するようにどんどん石を投げる。ここだけ原始時代の狩りである。


 そうしてこの狼が襲い来る森に放り込まれて10時間後。ひときわ大きく、子分のようなものを引き連れていたボスっぽい巨大狼との戦いを制した俺たちは、謎の森―—後に迷宮と呼ばれるようになるものを攻略したのだった。




 その後、元居たコンビニのあった場所に戻ってきた。

 ただし、コンビニはなくなっていた。

 正確には元・コンビニと呼べるであろう瓦礫の上に戻ってきたのだが。

 そうして戻ってきてすぐ、近くの現場で待機していた警察に保護され、現在世界中で同時多発的に似た事例が起こっていることが説明され、俺らは詳しい事情徴収を受けることになった。


 あの森で起こったことは覚えている限りすべてを話した。地震の始まりから、襲ってきた巨大な狼の外見的特徴、どうやって倒したのか、その後のこと、そしてどうやって帰ってきたのか、そのすべてをなるべく事細かに話した。


 事情徴収が終わった後はようやく家に帰れた。風呂に入ればそのまま浴槽で寝そうな気がして、その日はそのままベッドに直行した。






――――――――――――――――――――――――――――――

世界の様子:大☆混☆乱


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